7 運命とは思わないけど
エルファレス家のお屋敷までは、それなりに時間がかかった。途中でお昼休憩を挟んで、着いたのは夕方。
たぶん、私がいるからより遅くなったのだろうと思う。馬だけで駆ければもっと早く着いたはず。
仕方ないね、幼女がいたらそうなる。
「さてルージュ。本当はすぐにでも家族に紹介したいところだけれど、ずっと移動で疲れただろう?」
「そんなこと、ない、よ……」
「舟をこぎながら言われても説得力がないな」
まぁね、正直ものすごく眠いです。お腹も空いているけど、睡魔が勝っている。
半分目を閉じた状態で答えていると、ベル先生がそっと私の脇の下に手を入れた。
そのまま感じる浮遊感。どうやら馬車から抱き上げて降ろしてくれるらしい。
「明日も休日だから安心してくれ。今日はゆっくりお休み」
「むぅ……」
そのまま私は地面に下ろされることなく、ベル先生の腕に抱かれて移動しているようだった。
ごめん、眠くて周りに目を向けている余裕さえないや。
「旦那様、私どもがお嬢様をお連れしましょうか?」
「いや、僕がこのまま連れていくよ。荷物を頼む」
「承知いたしました」
お屋敷のメイドさんらしき声と、ベル先生のやり取りを夢現に聞きながら、私はゆっくりと目を閉じる。
こういう時は、本能に抗わないのがいい。
全ては明日。明日から、エルファレス家に馴染むために、いろいろ、と……。
※
「……はっ」
次に私が気付いた時、私はびっくりするほどふかふかなベッドの上にいた。
寝心地が良すぎる。窓から射し込む陽の光から察するに、いつも起きる時間をとっくに過ぎているようだった。
うわー、初日から寝過ごすなんて。これだから庶民は、とか思われないかな?
いや、思わないだろうな。そんなタイプじゃなかった、ベル先生は。
「あ、起きた?」
「!?」
思いがけず近くから聞こえた声にビクッと肩を震わせる。どうやら、ベッド脇に誰かがいたようだ。
き、気付かなかった。どんだけ熟睡していたの、私。
ビックリしすぎて布団を抱きしめ、これ以上は下がりようもないのに後退りする私。
あ……? えっ、ちょっ、ちょっと待って。
「ごめん、ごめん。驚かせちゃった? もうすぐ朝食なのにまだかなー、と思って。こっそり見に来ちゃった。だって新しい妹に早く会いたかったからさ!」
「…………っ」
朗らかに笑いながら私に語り掛けるのは七、八歳くらいの少年だ。間違いなくエルファレス侯爵の息子の一人だろう。
いや、それよりも。今とても驚いているのはその顔だ。見覚えがあり過ぎる。
嘘でしょ……?
色素の薄い茶髪に、右目の下にある特徴的な二つ並んだ泣きボクロ。
キラキラと輝く、明るい水色の瞳。
「リビオ……!?」
間違いない。過去の人生において五回ほど私に求婚してきた、冒険者リビオだ。
「あれ、俺の名前知ってるの? あ、父さんから聞いたのかな」
「あ、えっと。うん、そう……」
肯定した。やっぱりリビオなんだ……!
こんな偶然ってある? 運命だなんて夢見がちなことを考えたりはしないけど、世間って狭すぎじゃない?
というか、まずいまずい。うっかり声に出しちゃってたみたい。動揺しすぎた。
でもうまいこと誤魔化せたみたいだからオッケーだ。リビオは単純だから大丈夫。現にまったく気にした様子はないし。ふぅ。
「改めて自己紹介するね。俺はリビオ! エルファレス家の次男だ。よろしくな! えーっと」
「わ、私は、ルージュ……」
っていうか、リビオ。
君、貴族だったの!? 初耳なんだけど! それが一番の驚きだよ!
意味わかんない。それならどうして冒険者なんてやってんの? 侯爵家の息子なら、跡継ぎじゃなくても日銭を稼ぐ必要なんかないじゃない。
金持ちの道楽? いや、それにしては真剣に仕事していたし、あの姿勢が嘘だったとは思えない。
……謎すぎる。
そういえば、ベル先生を見た時に一瞬だけリビオが浮かんだっけ。
あまり顔は似てないけど、自信に満ちた雰囲気がどことなく似ているかも。血の繋がりってすごいね。
「ルージュ、かぁ……」
「な、なに?」
それよりも、今はやけにジロジロ見てくるリビオをどうにかしたい。
こっちは寝起きなんですけど。寝室に他の子が入ってくること自体はハウスで慣れているからどうってことないけど、寝起きにかつて求婚してきた人物(子ども時代)と遭遇はないでしょ。落ち着かない。
ふと、リビオと目が合った。どことなく、顔が赤い……?
「すっごくかわいい。俺、君と結婚したい」
「は」
と思ったら、求婚してきた。
あれ、ちょっと待って? 聞き間違い?
「ねーねー、ダメー? 俺、ルージュと結婚したい!」
聞き間違いじゃなかった! ちょっと、どういうこと!?
やっぱりあれか? この赤い髪が好みなの? それともオレンジの目?
もしや、毎回リビオの一目惚れだったってこと?
まさかこんなところで初めて理由をハッキリ知るとはね。そうか、一目惚れだったんだ。目、大丈夫?
それはさておき、何か言わなきゃ見つめ続けるよね、リビオは。子どもの頃から変わらないんだなぁ……。
よし、現実を突きつけよう。
「妹だから、無理」
「……あーっ! そうじゃん! うわ、どうしよう! 悲劇!? こんなのってないよー!」
ピタッと静止した後、頭を抱えてヤダヤダと身体を左右に動かすリビオ。イヤイヤ期か。
う、うるさい。え、どうしたらいいの? 私、身動きできないんだけど?
ベル先生でも奥さんでもメイドさんでも誰でもいい。
だ、誰かー。リビオを連れてってくれない?
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