1-8 アルのプライド
アルには一度、死霊術による蘇生を断られている。
しかしながら本来、死霊術というのは死者との一方的な契約が可能なものだ。
レベッカは、安らかに眠っている死者を無断でこちらの世界に呼び起こすことが不義理だと思っている。だから、死霊術の事前、事後での交渉を必ず行うことに決めていた。
今回は事後での交渉を選んだ。
アルにはこの世界に戻りたくない何かしらの事情がある。死者の国とこの世界の狭間での交渉もできたが、そこで起きたことは記録ができない。
それは依頼者であるヒューゴに不義理だ。レベッカが失敗したのか、故人の事情によって死霊術を取りやめたかを証明することは困難。
だが、こちらの世界にアルを呼び起こせば、彼自身の筆跡でこの世界に蘇りたくない事情というのを残してもらえる。このやり方なら遺族が納得できる。
より良い別れを提供するためのレベッカなりのやり方だった。
◆ ◆ ◆
アル・ピオネーは冷ややかで気持ちの良い泥のようなものに包まれていた。
魔力に包まれて引っ張られて、何もない真っ暗な空間へとたどり着き、そこから更に強く感じられる魔力が彼を導いていく。
気づけば、まぶしい日差しが見慣れた世界を映し出していた。
死霊術が成功して、このプレリー・ソバージュの地で戦死を遂げたアル・ピオネーは、再びこの世界へと一時的に蘇った。
彼の眼前に映るのは、自分が死んだ場所。でも、周りには味方の騎士たちもいなければ、敵の魔族もいない。それよりも何よりも驚いたことは――。
「い、生きてる……?」
「い、いえ。残念ながら亡くなっています……」
「き、君は!」
アルにとっては見たこともないはずの、漆黒を纏ったような黒いローブに身を包んだ小さい少女が目の前に立っていた。会ったことなどないはずなのに、どこかで話したことがある不思議な感覚があった。
「せ、世界の狭間から、呼びかけていました。死霊術師の、レベッカ・ランプリールです」
アルは心地よいまどろみの中で壁越しに少女に話しかけられたことを思い出した。少女が何を言っていたのかまでは覚えていないが、そういうことがあったことは、ぼんやりと覚えている。
「あそこはもしかして、死者の国……?」
「……はい」
「そうか。やっぱり僕は死んだんだな」
アルは自分が死んだことに少し安堵を覚えて、息を吐いた。寧ろ、あの状態から生きていたら困ってしまう。
「あ、あの、ど、どうして亡くなったのに、そんなに、安心しているんですか?」
「……余りに死に様がみっともなかったから、かな。生きてたら恥だよ」
「は、恥……ですか。それがもしかして、アルさんがこの世界に蘇りたくない理由なんですか」
確かにこの世界にもう一度、蘇ることが出来たのに、アルは喜びを感じていなかった。言われてみれば、死者の国にいたかったのかもしれない。
「そうだね。君……レベッカさんはそんな僕をどうして蘇らせたの?」
レベッカは気づいているはずだ。アルがこの世界に戻りたくないと思っていたことを。彼女は悪意を持って自身を利用しようとしている死霊術師には見えない。なのに、どうして自身を蘇生したのか、アルには疑問だった。
「そ、それは、貴方のお父様、ヒューゴさんから依頼があったからです」
「父さんが……?」
「はい。あ、アルさんが亡くなって、お母さま、コメットさんが悲しみの底に沈んでいます。そ、それで、わたしに依頼が来たのです」
両親。アルを形成する尊敬してやまない大事なもの。その名前を聞いたとき、胸に到来したのは申し訳なさだった。親より早く死ぬ不孝。人には聞かせられないような無様な死に方。
「僕に両親に会えって言いたいのか……?」
「か、簡単に言えばそういうことになります。ご遺族であるコメットさんが、ちゃんとアルさんとお別れできるように協力していただきたいのです」
両親と会えると聞いた時に、自分がどうして蘇りたくないのか、はっきりとした理由に気づいてしまった。
そうだ僕は――。
「――両親には会いたくない」
「……そ、そうですか。理由をお聞きしても良いでしょうか?」
その言葉を聞いたレベッカは残念そうにしていた。
彼女は両親に会っているのだろう。その時、彼らがどれだけ息子であるアルのことを愛していたのかを知っているはずだ。
そして、またアルも両親のことを愛している。
だけど、それでも尚。アルには彼らに会いたくない理由があった。
「さっきも言ったけど、騎士としてあまりに情けない死に様だったからだ。それを両親、特に師匠だった母親には知られたくない……」
「そ、そんな理由で……」
「『そんな理由』って言うのか……。力のある君には分からないだろう! 僕がどれだけ惨めな死に方をしたのか!」
誰かにとっては、親と会いたくない理由がそんなことだと思われるのかもしれない。けどアルにとっては、かっこいい騎士に憧れた彼にとっては、大事なことだったのだ。そんな無様を両親に聞かせたくなかった。
「そ、それは……申し訳ありません。言葉が過ぎました」
「……いや、僕も大きな声を出してごめん」
「い、いえ、いいんです。でしたら、わたしから提案があります」
「提案?」
「提案というほどのものでもありませんが……た、単純に、亡くなったときのことを誰にもお話にならなければ良いと思います」
レベッカはすっとそう言った。そして何事もないように言葉を続けていく。
「アルさん。わたしは死霊術師ですが、葬儀屋を営んでおります」
葬儀屋。聞いたことのない言葉だが、恐らく葬儀に関わる業務を行っているのだろう。
「わたしの仕事は、い、遺族と故人を繋げることです。故人様のなかには、借金や隠し事などの、言いたくないこと、がある人も少なくないです。そ、そういう時は、隠して、良いと思います」
アルの目には小さな少女にしか見えなかったレベッカだが、彼女が清濁含めた多くの死に向き合ってきたのではないかと思わせる言葉だった。
「し、死人に口なし! とも言いますし、故人様にだってプライバシーはあります。だ、だから! ご両親に死に様を告げる必要性は無いです」
「で、でも、それって不誠実じゃないか」
「……かもしれません。でも、アルさんが少しでもご両親と会いたいと思っているのなら、価値のある嘘だと、わ、わたしは思います」
レベッカの言葉には、説得力があった。
彼女のまっすぐな目がアルを貫いていた。
両親に会いたいかと言われれば……勿論、会いたい。
このチャンスを逃せばもう両親と再会できることは無いことも分かっている。
結局は自分のプライドを取るかどうかの話、だとアルは思った。
「さ、最後に親孝行しませんか?」
そのレベッカの言葉にハッとした。
そうか、これは自分のためだけじゃない。
父さん母さんも会いたがっているんだ。だったら、取るべき行動は――。
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