2-5 家族
レベッカ達はルビーが行きたいと言った『お店』へと向かっている最中だった。
ルビーとヴァンとの会話を盗み聞きながら、変な形をしていたり、とんでもない色の組み合わせをした建築物が、沢山の魔族と共に視界を流れていく。
だが、いきなり街中に特徴的な音楽が流れ、大音量が耳に届いた。
今更ながら、レベッカは街中に大量の魔道具が仕込まれていることに気がついた。
恐らく、魔力を流して遠隔で操作できるものだ。
謎の音が鳴り止むと、街中は活気に包まれた。
「まあ、英雄が帰って来たのね!」「また戦いに勝ったんだな! 今日は戦勝セールにするか!」「やっぱりアッシェ様は最強だ」「他の魔王七護番とは格が違うのよ」
「この街に生まれて良かった~」
などなど、レベッカ達の周りを歩く者たちの喜びの声が聞こえる。
なるほど……この街を支配している『巨撃のアッシェ』が戦いから帰って来たのか。
街中の雰囲気や会話から、『巨撃のアッシェ』が住民たちに相当好かれていることが分かる。
だが、一方で目の前にいる二人、ルビーとヴァンは固まっているようだった。嬉しさなどは微塵も感じず、ただただ重くずっしりとした何かを受け止めている。
「ど、どうしたの、二人とも。領主さんが帰って来て嬉しくないの?」
様子のおかしい二人に投げかけた問いの答えが返ってくることは無かった。
その代わり、ルビーが何かに操られているみたいな、意志を感じられない歩き方で、さっきまでとは別方向に歩き出していた。
早歩きになっているルビーを、レベッカは追いかけた。そして、その肩に手をかけて彼女を静止しようとした。
「る、ルビー! どこ行くの!」
「い、行かなきゃいけない! それがノール家に生まれた者の務め。当主が帰って来たら、街にいる家の人間は出迎えに行かなきゃいけない」
あまりにも必死なルビーはレベッカの手を払って、どんどんと進んで行ってしまった。もう、一緒に歩いていた三人のことは視界にすら入っていない。
しょうがない。こうなったら前みたいに、身体の所有権を奪って無理やり止めるしかないか……。
そうしてレベッカがルビーに手を向けた時だった。
視界を遮るように、ヴァンが飛び込んで来た。
「ま、待ってください! レベッカさん。ルビーは家のしきたりで行かなきゃならないんです。それに街中で魔法を撃つのは……」
「で、でも!」
「ちょっと俺の話を聞いてもらえませんか?」
「そんな時間、無い!」
レベッカはルビーから身体の所有権を奪い取り、動きを静止させる。別に、目の前が塞がれていても死霊術の行使に一切の不良は無い。
「じゃあ強引にでも話します! ルビー……ルビー・ノールの実の父親は、この街を治めている『巨撃のアッシェ』こと、アッシェ・ノールその人なんですよ!」
「は!?」
レベッカが驚いている最中のことだった。
ドォン!
空中から何かが飛来して、ルビーのすぐそばに落ちたのだ。
それは魔族だった。
人間には生えていない魔獣のような角には、アンバランスな王族が着ているような上質な繊維を使ったシンプルな服を着ている。しかし、そのシンプル過ぎる格好から伺える、浮き出た筋肉。
しかし、それだけの恵まれた体にも関わらず、レベッカが感じていたのは圧倒的な、強さと恐怖だった。
臨戦態勢でない人から、ここまでの凄みを感じたことはレベッカには無かった。
まさか、この人が――!
「何をしている、ルビー。我が帰還にも関わらず、家に戻ろうともしないとは」
「ご、ごめんなさ、がはっ!」
レベッカに身体を動かす権利を奪われ、動けないでいるルビーを、そいつは蹴り上げたのだ。
「なっ――んんんっ」
思わず声を上げようとしたのを、ヴァンに口を塞がれ、止められる。
そして、彼に小声で言われた。
「殺されますよ! 何をやろうとしてるんですか!」
殺される。確かにそうかもしれない。
でも、戦って絶対に負ける相手かと言えば、そうではないだろう。百回やれば一回くらいは勝てる。
しかし、レベッカは冷静にならざるを得なかった。
ここで戦えば、街にいる多くの人々を巻き込むことになる。
レベッカは仕方なく、ルビーの身体の支配権を彼女自身に戻した。
結果、ルビーはあの魔族の男について行き、視界から消えてしまった。
「……あれが、ルビーの父親、『巨撃のアッシェ』です」
レベッカは心の中で、出来もしない舌打ちした。
◆ ◆ ◆
ルビーは実家に戻ってきた。
父であるアッシェ・ノールはこの街の支配者ではあるが、城や宮殿と言った豪華な建物には住んでいなかった。彼は支配者ではなく、武者だと常日頃から言っており、日常生活にあまり興味が無かった。
目の前にあるのは増築を繰り返したアパートのような建物。同じような間取りの部屋が沢山並んでいる。そこにアッシェとその妻たち、子どもたちが住んでいる。
そして、ルビーはその敷地内にある、大きな庭で兄弟姉妹や異母たちに囲まれながら、アッシェと相対していた。
「……なぜ、生きていたのなら帰って来なかった?」
「それは……申し訳ありません。事情がありました」
ルビーがそう言うと周りの兄弟姉妹や異母たちは笑った。笑われる理由は分かり切っている。
この家では自分が弱くて落ちこぼれだからだ。
あいつらは、ルビーが戦功をあげられなかったから、恥を感じて帰って来れなかったと思っている。
でも、今日からは違う。
もう、笑われないし、ちゃんと家族として扱ってもらうんだ。そうすれば、自分もあの人間の騎士のように、劇で見た少女のように、家族に愛してもらえる。
そのために、ここに帰って来ることを決めた。
「父上。報告があります」
「何だ、言ってみろ」
「あたし、ルビーは父上の子どもとしてヴェイランス砦の戦いにて、成果を上げました。だから、あたしのことを認めてください!」
ルビーは家族から無視され、陰口を叩かれ、時によっては暴力に逢っていた。
そんな日々から解放されるために、何年も努力をしていた。
結果を結んだのが、人間の騎士たちとの戦いだった。
あの戦いを率いていた魔族の指揮官にルビーは作戦を提案した。
それは事前に人間の女を誘拐すること。そして、戦いが起こったと同時に、彼女らを逃がすこと。そして、人間たちに自分が変装して混じり込むことで、人間の砦に潜入するという作戦だ。
そこであえて目立つために、ルビーは煌びやかな格好をしていた。
作戦は成功し、砦で情報収集しながら、遠隔で情報を伝えられる魔道具で敵の配置などを味方に送っていた。手に入れた情報の中に、アルの班の潜伏場所もあった。
そして、情報を伝えることで戦いに勝利はしたのだろうが……味方の魔法によって崩れた砦に巻き込まれて死んでしまった。
死んではしまったが、成果はあげることが出来たと思っている。
これなら、認めてもらえる。
家族に愛してもらえる。そうルビーは確信していた。
「成果について……」
「よい。貴様のあの戦いでの動きを我は知っている。あの戦場には、後から到着したのでな」
「え!」
ルビーはやっとこの瞬間が来たと、ワクワクしていた。
もう兄姉たちから気分が悪いからと理不尽な稽古に付き合わされる必要もない。
異母たちからご飯を取られたりもしない。
弟妹たちから、通りすがる度に馬鹿にされて、嘲笑われることもない。
父に褒めてもらえる。
実母が愛してくれる。
そんな当たり前の『家族』の一員になれるんだ……!
しかし、アッシェは何一つ表情を変えないまま、告げた。
「貴様は我が子失格だ。この程度のことで喜ぶとは……情けないな」
ルビーが泣き崩れると共に、家族からの笑い声が彼女を包んでいた。
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