2-6 恋心

 ルビーと別れたレベッカとリアムは、彼女が行くはずだったヴァンの家へとお邪魔になっていた。


 ヴァンの家はレベッカが葬儀社を営業するために借りているような、一階部分が店舗で、二階部分が居住スペースになっている建物だった。


 店舗には沢山の花が並んでいる。

 切り花だったり、庭に植えられるようなプランターに入った花。レベッカの身長を超えるような巨大な花だってある。雑多に色々と置いてあるように見えるが、どの花々も生き生きとしている。


 色々と雑多に置かれているようにも感じるが、この花屋には安心感があった。色とりどりな建物が多いヴェルプランでは、自然の色が目と心に優しいのだ。


 そんな外観だけでなく、働いているヴァンも、その両親も温かい空気を醸し出しており、とても居心地が良い。


「は、花屋さん、だったんですね。ルビーも、花が好きなのは、ヴァンさんから、影響を受けたからでしょうか?」


「いや、ルビーが花を好きなのは小さい頃から……出会ったときからですよ」


 先ほどのヴァンの話だと、ルビーはガキ大将という話だったけど……。

 ガキ大将なのに、少女趣味もある。


 いや、もしかして逆なのかもしれない。

 少女趣味なのが生来の姿で、ガキ大将は後付けされた彼女の姿?


 そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされて、ヴァンの母親がクッキーとミルクを持ってやってきた。


「今日は来てくれてありがとう。ゆっくりして行ってくださいね」


「あ、ありがとうございます」


 ヴァンの母親は息子の友だちが来たと勘違いしているようだ。だからか、彼女は去り際にこんなことを呟いていくのだった。


「最近、ヴァンは好きな子が来てくれなくて気分を落としていたんですよ。ちょっと、励ましてあげてください」


 ヴァンは母親の一言に顔を真っ赤にして、「う、うるせー!」と叫んでいた。


「い、良いお母さまですね」


 レベッカのその言葉にリアムは苦笑いをしていた。

 

「……そうですね。まあ、今みたいな余計な一言を言うのがちょっと嫌ですけどね」


 お節介を言っている母親は思春期の男子に好まれない。というのが、一般的な解釈かもしれない。


 レベッカは先ほど明らかに普通でない親子の在り方を見てしまったから、尚更、ヴァン達親子が『良いお母さま』だと思ってしまったのだ。


 そして、ヴァンもそういう風に感じていたからこそ、レベッカの言葉を素直に肯定したのだろう。


「は、話は変わりますが、ヴァンさんが、す、す、好きな人って、ルビー、ですよね……?」


 ヴァンはルビーと再会した時に、妙にそわそわしていたいた。それに、幼少期にルビーから助けられたことを語っているとき、顔が赤かったのをレベッカは憶えている。ルビーにはバレないようにしていたが、傍から見れば誰でも分かるレベルだった。


「え、いやいやいやいや。そ、そ、そ、そんなこと、ありえませんよ。だって、普段はガサツで馬鹿っぽいくせに、少女趣味で可愛らしいものが好きで、あんなクソみたいな家庭で育って来たのに誰にでも優しくて、うちの花を見ている時のうっとりとしている表情がとっても良くて……って、違うけど、違くないんです!」


 人格が変わったように早口で語り出したなと、驚きと面白さでレベッカとリアムは、思わず声を合わせて笑ってしまった。


「そ、そんなにルビーのことが好きなんすね」


「ええ、まあ……はい。ルビーの友達って言うのに、隠してしまってごめんなさい」

 

 ふとレベッカが、リアムを見ると彼はどこか遠い目をしながら、穏やかな笑みを浮かべていた。レベッカにはその表情に込められた意味に、針で刺されたような痛みを感じた。


 けど、それはそれ。これはこれだ。


 葬儀屋エクイノに協力してくれたお礼として、ルビーの抱える問題にも向き合わなくてならない。


「そんな、る、ルビーのことが好きなヴァンさんにお聞きしたいことがあります」


「『ルビーのことが好きな』って二つ名付けるの止めてくれるなら……」


「わ、分かりました。悪ふざけして、すみません」


 もう自分には芽生えることすら許されなくなってしまった初々しい恋愛感情を見せられて、普段なら絶対出ないような老婆心が出てしまった。


「話を戻しますが、ルビーさん、の家庭環境とは、具体的にどんなものだったの、でしょうか?」


「……レベッカさん達って、この街の出身ではないですよね。でしたら、お話しましょう。ルビーの血族の話を」


「よ、よろしくお願いします」


 ヴァンによるルビーの家庭、ノール家の様相が語られることになった。


◆ ◆ ◆


 ヴァンはただ淡々とノール家のことを語ろうとしていた。

 それは、寧ろあのノール家に嫌悪感があるからに他ならない。だからこそ、話の邪魔になるものは避けたのだろう。


「まず、あの家には単純なルールがあります。多くの魔族と同じですが、力を信奉しています。普通と言えば普通です」


「そ、そうですね」


 流石に人間のレベッカでも、魔族が暴力、力を重視していることは知っている。


「それが、家庭内でもかなり色濃く出ているだけと言えばそれだけですけど、あの家では認められる強さの基準がとても高いんです」


「そ、その、言い方だと、る、ルビーが、弱いってことになりませんか?」


 貴族の館で私設兵たちと互角以上に戦っていたルビーが弱い?

 言っていることがいまいちレベッカには理解できなかった。


「ルビーは一般魔族的には平均より上ですが……、あの家は天才ばかりで、どうしても見下されているんです」


 ルビーより上がごろごろいる家族。


 そして、その力を重視するような価値観。


 それは、さぞや。


「生きづらいでしょうね……」


「家族にも馬鹿にされるし、外に出ても『巨撃のアッシェ』の実子なのに、と陰口を叩かれる始末。ルビーにとっては、この街そのものが生きづらさの塊なんです……こんなことを言っても何ですが、それでも腐らないルビーは凄いです」


 レベッカも凄いと思ってしまった。

 いくらでもグレてしまっても仕方ない環境にいるのに、あれだけ良い子に育っているのは奇跡に近いだろう。


「でも、だったら、ルビーは何でこの街に帰ってこようと……あっ!」


 ルビーは『家に帰りたい』と言っていた。

 だが、そんな家族の元に帰る場所なんてあるのだろうか。


 場所がないなら、作れば良い、そう思っているからこそ、腐らなかった?


 もしかして、ルビーがヴェイランス砦で亡くなったのは、意地でも戦功を立てようと無茶したからではないのか? それで家族に認められようと……。


「ヴァンさん。も、もし仮に、ルビーが何か戦功を立てたら、『巨撃のアッシェ』は、それを認めて、褒めてくれるでしょうか?」


「……ちょっとやそっとでは無理かと思います。戦功の内容にもよるでしょうけど」


 レベッカは頭を回しに回した。

 ルビーは帰りたい家には帰れない可能性が高い……だったら。


「ヴァンさん。少し提案があります」


 レベッカはルビーのために、自分なりの最善を尽くすことを決めた。

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