2-11 新たな家族
『巨撃のアッシェ』と戦闘を続けるレベッカ。
巨大化したアッシェの周りを最高速度の黒龍と飛行魔法を使いながら、攻撃を避けつつ、魔法で攻撃をしていく。
ちまちまとしたダメージを与えてはいるのだが、その強靭な肉体に致命打を与えることが出来ていない。
一方のアッシェもレベッカを捕まえられず、いや攻撃が当たったと思いきや、いきなり気配が消えるため手ごたえを感じられないまま戦闘が続いていた。
お互いに攻防が続く中で、アッシェが普通の大きさに戻った。
「人間。貴様、我を殺す気がないな? 貴様ほどの死霊術師ならもっと使える術があるだろう」
アッシェが話しかけて来たが、地上に降り立つほど彼を信用していないので、レベッカは空中から答える。
「ありますけど、あなたを殺すことが目的ではないので」
「ほう、なら、何が目的だ」
「友だちのための時間稼ぎです」
はっはっは! と何故かアッシェに笑われた。笑う所なんて一つもないし、その余裕にレベッカは少しイライラしていた。
「いいだろう! 強き者の望み、聞いてやる。どれくらい我はここに居れば良い?」
「えっ、じゃあ、一日ほどでお願いします」
「はっはっは! 承ったぞ」
何だか知らないけど、レベッカは目的を達成した。
でも、完全には信じられないので死霊術で契約している魔獣を一匹置いていった。
◆ ◆ ◆
ドレスアップして出て来たルビーにヴァンは見惚れていた。
ここ数年の元気の無かったルビーとは違った、彼女本来の周りにも伝播するような元気な気質を反映した、陽光みたいな橙色をしたドレスには、彼女が好きな花々が彩られている。
そしてヴァンは見たことが無かった、というかルビー自身もしたことが無かった化粧は彼女の可憐さを溢れさせてくれる。感激だ。
化粧をしてくれたお社の人にはいくら感謝しても足りない。
「そ、そんなに、見つめないでよ……あたし、可愛くなれてる?」
そのあまりの魅力的な姿に打ちのめされていたヴァンだが、ルビーの自信なさげな声を聞くや否や、全力で肯定した。
「最高に可愛い。ずっと昔から思ってたけど、ルビーはそうやって可愛らしい格好をしてる方が似合うって。俺の目に狂いは無かった」
「ヴァン君……。そっか、あたし可愛いんだ。えへへ」
その言葉を受けて、しおらしくしているルビーの様子も最高によかったとヴァンは内心で喜んでいた。
「では、新郎様、新婦様、よろしいでしょうか?」
「「はい!」」
準備を終えたルビーとヴァンはお社の人に言われるがままに、婚姻の儀を執り行うという間へと連れていかれた。
そしてその場にはヴァンの両親、リアム、レベッカもおり、拍手で二人を出迎えてくれた。
「レベッカさん!」「レベッカ、大丈夫だったの!?」
「な、なんとか、ね。わたしのことよりも目の前の式に集中して」
「……わかった」
そもそも、レベッカがアッシェと戦っていてくれなければ、この式は成立していない可能性が高い。それだけ、二人のために頑張ってくれたのに式を中断するのは、彼女の心意気を無視する行動だ。
だからヴァンとルビーは頷いて前に進んだ。
そしてこのお社の宮司の人がルビーとヴァンに告げる。
「神、ルセハナヒメに夫婦の誓いの言葉を」
お互い、勢いで結婚まで行きつけているので、そういったことを考えている暇は無かった。けど、すらすらと言葉が頭に浮かんできた。
まずはルビーから誓いを立てる。魔族の価値観、強き者から言う。
「あたし、ルビーは永久に、この身が朽ちようとも、ヴァンだけを愛します。例えあの世からだって、何かあったら助けに行きます」
次はヴァンの番だった。
「俺、ヴァンはルビーのことをいつまでも幸せにすることを誓います。例え、彼女が近くにいなくたって、この誓いは揺らぎません」
ルビーはこのヴァンの誓いから、勘づいた。
あたしが死んでいることをヴァン君は知っているんだ……。
それなのに自分と結婚を選んでくれた……嬉しい。
密かにルビーは一層の喜びを嚙みしめていた。
「神、ルセハナヒメは、汝らの誓いを受け入れられた。新郎、新婦よ、汝らの血族の魔石を取り出し給え」
ヴァンは深紅の魔石を、ルビーは琥珀色の魔石を取り出した。
宮司はその二つの魔石を少しだけ削り、鉢の中へと入れ混ぜていく。
「新郎、新婦の血をここへ」
宮司から小さい小刀を渡されたルビーとヴァンは互いの親指を少しだけ斬り、お互いに一滴ずつの血を鉢の中へと加えていく。
そうすると、二つの魔石が二人の血液と反応して、新たな魔石を作り出す。
「これがルビー様、ヴァン様の新たな血族、姓はルシエル」
これでルビーはノールの血族から、ヴァンはチルトの血族から抜けて、新たな二人だけの血族、ルシエルの血族となった。
そして、彼らの血を吸い生まれた新たな血族を示す青い魔石が渡された。
「最後の締めの言葉を」
「「ルセハナヒメ様、我ら血族を久しくお守りください」」
ルビーとヴァンはこれで正式に夫婦となった。
これで、婚姻の儀は終わりと思っていたら、少し元気を取り戻したレベッカがルビーに向かって行き、ひそひそと言葉を伝えた。
「ええええええ!」
顔を真っ赤にするルビーだったが、レベッカの提案に乗ることを決めた。
「ヴァ、ヴァン君、目を瞑って」
そうしてゆっくりと顔を近づけたルビーは、ヴァンと口づけを交わした。
恥ずかしてすぐに口を離そうと思ったけど、ヴァンが抱きしめてきた。
頭が沸騰しそうなほど、胸からあがってくるものがルビーにはあった。
こんなかつて女の子として憧れたことを、この世で一人だけの大切で大好きな人と、為せている。
ああ、このために生まれてきたのだと、今までの辛い日々に自分なりにピリオドを打てた気がする。
その後、夕食を皆で食べ、二人はお社にある閨にいた。
なんでも、新婚後は初夜を一緒に過ごすことが慣例らしい。
「でもそういうことは出来ないけどね。ヴァン君も知ってる通りにあたしはもう死んでるから」
ろうそくだけの光しかない部屋で、ヴァンは悲しそうな顔をしていた。
「もう! そんな顔しないでよ。折角、明日の朝までは一緒にいられるんだからさ」
「で、でも、やっぱりルビーがあの世に帰るのなんて、俺には耐えられない……」
悲しそうな顔だったのが、泣き顔になってしまった。
その表情を見ているとルビーも釣られて、泣きたくなってくる。
「あ、あたしだってもっとヴァン君と一緒に、居たいよ……」
もうそこで、耐えられなかった。
二人、抱き合って泣いた。お互いの感情を爆発させた。
泣き疲れて、横になって、向き合いながら他愛のない話をした。
過去の話、現在の話、未来の話、そして気づけば疲れて二人とも眠っていた。
朝の日の光で目を覚ました時には、ヴァンの隣にはルビーはいなかった。
◆ ◆ ◆
ヴァンは家を離れて、別の都市で花屋をしようと計画していた。
『巨撃のアッシェ』に目をつけられるのも嫌だし、新しい血族になったのだ。父母を頼っているのも、亡き妻であるルビーに申し訳が立たない。
そんな街を出ようとしているヴァンに声をかける二人の人間がいた。
「なるほど、レベッカさんとリアムさんは人間だったんですね。ちょっと匂いが違うなと思ってましたけど」
「い、今まで騙すような真似をして、すいませんでした」
「良いんです。ここは魔族領ですし、人間の姿ではいられないでしょうから。それで何の用でしょうか?」
「ルビーさんからの遺書と、人間の王都で買ったお土産です」
手紙の中身を見て、ヴァンは笑った。
「な、何て書いてあったんです?」
「『浮気したら許さない!』って書いてあったと思いきや、『真面目な話、血族を続けていくために、二人目の妻を取ることを許可してやる』って。どっちが本心なのか、分かりませんよ」
「そ、そうですか。何ともルビーらしい破天荒な文章ですね……あ、あとは、こちらの花を。ルビーのために選ばれたお花です」
「ありがとうございます。大切にします」
ルビーがもらった時には蕾だったが、今このときになって花を咲かせていた。
まるで婚姻の儀に彼女が着ていたような橙色のドレスを模したように咲く花に、ルビー・ルシエルの面影を重ねた。
ヴァン・ルシエルは妻への祈りをその花へと託し、新天地を目指すのだった。
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