1-9 親子と料理

 アルが死んでいると分かってから、コメットは死んだように日々を過ごしていた。


 夫であるヒューゴは優しかったけど、行商人という仕事の都合上で家にいないことが多く、彼女の日常は息子であるアルとの暮らしが殆どを占めていた。


 昔は武闘派で荒っぽく、子どもに縁なんて無かった彼女にとって初めての子育ては困難を極めた。力を入れれば折れてしまいそうな小さな体、世話をしなければ死んでしまう弱さ、コメットにとってそんな存在は厄介で、接するのは本当に心身が疲労していた。


 最初は子どもなんて生まなければ良かった、とまで思っていたが、接していくうちに我が子は何よりも大切なものになった。金と戦いしか無かった荒んだ人生がヒューゴとの結婚で変わり始め、母親になったことで目に見えない幸福を手に入れたのだ。


 でも、アルが死んだとの手紙が届いた。

 その知らせが来たときは本気で信じることが出来なかった。なにせ、あの子は自分が育てた教え子だし、才能あふれる子だった。あの子の実力には絶対の自信を持っていたので、嘘に違いないと思っていた。

 

 だけど、一向に帰って来ない息子に心配を感じておかしくなっていたのも事実だ。


 そんな時、死霊術師を名乗る怪しげな少女がやって来た。レベッカ・ランプリールと名乗った少女に決闘で惨敗し、彼女によってアルの死が告げられた。


 埒外の力を持った死霊術師が息子の死を認めたとなれば、アルが生きているなんて信じることは不可能になった。


 そして、アルが居なくなった私の人生からは――幸せが消えた。


 気づけば家のベルが鳴っていた。

 無視すれば良いと思っていたが夫の仕事の関係者だと困るので、出ることにした。


 目の前に立っていたのは――見間違うことのない人物だった。


「か、母さん。ただい――」


 ただ、帰って来た大切で大切な息子を抱きしめていた。

 言葉なんて二人の間には要らず、アルの方も母親にしがみついていた。


 遠く離れた場所にいた親子の再開の瞬間が訪れた。


◆ ◆ ◆


 ピオネー家に、レベッカが今後のことを説明した。


 一週間ほどでアルの魂は死者の国へと帰ってしまうこと。

 家で過ごす分には問題ないが、どこかへ行く場合はレベッカ達の同行が必要なことなどを聞いた。


「こ、この一週間を悔いなく、過ごして欲しいと思います」


 三人の家族はその言葉を深く胸に刻んだのだった。

 一週間で両親のために何ができるか。

 一週間で消えてしまう息子のために何ができるか。


 各々が短い時間の中で悔いのない別れをするために、考えていくのだろう。


「わ、わたしに何かできることがあれば、何でもおっしゃってください」


 葬儀屋エクイノは死者と生者を繋ぐ葬儀屋。少しでも満足ができる別れを提供できるなら、協力は惜しまない。


「じゃあ、まずはレベッカさん達にお礼をしたいな。良いよね、母さん、父さん?」


「おお! そうだな、それは良い」


「そうね。じゃあ、レベッカさん。今日の夕食でもご一緒しない?」


 レべッカは返答に迷った。勿論この場にはリアムもいるし、葬儀屋の関係者として連れて来たルビーもいる。ルビーは変装をさせているが、食事の会話で魔族だとボロが出ないとも限らない。そもそも、仕事で来ているので、あまり気を遣って欲しくなかったということもある。


「え、え。だ、大丈夫です。お気遣いなく……」


「そう言わずに。恩人であるあなた方には精一杯の感謝をしたいのです。死に別れた我々親子が再会できたのはレベッカさんのおかげなのです。どうか……!」


 ここまで言われて拒否するのは、寧ろ彼らの思いに泥を塗ることになるだろうとレベッカは思った。だけど、自分のために三人そろっての貴重な夕食の時間を使って欲しくなかった。


「わ、わかりました。ご厚意に甘やかせていただきます。……で、ですが、条件があります」


 レべッカは三人に向けて、自分の要望を伝えた。

 それに納得したピオネー家は、料理を作り始めた。料理を作るのはコメットの担当だったのだが、アルも台所にやって来た。


「手伝うよ、母さん」


「大丈夫よ。アルのために作るんだから、向こうで待ってなさい」


 コメットは久しぶりに張り切っていた。もう息子に料理を作ってあげる機会は数えるくらいしかない。それなのにアルの手を煩わせるのは気が乗らなかったのだ。


「いや、手伝わせて欲しい。大きい親孝行はできそうにないから、こうやって少しだけでも母さんのために何かしたいんだ」


「そう言うなら……」


 アルも母親と一緒に過ごせる時間が長くないことは十分に分かっている。その短い間でやれることはやりたいのだ。


 コメットは懐かしい気分になっていた。

 こうやって、二人で台所に立つのはいつぶりだろうか。

 アルが騎士団に仮入団したのが15の時。それからは騎士団の宿舎暮らしで中々家に帰って来ることが無かった。たまに帰ってきても負担はかけたくなかったので、家事を手伝わせることはしなかった。

 

 それ以前の幼いアルとは毎日のように近所の空き地で訓練をしていた。

 訓練が終わると、二人は疲れた足で市場に行き、食材を買って帰り、料理を作って食べた。


 そんなことを思い出しながら、二人並んで夕食を作り始めた。


 コメットが切った肉に塩コショウを振りかけて、薄力粉をまぶして、アルがフライパンで焼いていく。その最中に野菜を切り、さらにそれを投入する。

 

 バターを入れて香りや塩味を加えたのちに、白ワインで煮ていく。

 少しなじんだところで、生クリームを溶かし入れて、完成だ。


 コメットが一人分を取り分けて、皿へと盛っていく。

 皿をアルが運んで、夕食の準備が終わった。


 言葉を交わさずとも、二人で効率よく夕食を作れていた。


 背丈はもう完全に息子の方が高くなってしまって、その時に使っていた食器も別のものになってしまったけど、変わらない親子の在り方がそこにあった。

 

「いただいていいですか!?」


 出来上がった料理にレベッカが連れて来た葬儀屋の従業員の一人であるというルビーという少女が涎を垂らしそうなまで興奮していた。呆れた顔で彼女を眺めているレベッカとリアム。客としてはみっともないこと思ってしまったが、息子と二人で作った料理にそこまで興味を持ってもらえるのは嬉しい。


「じゃあ、みんなで食べようか」


 ヒューゴのその言葉でみんな食べ始めた。

 レベッカとリアムが「おいしいです」と言い、ルビーに至ってはがむしゃらに頬張っていた。


 一方でアルは料理に手をつけないでいた。


「どうしたの? 食べたくない?」


「そうじゃないんだけど、ただ、久しぶりに見るこの家の料理が懐かしくて、しっかり目に焼き付けておきたいなって思ったから」


 それだけ言うと、アルはフォークで肉を取って口へと運んだ。


「うん! やっぱり最高だよ。母さんの料理は。僕が一番食べたいものを作ってくれてありがとう!」


 レベッカが出した条件。それはアルが一番好きな料理を出すこと。

 この料理はピオネー家にとって思い出の味。王都ではありふれた料理でしかないけど、それがたまらなくアルにとっては美味しいものだった。




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