2-10 ウェディングドレス

 リアムはこれからルビーのために行う計画をコルヌに話した。


「あの子が……」


「そしてコルヌさんにお願いしたいことが二つあるんです」


「……分かったわ」


 コルヌはその顔に難しそうな表情を浮かべながらも、了承してくれた。

 これだけのことが出来るのなら、ルビーに会わせても問題は無いだろうと、リアムは穏やかな気分になった。


◆ ◆ ◆


「ルビー、今から千代山に行くよ」


「千代山ってことは……あっ、まさか!!」


 千代山。それはこのアッシェ領ヴェルプラン街の近くにある霊峰で、街からもその雄大さが見える。この街に住む魔族は、あの山そのものを信仰している。


 かの山の雪解け水がアッシェ領ヴェルプランに恵みをもたらし、採れる魔石や石材、木材が豊かさを与えている。

 

 そんな千代山に宿っているとされる神の一柱、ルセハナヒメがいる。この世を作ったとされる女神の一人で、魔族を生み出した存在だとして人々には知られている。


 昔からの風習で結婚をするものは神であるルセハナヒメの御神体に誓いを立てに行くのが、伝統的な婚姻の儀とされる。つまり――。


「――結婚式まで、してくれる?」


「ああ、勿論」


 ヴァンはただ単に結婚をするだけで無く、神様にも誓いを立ててくれようとしているのだ。あと一日で消えてしまうルビーのために、そこまでやってくれる。


 それだけ、自分を好きでいてくれる覚悟を決めたヴァンに、ルビーは泣いてしまいそうになった。


 けど、まだ泣けない。

 今から泣いていたら、動けなくなってしまう。


 泣くのは儀式が済んだ後だ。


「じゃあ行こう! ヴァン君、千代山へ」


「ああ」


 ルビーを孤独から守っていたあの花畑からヴァンが手を引っ張って、抜け出させてくれた。


◆ ◆ ◆


 千代山は険しい山だ。

 昔から頂上にある社には、結婚の儀を執り行いに来る夫婦が数多くいたため、街道は整備されている。


 だが、標高は低くないし、危険な場所もある。

 それを夫婦で乗り越えることで、どんな困難をも二人で乗り越えていけるようになるという呪いとしての意味がある。


 普通なら夫が妻のサポートをすることが多いのだが、ルビーとヴァンはそうはいかなかった。


「ヴァン君、遅いって!! 予約の時間過ぎちゃうよ」


「わ、分かってる、大丈夫。頑張るから!」


 とは言いつつも体力的に厳しそうなヴァンのことを、ルビーはその手を繋いで引っ張っていく。


「頑張れ! ほら、あたしと結婚するんでしょ?」


「す、するよ。だから、ちょっと待って」


 ルビーは懐かしい気分になっていた。

 幼少期、ガキ大将だったころは、こうやってヴァンを連れて、街を探検したものだ。その時も、ちょっと弱腰だったヴァンを引っ張っていた。


 微妙に頼りにならないヴァンを引っ張りながら、一緒に花屋をやって、家ではヴァンの好きなお菓子を作ってあげて……なんて、意味のない婚姻後の生活を夢見る。


 もう時間のないルビーにはすべて夢物語でしかないのだけれど。


 そんな風にへばっているヴァン君と、でも決して歩むことを止めない夫と一緒に今を進んで行く。


 家族に認められるための頑張りとは違って、ヴァンと幸せになるための頑張りだったら何一つ苦では無かった。


 最後の急斜面を魔力を熾して、ヴァンのことを抱えて一気に跳んで行く。

 「良いって!」と彼はちょっと拗ねていたが、これくらいはさせて欲しかった。


 目の前に現れたのは、赤く塗られた綺麗なお社だった。

 鳥居があって、本殿へと向かうための参道があるのだが、そこには思ってもみない人がいた。


「……母上、なんで」


 ルビーは思わず一歩後ろに下がった。

 どうして、ここに自分をいじめる家族がいるのか。その理由が分からなかった。


 でも、一方で母であるコルヌも辛そうな顔をしていた。

 その表情をルビーは有り得ないと思っていた。


 この人は普段はルビーに興味がない。

 だから無視。泣いていようとも、兄弟姉妹にいじめられていても、無視。


 それなのに、どうして、自分を見て辛そうな顔をしているのだろう。

 幼い頃は仲が良かったと思う。

 でも、もう今は違う。


 触れることも無ければ、会話することもない相手のことなんて、何を考えているのか分からなかった。


「ルビー、私は貴女にこれを渡したくて……」


 コルヌが懐から取り出したもの。頑丈そうな箱を開けると中には、不思議な力を感じる琥珀色に輝く魔石があった。それを取り出しルビーの手のひらに乗せた。


「私は、あなたがヴァン・チルトと婚姻を結ぶことを許可します。幸せになって」


「……え、どういう……こと? 出来損ないを家から追い出せて嬉しいってこと?」


 ルビーは嫌味でその言葉を言ったわけではなかった。


 だって、その方が喜ぶと思ったから。

 自分がいなければ、出来損ないがいなくなれば、嬉しいだろうと。


 そう思って言ったのに。

 なぜか、コルヌは泣いていた。

 泣くのを我慢しているけど、それでも涙が溢れているようだった。

 

「――ッツ! そうじゃ、ないけど……ごめんなさい。これ以上、幸せになろうとしている貴方に、私が接する資格はないわ」


 それだけ言うとコルヌは走り去って消えてしまった。


 なんで泣いているのかルビーには分からなかった。けど、あの罪悪感に溢れた顔だけが脳裏に残った。


「ルビー様、御着替えの準備があります。こちらへどうぞ」


「あ、はい……ありがとうございます」


 着替え場所へと社の人に連れられていく。


 その部屋にあったのは、一着の橙色が綺麗な花柄のドレスだった。


 さっきまでのルビーだったら、ウェディングドレスだと喜んでいたのだが、どうにも母親の泣き顔のせいで素直に歓声を上げることができなかった。


 そのドレスに着替えようとした時。

 リアムが勢いよく扉を開けて入って来たのだ。


「なっ、着替え中に何!」


「ごめん! だけど、そのドレスについて話しておきたいことがあるんだ」


「勝手に社のサービスだと思っていたけど……そうじゃないの?」


「それ、コルヌさんのお古だよ」


 自分に興味がないと思っていた母親が、かつて彼女自身が着たドレスをくれた?

 ルビーはそこまで勘が悪いわけではない。

 だからこそ、ある可能性が思いついてしまった。


「ねえ、もしかして母上って、あたしの結婚を本気で祝福してるの?」


「……そうらしい」


 わけがわからない。

 深く考えると泥沼に陥りそうなのでルビーは考えることを止めた。

 

 だけど悪い気分でなくなったのは確かだった。


「リアム。もし、母上に会うことがあったら『ありがとう』を言っておいて」


「分かった」


「分かったなら、出てけ!!」


 ルビーは胸につかえたものが、少し取れた気がして楽になった。

 そして、結婚式の準備を進めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る