三章 再臨せし魔王

3-1 魔王来店

 レベッカとリアムはプランターを買いに出かけていた。

 ヴァンと別れる際に貰った花の苗を植えるためだ。王都の方が生育条件が良いのか、水をあげて置いていたら思っていた以上に大きくなってしまった。


 結構大きいプランターで、体躯が小さなレベッカとリアムには持ち帰るのにちょっと苦労するサイズだった。


「お昼は、な、なに食べる?」


「最近話題のパン屋とかどうだ?」


 おかずと一緒に食べるような普段の硬いパンよりも、ふわふわでもちもちで甘くて、おいしいらしい。ルビーがいたら喜んで食べてそうだなとレベッカは思った。


「あっ、そこ、わたしも、行きたいと思ってた」


「じゃあ、決まりだな。オレが買ってくるから、レベッカはプランターを店に置きに行ってくれ」


「う、うん」


 ちょっとお昼が楽しみだぞ、と少しテンションが上がった足で帰路についた。

 しかし、店の近くまで来た時、その足取りは止まった。


 いや、止まらざるを得なかった。

 店の前で仁王立ちしている男がいる。その人は明らかに普通でなかった。

 

 嫌でも目に入るのがレベッカの二倍はあろうかという身長。そして頭部には天の光をそのまま反射できるくらいに真っ白に輝く帽子を被っている。いや、よく見れば、あれは帽子じゃない……? 


 どうしても目立つ彼だが、着ている服は質素極まりない。王都ではあまり見ないタイプで、動きやすさを重視する魔族の服に近い。


 だが、そんな身長や頭に乗せた何かや、質素さよりも気になることがレベッカにはあった。


 魔力を感じない……?

 

 魂を持った生物は、大なり小なり魔力を持っている。どんなに小さな魔力でも高度な魔力探査の技術を持ったレベッカに、見えないことなんて今まで無かった。


 しかし、あの巨体に宿る魔力を感じ取れなかった。


 魔力を持っていないという世界のルールから外れた奴が自宅の前にいる恐怖。

 リアムがいたら、一旦相談するところだが、彼は今パンを買いに行っている。


 どうしようか……。


 でも、店の前に突っ立っているってことは……依頼者の可能性も高い。


 どうあれ、声をかけてみるしかないのかな。


 よいしょと買って来たプランターを店先に下ろすと、魔力のない男の方から話しかけて来た。


「お嬢ちゃん! お嬢ちゃんはこの店の人かい?」


「は、はい」


 中年男性と言った感じか。いや、それよりも歳を取っていそうな雰囲気もある。

 だって、自分を見る目が孫を見る目だったから。


 レベッカが幼少期を過ごした無き故郷の村の老人もそんな目をしていた。


 魔力を持っていないからって、変な人ではなさそうだ。


「もしよければ、この店にいるという死霊術師を呼んでくれないか? 先ほど会ったコメットというご夫人から聞いたのだが……」


「そ、それはわたしです。わ、わたしが、死霊術師のレベッカ・ランプリールです」


「ほー、そうなのか! 貴殿があのアッシェと互角にやり合ったという」


「ご、互角なんかじゃ、ありませんよ。あの人、まだまだ、余裕がありました」


 実際あのまま戦っていたら、自分は負けていただろうとレベッカは認識している。

 だから思わず否定してしまった。


「あやつが本気を出して戦えるだけで相当だがな!」


 レベッカは今頃違和感を抱きだした。


 どうして、この男は自分と『巨撃のアッシェ』が戦ったことを知っているんだ?

 それに、まるでアッシェと知り合いかのように話しているし……。

 

 一体何者なのか? 


「とりあえず店内へどうぞ」


「失礼する。ほー、窓際に置いてあるのは、サンラブリエか? ここでも育つとは思ってみなかったの」


「……友人から貰ったんです。あ、こちらに、お座りください」


 男を客人用の椅子に座らせてお茶を淹れる。

 普段ならリアムがやってくれているので、レベッカはあまり手慣れていない。


 そのせいか出来上がったお茶の香りが普段より弱くなってしまった。いつか彼が居なくなる日も来るだろうに、情けない思って苦笑を漏らす。


 客人にお茶をお出しして、レベッカも自分の椅子に座る。

 

 彼は一口、お茶に口をつけると。


「ワシ、もっと甘い方が好みだの」


「は、はい。こちらに……」


 客人が砂糖を入れているのを、レベッカは待つ。

 ドバドバと甘みを追加した後、男の顔は満足そうになった。


「そ、それでこのレベッカ・ランプリールへの御用とは一体、なんでしょう?」


「うむ。頼みたいことは決まっておるのだが、その前に自己紹介と行こう」


 老人は被っていた帽子を外した。

 外された帽子は形を変えて、小さなスライムとなって机で砂糖をかじり出した。


 死霊術でもなければ、召喚術でもなく、調教術でもない。そもそも魔力を持たない彼では、そういった魔法の類を使えないだろう。

 つまり『巨撃のアッシェ』のような特殊な力で、このスライムは男の帽子となっていることを了承している。


「ワシの名はジナーフ。昔は魔王をやっておった」


「……は?」


 その魔王という言葉を聞いた途端、頭の中が怒りで塗り替えられた。


 レベッカの溢れ出した魔力で葬儀屋エクイノ一階部分が吹き飛んだ。


「お前が! お前が! わたしの村を……!」


 レベッカは自身では絶対に使わないと決めていた、相手の命に干渉する死霊術を発動させた。


 見えない毒霧のようなものが辺りに広まる。

 この範囲内にいる者の魂は強制的に死者の国へ送られる。必殺の魔法。


 レベッカの膨大な魔力だからこそできる技だ。普通の死霊術師には、この速度でこの術を展開できない。


「む、貴殿、面白い術を使うな! ちょっとだけ死ねるかもと期待したぞ」


「なっ、アレを食らって生きてる……?」


 こうなったら……! 魔法でやるしかない。

 レベッカは普段リアムが持っている自身の杖を召喚しようとした。


 だが、玄関先には急いで帰って来た様子のリアムがいた。


「止めろ! レベッカ!」


「でも! リアム君! こいつ魔王なんだよ! 許せないわたしたちの仇だよ」


 一瞬だけリアムも表情が固まっていたが、それでも苦しそうな顔で言った。


「それでも、駄目だ」


「なんで! 許しちゃいけない相手だよ!」


「それでもだ! 俺はリアム・クラウザーとして、言っている!」


 こう言われてはレベッカは止まらざるを得なかった。

 そして、どこにもぶつけられない感情を押し込めていたら、涙が流れ落ちた。

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