1-10 貴族の館
数日後、レベッカとリアム、ルビーは貴族の館を訪れていた。
でかでかとしていて煌びやかな門には二人の衛兵が立っていた。ただの雇われの衛兵だろうにやけに装飾が綺麗な鞘に収まった剣を持たせられている。
「ご、ご招待をいただきました。魔術師の、レベッカ・ランプリールです」
「はっ。お館様からお名前はお聞きしております。どうぞお入りください!」
門をくぐるとお出迎えのメイドがいた。
「ご案内いたします」
「あ、ありがとうございます!」
師匠であるアリアと旅をしていた頃は、彼女に連れられて貴族の館に入ることはあったので、このくらい丁重なもてなしを受けることは分かっていた。
だが、根本的に田舎の村育ちで優雅さなんて欠片も持っていないレベッカにとっては、慣れるものではない。
そして、毎度こういうところに来るたびにしてしまうことがある。
きょろきょろすることだ。
普段は見ないような汚れの一つない廊下、美しい窓、綺麗な扉、どうしても視線を動かしてしまう。
今回はそんな情けない奴がもう一人いる。
ルビーもレベッカと一緒になってきょろきょろしていた。彼女にとってみれば、人間の粋を凝らした建築を見たことがないだろうし、気になるのも無理はない。
そんな二人を見ていたのだろう。リアムは彼女らの背中を小突いて、小声で言う。
「お前らみっともないからちゃんと前向いて歩け」
「ご、ごめん」「ごめんね」
自分よりも小さい男の子に平謝りをする少女たちの情けない様子は、前を歩いているメイドにも伝わっていたと思うが、彼女は何も言わずにいてくれた。優しい。
案内のままについて行くと、館の中庭のような場所についた。
そこには沢山の人がいた。見るからに高級そうな衣服やアクセサリーを身に纏っている。明らかに自分たちが浮いているので正直帰りたい。
これでもレベッカは、一応は普段は着ないようなロングドレスに、いつも絶対つけないイヤリングもして、手を伸ばしずらいずらい価格帯のいい香りがする香水をつけてきた。
そこまでしてなぜわざわざ貴族が主催するパーティに来たのか。
それは勿論――。
「よくお越しくださいました。レベッカさん! どうぞこちらへ」
そう私たちを歓迎してくれたのはヒューゴだった。あまり言うべきではないだろうが、正直彼もこの場では浮いているような気がする。
「い、いえいえ。こちらは仕事なので……」
「そうかもしれませんが、折角のパーティなので楽しみましょうよ!」
「……ほ、ほどほどにさせていただきます。でも、しっかりとアルさんとコメットさんの剣舞は見させてもらいます!」
「ええ、期待しとしてください!」
今日貴族の館に来たのは、自分たちの都合ではない。
ここはコメットが以前勤めていたという貴族の館だ。その貴族が自宅でパーティをするらしく、そこでの見世物としてコメットの剣舞を見たいとのことだった。
コメットは折角なので息子のアルと一緒に剣舞をすることを提案したらしい。
これがことのいきさつであり、レベッカとしては彼らを見守るために、このパーティに参加させてもらわなくてはならなくなってしまった。
仕事として来ているし、自分がが死霊術師だと知られても困るので、レベッカは端っこでじっとしていようと思った。
「ねえ! あたし、あそこに並んでる料理貰って来てもいい!?」
ルビーは並んでいる料理にワクワクしている。明らかに周りが金持ちというか、権力者ばっかりなのに遠慮しない人だ。
彼女は置いてきても良かったのだが……、本人たっての希望があり連れて来た。
「はあ~、俺もついてくよ」
面倒くさそうにリアムは言った。ルビーだけで行動させるのは不安なのだろう。勿論、レベッカも同じ気持ちだった。
「よ、よろしくね。リアム君」
それからレベッカは給仕のメイドから飲み物をもらってちびちびと飲んでいた。
中々二人が帰って来ないがどうせ誰かに掴まっているのだろう。こういう立食形式のパーティなら有り得ないことではない。あの二人は顔がいいし。
そうこうしているうちに壇上で芸が始まった。
調教師が使役した動物による催しや、魔力を使わないで行う神業的な手品だったり、王都で人気がある歌手による歌唱など。
目の前で行われる芸を、今は無き故郷で見た光景を重ねていた。
レベッカは師匠のアリアと旅をする前に過ごした故郷の村に、旅芸人や吟遊詩人たちがやって来たことを思い出していた。
娯楽の少ない村だったので、外からの訪問者は大切にされていた。アリア先生もそんな来訪者の一人だった。
という風に耽っていると、誰かがレベッカの持っていた空のグラスにワインを注いでくれた。
「お楽しみいただけていますか? ランプリール様」
「は、はいっ! 今日はありがとうございます!」
レベッカは背筋を伸ばした。
話しかけて来たのはこの館の主の夫人だった。一体何の用があってこの田舎娘でしかない自分に接触したのか。
「あなたが……コメットの息子を……?」
あまり貴族には素性を明かしたくないのだが、流石に主催者の方たちには、自分のことを伝えていた。だからレベッカのことをわかったのだろう。
「そ、そうです。い、一応、死霊術師をやっております」
「コメットのために力を使ってくれたこと、とても感謝しております。この家に嫁いだときから、彼女には何度も愚痴を聞いてもらいましたの」
「か、か、感謝だなんて……勿体ないお言葉です」
この夫人とコメットは仲が良いんだろうなと思った。市井の者でしかない自分如きにわざわざお礼を言いに来るくらいだ。
「ところで、今、注ぎましたワインは貴女のために用意した最高級品ですの」
仕事中ではあるので酒類を飲みたくないレベッカであったが、夫人に言われて断ることはできないので、飲んでみることにした。
「あ、あんまりお酒は飲まないんですけど、それでもこの美味しさは分かります」
クセが無くて飲みやすいのに、スパイシーな香りがとても良かった。
しかし飲んですぐに末端神経に異常を感じた。手足がおぼつかなくなり、手に持っていたグラスを落としてしまった。
強い香りに紛れて、入っていた毒に気が付かなかった……?
「お気に入りいただけて、よかったです。本当に感謝はしていますが、さようなら」
夫人は近くにいた衛兵に指示をしてレベッカに槍を突き立てようとした。
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