3-6 代償
ひどい夢を見ていたような気がする。
レベッカの大好きなポメニ村の人々が全員殺される夢だ。
それに怒った自分が、村人たちを生き返らせて、襲ってきたやつらを酷いやり方で全員殺させる。
気分は最悪だった。
レベッカは大勢の人の気配を感じて起き上がった。
気づけばレベッカは村の皆に囲まれていた。
あまりにもおぞましい夢を見ていたからだろうか、レベッカは殺されたはずの村人たちの姿を見て安心した。
「おはようございます! あれ、みんなどうして集まってるの?」
レベッカの純粋な瞳から放たれた問いに、村人たちは怒りを滲ませていた。
「ど、どうして、だと……? お前が何をしたのか分かっていないのか?」
「そうよ! あたしたちにこんなことをさせて! あんたなんか人じゃないわ」
「あんな、あんな残虐なことをさせて! 何をとぼけているんだ!」
今にも掴みかかって来そうな村人たちが、じりじりと滲み寄って来る。
そして一人の男が拳を振り上げた。
「ヒッ!」
だが、その拳がレベッカに当たることは無かった。当たる寸前の空中で、彼の筋肉は膠着し、動かなくなっていた。
でも、レベッカは何が起こっているか、未だに分かっていなかった。
怖くなって逃げだそうとしたが、村人たちが取り囲んで動けない。
「わたし、何か……悪い事しましたか? 悪い事したなら謝るから! みんな、そんなに怒らないでよ!」
レベッカは怖くなって半泣きになっていた。
生きてきた中で、ここまでの怒りの気持ちを、殺気がこもっているような強い感情をぶつけられたことは無かった。
「レベッカ。あなたが何をしたのか、教えてあげましょうか?」
「お母さん!」
村人たちの中からレベッカの大好きな家族である母が出て来た。
お母さんだったら、自分を擁護してくれる。
そんな無条件な信頼をレベッカは家族に抱いていた。
「あなた、アレを持って来て」
レベッカの大好きな父も村人の中から出てきた。
「お父さん! え? 何これ……」
お父さんとお母さんが庇ってくれると思っていたレベッカに見せられたのは、皮を剥がれたと思われる異形の死体だった。
「これが何か分からないか?」
父の声は冷たかった。
それまで気づいていなかったが、母は自分を軽蔑するように見ていた。
レベッカはその異形の死体に見覚えがあった。
そう。あの悪夢に出て来たものとそっくりなのだ。
「もしかして、夢じゃ……なかったの?」
「ゆめ、夢だってよ! みんな、聞いたか!!」
父と母だけが、どうしようもなくて笑っていた。
だが聞いた村人たちは笑っていなかった。
寧ろさっきよりも強い侮蔑の感情と、怒りがこもったこの世界の者とは思えない表情でレベッカを睨みつけていた。
「レベッカ。何をしたのか、今一分かっていないようだから、お父さんが懇切丁寧に説明してやるよ」
「い、いや、聞きたくない!」
夢で見た内容が本当だったら……なんて考えたくなかった。
「お前はな! 死んだ俺たちをわざわざ生き返らせて、頼んでもいないのに魔王軍と戦わせて人を惨殺させたんだよ!」
そう。あの夢はそうだった。
どういうわけかは分からないけど、レベッカはそれをやってしまったのだ。
でもそれが現実なら、レベッカは村人たちにどうしてここまでの憎悪を浴びせられているのか、分からなかった。
「生き返らせたのが悪いことだって言うの!? みんなに魔王軍を殺させたのが悪いことなの!?」
レベッカの必死の反論に、次は母親が感情をむき出しにして声を上げた。
「知ってる? あなたによって生き返らされたわたしたちは死なないのよ。でもね、痛みはあるの」
どんどん母親の顔が崩れていく。
こんなひどい顔をした彼女を見たことは無かった。
「無理やり戦わされて必死になって抵抗する魔王軍の奴らに何度も身体を八つ裂きにされたわ。分かる? 何度も殺される痛みを味わう辛さを! なのに、死ぬことも狂うことも出来ない!」
確かにレベッカは村民たちを戦わせていたのかもしれない。
制御できないほど怒っていたレベッカは、どれだけ彼らが傷を受けても気にしていなかった。
だから、彼らがどう感じているかなんて考えていなかった。
どんな傷を受けても絶対に治るから痛みなんてないと思っていた。
それなのに何度も自分は村民たちを、魔王軍に向かわせて……。
「ご、ごめんなさい! だから、許して! 優しい皆に戻ってよお……」
「……まだ、わたしの話は終わってないわよ。レベッカ」
母の顔には不快感が張り付いていた。
まるで罪人を見るかのような目を向けていたと、未来のレベッカは思っている。
「どうして、どうして、わたしたちに惨殺なんてさせたのよ!」
「だってえ、だって、あいつらが憎かったから! 皆はそうじゃないの!」
「憎い、憎いわよ! わたしたちの幸せを壊したあいつらを許せるわけがない!」
母は拳を握り締めて、怒りを嚙み潰していた。
「けどね! だからって、魔王軍をあんな風に痛めつけて殺したかったわけじゃないのよ! 最初の何人かを殺した時はスッキリした。けど、だんだんとあいつらの悲鳴や苦痛に歪む顔が頭にこびりつくようになってきたのよ」
母は血まみれの手をレベッカに見せつけてきた。
「それからはあんな口にするのも憚れるような殺し方を心が拒否するようになって来たわ。なのに! あんたの力によって、無理やり苦しめるような殺しを強要された。
どれだけ、どれだけ! わたしたちを苦しめるのよ!」
そして感情のままにレベッカを平手撃ちしようとしたが、その手はレベッカに当たる前に動かなくなる。
「わ、わたしは、みんなも、やり返したいと……」
「一体全体、誰がそんなことをあなたに頼んだのよ! 誰もあなたの奴隷になって、何度も死んで、あんなふうに人を殺したいなんて思ってない!」
「そうだ!」「痛くて痛くて……」「人殺しになんて、なりたくなかった……」
村人たちが次々とレベッカに非難の言葉を投げかける。
「うえ、うぇーん! ごめんなさい! ごめんなさい!」
泣いてもいくら謝っても言葉が止まることはない。
彼らは疲れない身体だからだ。
そして、父と母が冷たく言い放つ。
「あんたなんて」「お前なんて」
「「生まれてこなければよかったのに」」
その言葉を文字通り受け取ったレベッカは、魔法を使って自決を図ろうとした。
しかし、村人たちの包囲をかき分けて来た、白衣に身を包んだ女が颯爽と現れ、レベッカの手を取り、自決を阻止した。
「駄目だよ。今ここで死んだら君は誰にも償えない」
彼女はアリア・コンイール。
後にレベッカが死霊術の師匠として仰ぐ存在だった。
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