2 死に戻りの呪い


 ここのところ、私は繰り返す人生において、いつも宿屋か食堂の雇われ店員をしながら生活していた。


 目立たず、それなりに稼げて、情報も集まる。生き直す度に別の店で働くことで、得られる情報も違ったりしてなかなか便利なんだよ。


 本当は酒場の方が集まりやすいんだろうけどね。未成年だから……永遠の。


 それはさておき、働きながら私は魔法についての知識を色々と得ることができた。私は魔力が微量しかないので魔法が使えないけど、知識としては有用なのだ。


 宿屋には色んな人が来てくれる。特に多いのは冒険者。

 ちょっと労いの言葉をかけただけで、彼らは色んな話を聞かせてくれた。機嫌の悪そうなところに話しかけさえしなければ、基本的に気の良い人たちが多いのだ。


 そうして何度かの人生を歩みながら情報を集めた結果、時間を大幅に巻き戻すような魔法は誰も使えない、ということがわかった。

 少し時間を止めたり戻したりはできても、そんな十年以上も時を戻すなんて絶対に無理だ、とのこと。


 そうなるとこの人生繰り返し現象は神様のきまぐれなのかなー、と結論付けた矢先に、呪いというものが存在することを知ったである。


 その呪いの中に、死に戻りがあるというのだ。


 不死の呪いならわかる。アンデッド系の魔物がいい例だ。

 あれらは死者の霊が呪いをかけられたことによって、死ぬことが叶わぬ存在となった魔物。神官の聖なる力で浄化は可能だけど。


 そうではなく、死に戻りは死ぬことで人生が巻き戻り、いつも決まった年齢の頃まで戻ってしまうらしい。

 らしい、というのは誰も確認できないからだ。


 だって、誰かが死に戻ったと言っていたとしても、どうやってそれが本当だと信じられる?

 周囲の人たちもその当時に戻ってしまうのだから、わかるはずないのだ。


 信じてほしいと打ち明けたところで、信じてもらえないか馬鹿にされるか、あるいは運よく信じてもらえたとしても実感はしてもらうことができない。


 でも私はその話を信じる。信じるしかなかった。だって体験しているんだもん。


 同時に、絶望した。

 自分にはどうすることもできないことがわかったから。


 死に戻りの呪いは、決められた条件を満たさない限り解呪できないという。

 いくら死んでも、その人生を終えることができず、やり直すしかないのだ。


 条件を、満たすまで。


 私は死に戻っていない。戻る時はいつも突然で、ついさっきそうだったように、人との会話中だったり、ご飯と食べている時だったり、眠っている時だったりとバラバラ。


 大好きなおやつを目の前にして戻った時は、呪詛を吐いたよね……。

 私のおやつ……いつも食べられるわけじゃなくて貴重だったのにぃ、ぐすっ。


 えーっと、つまり。恐らく私は何らかの理由により、誰かの呪いのとばっちりを受けて一緒に戻ってしまっているのだ。完全に貰い事故。


 ギュッと、スプーンを握る手に力がこもる。理不尽に対する、怒りで。


 それならいっそ、呪いを受けた本人である方が何百倍もマシなんだけど。


 条件ってのがどれほど無理難題でも、何もわからないよりずっといい。

 戻るタイミングだって、自分が死んだ時だってハッキリわかっているのだ。ある日突然、戻されるより遥かにいい。


「はぁぁぁ……」


 長いため息を吐いた後、脱力して手の力を抜いた私は思わず天を仰ぐ。見えるのは食堂の天井だけど。


 ————~~~っ、誰なの!? 何度も人生をやり直してるのは!


 ……と、大きな声で叫びたい。


 実は以前、実際に叫んだこともあった。気でも触れたのかと心配されて終わったけれど。


 泣いて、喚いて、みんなに訴えて。


 信じてもらえなかったり、信じてもらえたり、放置されたり、助けてもらえたり。とにかく色んな人生を送ってきた。


 でも結局は戻ってしまう。どれほど頑張っても、また一からやり直し。


 もう涙さえ出てこない。


 死に戻りが原因じゃないのかもしれないよ? 他に原因があって、どうにかできる方法があるのかもしれない。

 けどさ、疲れたんだよ。希望を抱くことに。頑張れないよ、そんな百年以上もさー。


 何をどれだけ頑張っても、なんの実績も残らない。生きた証は一切残らないのだ。


 今度はどうしたらいいの? どんな人生を送ればいいの?


 何かの役に立つかもと、必死で身につけた体力や筋力も五歳に戻ればぜーんぶリセット。誰も何も覚えていないから、人間関係だっていつもいつも一から築き直してさ。


 死んでみようと思ったこともある。だけどそれでもし、ただ五歳の頃に戻るだけだったら? 余計に絶望しかないじゃない。


 そう思うと、なかなか踏み出せなくて……。


 いや、怖いだけだ。死ぬのが。きっと痛いし、苦しいもん。


「でももう、いいかぁ……」


 いい加減、一歩踏み出すべきなのかも。物は試しというしね。


 絶望したら、その時はその時だ。一度くらい死んでみれば、何か心境も変わるかもしれないし。


 そのまま死ねたら、最高だ。


 朝食を食べ終えた私は、死んだ目をしたままフラフラとハウス裏手にある山に入って川へ向かう。

 西側は急流になっているから近付いてはいけない、とシスターたちから口を酸っぱくして言われている、その場所へ。


「どうか、ここで人生が終われますように」


 誰に聞かせるでもなく一人呟くと、私は目を閉じて川に身を投げ————


 ※


「朝よー! 子どもたち、起きなさーい! ルージュ! お寝坊さんね?」


 シスターの良く通る高めの声は、寝起きの頭に響く。

 特に、一度死を経験した者にとっては頭だけでなく心臓にも悪かった。


「に、に、二度と、死のうとなんてしない……!」


 今しがた体験したばかりの苦しみや死への恐怖にぶるぶる震えていた私は、シスターたちを大慌てさせた。


 や、やっぱり、私自身が死んでも、戻っちゃうんだ。もう嫌だよぉ……!

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