2-7 プロポーズ
ヴァンはルビーを探して街中を走り回っていた。
一番最初にノールの血族が住んでいるアパートに行ったが、そこにルビーはいなかった。ヴァンはそれで全てを察した。
レべッカからある提案を受けたヴァンは、自分の気持ちを整理しながら、必死に走った。この役目は己が果たさなければならないものだからだ。
ルビーが好きだからこそ、覚悟さえ決めれば、彼女のためにできることはあった。
探した果てにいたのは、幼い頃によく遊んだ河川敷だった。
自然が豊かで四季折々の植物を見ることができ、春には一面が花々で彩られる場所だ。つい最近には、ルビーが勝手にここの河川敷の一部分を耕して、小さな彼女専用の花畑を作っていた。
ルビーはまだ青々しい花畑の中にしゃがみ込んでいた。
まるで守られているよう。自分の作ったものくらいしか、本当の意味で信じられるものはない。でも、ルビーの孤独が美しさの中にも紛れていなくて、視界に映る光景が痛くてしょうがなかった。
だから、ヴァンは声を張り上げて悲しみにくれる一人の少女の名前を叫ぶのだ。
「ルビー!!」
「ヴァ、ヴァン君……どうしてここに……」
顔を上げたルビーの顔には泣いた後があった。ヴァンが来たから泣くのを止めたに違いない。ルビーはそういう人だ。
「ねえ、ヴァン君。やっぱりあたし、ダメ――」
「ルビー!!」
ルビーが辛い話をするのは分かり切っていた。その程度には、自分のことを信頼してもらえていると思っている。
でも、お互いに心が痛くなるような話はしたくなった。
慰めるだけの時間はもう終わりだ。そんな幸せを生まないような関係は辞めるべきなんだ。今からは幸せを掴むために前へと、関係を進めるんだ。
だから、俺はまだまだ子どもだけど、この身を、この言葉をルビーへと捧げる。
「ルビー・ノール。俺と結婚してくれ!!」
ヴァンは彼の家に伝わっている婚姻の儀の際に使う、鮮やかに紅く輝く魔石を差し出した。
「へ!? け、結婚? いきなりなんで」
さっきまで泣いていたとは思えないような素っ頓狂な声を上げていた。
いきなり過ぎて、理解と気持ちが追いついていないようだ。
そして、言われたことだけを理解し始めたルビーは、ちょっと猜疑心が宿った目で睨みながら、ぼそぼそと質問をし始めた。
「ヴァ、ヴァン君って、あたしのことが、す、好きだったの?」
「ああ。もう何年も前から好きだよ」
プロポーズをしてしまった後なので、ヴァンは今さら『好き』の気持ちに恥じらいを感じなかった。寧ろ、気持ちに素直になっていいんだと思って、気分がいいまであった。
「そ、そうだったんだ~、へえ~」
一方、自分を慰めるためにそんな突拍子もないことを言いだした、と思っていたルビーだったが、照れすらしない真っ直ぐなヴァンの様子に、ありえないほどの真摯さを感じているのだった。
確かに、ヴァンはあまりに大きく逸れた冗談を平然と言う人じゃないのはルビーも分かっていた。
だったら、本当にこんなあたしと……。
弱っちくて一人前の魔族にすらなれないようなあたしと……。
「あ、あたしのどこが好きだったの?」
「ガサツなのに、好きなものが可愛らしいところ。めげないでいつも頑張ってるところ。普通に可愛いところ……とか、色々あるよ」
「ほ、本当にあたしのことが好き……なんだ」
ルビーの人生でここまで、自分のことを良く語ってくれる人はいなかった。そのことは、ヴァンも分かっているから、言葉にすることを一切惜しむことはない。
「で、でも、どうして? もっと歳を取ってから、とか。そういう風に思わなかったの? だって、だって、あたしたちまだ子どもだよ?」
ルビーの思うことは至極当然だった。
ヴァンも、この思いを伝えるつもりは無かった。
ヴァンにとっては情けない話ではあるが、結婚はレベッカが提案したのだ。
その提案を受けた時は、驚きに驚いたし、自分なんかが……と思っていた。ルビーは優しくて、強くて、自分では釣り合わない。あのアッシェの手から彼女を解放してくれる誰かと結ばれるべきなんだと、弱い自分を言い訳にして、そう考えていた。
そんな都合の良い人はいない。
自分がルビーが好きなのだ。
彼女が悲しんでいるなら、ただ覚悟を決めて、想いを伝えるだけで、ルビーを救える。だったら、自分の弱さなんて小さい悩みにしかならない。
想いを伝えるのはこのタイミングしかない。
ルビーの現状、実は死んでいて、もう二日で、あの世へと戻ってしまうことをヴァンはレベッカから聞いていた。泣いているような時間なんて無かった。
しかし、それだけではないのだ。
「情けない話だけど、レベッカさんがいるからなんだ」
「どういう意味……?」
ヴァンはこの後の計画をルビーへと告げた。
反対するルビーだったが、レベッカの想いが綴られた手紙を見て、彼女は悩んだ。
「で、でも、こんな危険なこと……!」
「それだけ、あの人たちもお前の幸せを願っているんだよ」
「わ、わかった。少しだけ考えさせて」
◆ ◆ ◆
ルビーはヴァンから距離を取って、川のほとりでどうするかを考えていた。せせらぎと雪解け水の冷たさが、少し火照っていた体と脳を冷やしてくれる。
父上に自分の価値を否定されたとき、帰郷は失敗したと思った。ずっとくじけないで頑張ってきたのも、いつか家族に認めてもらえるかもしれないと薄い望みに縋っていたからだ。
それだけしか自分が受け入れられる方法が無いと思っていたから。
でも、それだけじゃなかった。
レベッカの手紙にも書いてあったが、元々の家族が駄目なら、別の帰る場所を作ればよかったんだ。
でも、その居場所は一から作るわけじゃない。
自分が気づいていないだけで、すぐそばにあったんだ。
ヴァンからプロポーズを受けて、色々質問をした時、気づいたことがあったのだ。
いきなりプロポーズなんておかしい……おかしいのはそうだが、ヴァンとだったら家族になるのも悪くないなと思ってしまったのだ。
そう感じるのは、今までの時間の積み上げがあったからで、彼の存在が、居場所なんて無いと思っていたこの街に、確かな安息の場を作っていた。
だから、あのプロポーズは凄く嬉しかった。
あそこまで自分を認めてくれる存在が確かにいる。それだけで自分は救われた気持ちになった。
自分のために覚悟を決めてくれたヴァン、そのためのサポートをしてくれているレべッカとリアム。
これだけ思ってくれている人がいるのが分かっただけで、幸せの限りだった。
それなのに、彼らはもっと上の幸せをルビーに与えてくれようとしている。
もう明日の朝には、この世から消えてしまうというのに。
だけど、ルビーの幸せの代償にレベッカが……
その時に、手紙の中に書かれた言葉が目に飛び込んで来た。
『友だち』と。
ルビーはどうしたらいいのか分からなくなっていた。
けど、友だち、なら信じてもいいのかも、と思ってしまっていた。
ルビーはレベッカを信じ、プロポーズを受けることを決めた。
◆ ◆ ◆
一方、その頃。レベッカは一人の男と荒野で対峙していた。
その相手は魔王七護番が一人、『巨撃のアッシェ』。
世界における最強の一角であった。
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