2-8 死霊術師vs巨撃のアッシェ

 レベッカが『巨撃のアッシェ』と対峙する少し前のこと。


 レベッカはルビーの家族たちが住んでいるあのアパートの前で、飛行魔法を使って空へと飛んだ。


 そして、そのアパートを包み込んで消し去るくらいの大魔法を発動させようとした、ときのことだった。


 建物の壁を突き破り、勢いよく出てきたのだ。

 『巨撃のアッシェ』こと、ルビーの父親であるアッシェ・ノールが。


 先ほどと変わらない強者のオーラが、浴びただけで気を失いそうな殺気を纏い、レベッカを圧倒する。

 だが、レベッカが怯むことは無かった。


 ヴァンがあの歳には似合わない勇気、覚悟を示している。リアムだって、今後のためにある人物と接触しようとしているはずだ。


 ルビーに、『友だち』に一人じゃないんだって、あの子を泥沼から引っ張りだして、人並みの幸せを感じてもらうために、レベッカは死力を尽くす。


 だって、レベッカ・ランプリールは葬儀屋エクイノの店主なのだから。

 満足してから、死者の国に戻ってもらうためには、命をかけることだって、厭うことはない。しかも、友だちとなれば躊躇う余地はない。


 目の前に佇んいるアッシェに構わず、レベッカは魔法陣の範囲を光としてこの世界から抹消する随分物騒な魔法を使おうとした。


「させると思ったか?」


 高速で飛翔してきたアッシェにレベッカは首筋を掴まれる。アッシェの魔力を身体に流し込まれ、魔法が中断された。


「貴様……一体、何の用があってこの街に来た? 人間。いやしかし、金が目的なら我が麾下に入らぬか?」


 しかし、アッシェはレベッカを即座に殺すことなく、話しかけて来た。


 ヴァンから聞いた話ではあるが、アッシェは『力が全て』だと考えているらしく、その力を認められた者は敵であっても、罪人であっても、人間であっても、彼の率いる軍団に勧誘されるらしい。


 想定通りだった。


 レベッカの力を見せつければ、誘いをかけてくると思っていた。


 だから、この隙にしか使えない魔法を発動させた。


 一瞬にして景色が変わり。何もない荒野へと転移した。


「此処は、何処だ?」


「わたしとあなたが戦う専用の舞台ですよ」


 使ったのは転移魔法。


 一瞬に満たない時間で二度使った。一度目は荒野へと飛んだ際。二度目は自分がアッシェの手から逃れるために使用した。


 レベッカがよく使う魔法の一つだが、術者本人以外を飛ばす際は、その人に触れていなくてならないルールがある。


 だからあんな派手で発動に時間のかかる魔法を使って、わざわざ首を掴ませてやったのだ。


「ふむ、少し街が心配だが」


「あなたに心配とか、そういう感情があったんですね」


「あるとも。ヴェルプランにいる住人、家族は全て、我のものだ。我の感知範囲外では、あの街で何が起きてるか分からん」


「……やはりそうでしか」


「ほう、気づいていたか。やはり中々やるようだな」


 レベッカが、強引な手でアッシェを街から引き離したのは理由がある。


 先ほどの発言からもレベッカの考えを裏付けることになるが、アッシェは、家族を自分の所有物だと思っている。この考え方をしているやつが、この後に控えているルビーの行動を気にしないはずがない。


 また、あの街には沢山の音を鳴らす魔道具が置いてあった。それが、アッシェの帰還で同時に鳴った。つまり、あれだけの魔道具を同時に鳴らすシステムがある。


 それが、アッシェが張り巡らせた魔力網ではないかとレベッカは考えている。

 魔力網を使い、魔道具を動かすと共に、街の中を監視しているはず。


 だから街中の魔道具は動き、ルビーはすぐにアッシェによって発見された。


 レベッカ達は、ルビーのためにアッシェ領ヴェルプランでしたいことがあった。それをすれば、必ずアッシェが邪魔しにくることは想像がついた。


 だから、彼を街から引き離し、時間を稼ぐ必要があった。


「それで、貴様、何のために我を狙う?」


「友だちのため、ですけど」


 レベッカは仕込み杖の鞘を抜いた。


 それを見たアッシェも拳を構える。


「そんな殊勝な理由で、我と戦う気になるとは、な!」


 一瞬にして距離を詰めて来たアッシェ。なんとか、ギリギリその拳を受ける前に、レベッカは事前に仕込んで置いた転移魔法を使って上空へと身を投げ出す。


 そして、普通の魔法使いの二十倍はあるレベッカの全魔力を使って、彼女が今撃てる最強の大魔法を撃った。


 街一つを飲み込めそうなほどの超巨大な巨岩がアッシェへと降りかかる。そのあまりの質量に空が割れていた。


「ほう! 貴様、人間の中でも上澄みも上澄みだな! 勇者パーティにいたあの魔法使いと同等クラスだとはな!」


「褒めるのは良いですけど、これに耐えられますか?」


 レベッカは空中に、死霊術で契約している黒龍を呼び出した。岩を交わしながら空へと昇り、アッシェに巨岩が当たったことを確認する。


 レベッカは基本、人を殺さないと決めている。

 だが、魔王七護番を相手にしているのだ。手加減をするこもできない。


 全力を出さなくては、やられる。

 少なくとも自分と戦うことにアッシェが興味を持ってくれないといけない。


 これで倒せたのなら、楽なことは楽なのだが。


 だが、あれだけの大きさの巨岩が中々、地面に落ちない。

 アッシェが岩を止めているからだ。


 少しずつ、少しずつ、ミキミキとひびが入っていく。そして、真っ二つに割れて、巨岩が地面に落ち爆音が鳴る。上空からでも地が揺れているのが分かってしまった。それだけの大質量だ。


 あれを受けきるのか……。


 次の手を考えないと、と思ったところだった。眼前に赤い龍が現れていた。

 その背に乗っているのは、アッシェ。


「次は空中戦と行くか?」


「良いでしょう」


 アッシェの赤龍の背中には巨大なボウガンが備え付けらえていた。彼は、そこに魔法で生み出した矢をセッティングすると、強弓が飛んでくる。


 避けることも敵わぬ一撃が、レベッカの黒龍の頭を撃ち抜く。


「期待外れだな……、その程度か? 人間」


「じゃあ、ご期待に沿えるようにいたしましょうか?」


 レベッカが指を鳴らした途端に、黒龍の失われた頭が再生する。


「貴様……死霊術師か!」


「正解です」


 不意をついたレベッカの黒龍が赤龍の首へと嚙みついた。

 そこからは、逃げながらもボウガンを撃ってくるアッシェ、こちらは追うような形で十種類の魔法を同時に使いながら、赤龍とアッシェにダメージを与えていく。


「ふむ。ちとこちらが不利か……であるならば」


 アッシェは赤龍から降りて、地面へと落ちて行った。

 

 レベッカが何か来ると思った時には、もう既に遅かった。

 眼前に自分の何十倍もある巨大な拳が、レベッカのすぐそばまで迫っていた。


 これを食らったら死ぬ。

 本能はそう告げるが、ここから回避する方法は無かった。

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