3-7 師匠との出会い

「あ、あなた、は……?」


 レベッカはその格好ををした女に見覚えがあった。

 白衣に身を通し、ポケットが沢山ついている手提げカバンを持っている。優しい色をした亜麻色の長い髪は後ろに纏められていて、首からは聴診器が下げられている。


 この辺りにはいない医者だ。


「ん? 知っているだろう? 放浪の医者をやっているアリア・コンイールだ。ちょくちょくこの村にも来ていたはずなんだが……会ったことある、よね?」


「ど、どうして、ここに、いらっしゃるんですか?」


「隣村にいたから、だね。ちょっと君とは長く話すことになりそうだから、場所を移そうか」


 アリアはレベッカを持ち上げて、村人たちの包囲を一飛びした。

 彼女に抱えられたからか、レベッカは少し冷静になった。そして、いつの間にか自決が止められていることに気づいた。


「おっと、また魔力を熾そうとするのは駄目だ。君は何をやったのかをきちんと理解しなくちゃならない。それに、私の前で命を粗末になんてさせないよ」


 恐らくアリアはレベッカの身体に何らかの魔法を施して、自決をさせないようにしたのだ。それをなんとなくレベッカは感じ取り、頷いた。


「よし、いい子だね」


 アリアがレベッカを連れ出して、村人たちと十分に距離を取ったと判断したのか、優しく地面に降ろされた。


 自然と土が盛り上がり、椅子のようになる。


 アリアがそこを指し示しているので、レベッカは座らせてもらうことにした。


「話す前に君に伝えたいことがある」


 何かと思ってレベッカは身構えた。

 さっきのようにまた糾弾されるのではないかと思ったからだ。

 だが、彼女の想像とは違った言葉がアリアの口から飛び出した。


「ごめんなさい」


 レベッカは面食らった。

 まさか、今の自分が謝られるなんて。


「もう少し私が早く到着していれば……こんなことにならなかったかもしれない。このポメニ村の人たちを助けられたかもしれない……本当にごめんなさい」


 アリアは表情を崩さなかった。

 感情を隠して、表情や雰囲気に現れないようにしているのだ。まるで責められることが前提のことのような佇まいだった。


「わ、わたしに、謝られても……わ、わたしだって……」


 自分だって悪いことをした。

 何が悪かったのかは、幼かったレベッカはまだ理解し切れてない。けど、村の皆からあれだけの悪感情をぶつけられて……とにかくやっちゃいけないことをしたんだということは理解していた。


 だから、謝らなきゃいけないのは自分のはずなのに、目の前の大人は謝っている。


 どうアリアの言葉に答えたら良いのか、レベッカには分からなかった。


「だから、私、アリア・コンイールには責任がある。君という死霊術師を生み出してしまった責任が」


 死霊術師……当時のレベッカには聞き覚えのない言葉だった。

 アリアの瞳は真っ直ぐレベッカを見ていた。そこには誠意があった。


「話すとしよう。君……レベッカ君が何をしたのか」


「は、はい……」


 それまで立ったままアリアはレベッカの前に座った。


「そもそもだが、レベッカ君は何が起こったのか理解し切れていないだろう?」


 何が夢で何が現実で、自分がどうやって死んだ村人たちを生き返らせたのか、彼らをどうやって操ったのか。確かにレベッカに分からないことは沢山あった。


「は、はい。どうして、こ、こんなことになったのか、分かりません」


「そうか。ではまず一つ一つ説明していこう」


 そしてアリアはこの辺りの山で取れる猪を召喚した。


「君が使った魔法、それは死霊術と呼ばれるものだ」


「死霊術……?」


 レベッカはその単語に聞き覚えが無かった。

 後に詳しく聞いた話だと、そもそも死霊術を使える人は希少らしく、必ずしも知られているものではないとのこと。また、悪事に利用されることが多いらしく、平和なポメニ村には無縁過ぎたというのもレベッカが知らない要因ではあった。


「死霊術とは、魂に干渉する魔法の一種だ。最も一般的なものだと、死んでしまった生物を生き返らせて使役することができる」


 その説明はレベッカがやったことと合致していた。


「じゃ、じゃあ、わたしが使ったのは、死霊術……なんですね」


「そうだ。君は恐らく何らかのきっかけで、その体に秘めていた死霊術の才能を開花させて、死んでしまった村人たちに使用した」


 アリアは自分の魔法で生み出した水を、コップに入れて差しだした。

 それを受け取り、一口飲むレベッカ。


「さて、さっき私が召喚した猪も死霊術で作り出した存在だ。ただ、君のより精度は薄いがね。これを使って、少し術の特徴を説明しよう」


 アリアが強く魔力を熾し、風の刃で猪を両断する。だが、血が出ることすらなく、すぐに猪の傷は癒えていった。


「この通り、死霊術で呼び出した存在は正規の方法では死なない。死霊術の対象と術者は神と契約で結ばれる。契約期間さえ過ぎれば死した存在は、死者の国へと帰ることになる」


 レベッカは何となく蘇った存在が死なないことは分かっていた。

 けど、アリアの説明の中で分からないことがあった。


「け、契約……ってなんでしょうか? わたし、あの時はとにかく怒ってて、無我夢中でやったので、よく、分かりません」


「……そうか。そうなると彼らは永年契約かもしれないな」


 普通、死霊術ではどのくらいの歳月、蘇生した対象を現実世界に留めるかを契約時に決める。


 しかし、レベッカはその過程を飛ばしてしまったために、死者と生者を管理するシステムである神ペシエの方で勝手に決められた。と、アリアが何年か後にレベッカに詳しく教えてくれた。


「ど、どういう、意味、ですか?」


「言葉通りの意味って言っても分からないか……つまり、村人たちはいつまで経っても死ぬことがないってことだ」


 アリアは苦しい顔をしているように見えた。

 でも、レベッカはどうしてそんな顔をしているのか分からなかった。


「そ、それって、悪い事なんですか?」


「……人によるだろうね。ただ一般的に死霊術で蘇った人間はそれ以上、肉体に変化が生じることはない。分かりやすく言えば、レベッカ君が大人になったとて、蘇生させた君と同い年の子は永遠に子どものままということだよ」


 同い年の子……リアム君は、自分が大きくなっても、おばあちゃんになっても、ずっとそのまま。


 ……やっぱり自分はとても悪いことをしたのだ。


「わたし、は、どうしたら……」


「じゃあ、それを決めるためにももう一度、村人たちと話をしてみよう。彼らを蘇生させたのは君だ。彼らの望みを聞いて、どうするのかを決めるとしよう」


 アリアの言葉にレベッカは動揺した。

 また、皆に……。


「……大丈夫。私がいるから、そんな酷いことにはならないよ」

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