1-11 死霊術の秘密
衛兵の槍がレベッカに届く前に、一人の少年が槍の柄の部分を掴んだ。そのまま柄を引っ張り、衛兵のバランスを崩した。
その隙にもう一人の少女が、身体を最大限使った回し蹴りを放ち、衛兵たちと間を作る。
「大丈夫か!? レベッカ?」
「せっかくご飯食べてたのに……」
「な、なぜこの者たちがここにいるんだ!? 分断したはずでは無かったのか?」
衛兵たちはいきなり現れたようにしか見えないリアムとルビーに驚いていた。
料理を取りに行ったにしては遅いなと思っていたが、その衛兵の言葉から察するにどうやら何かしらの足止めを食らっていたらしい。
「とりあえずレベッカは自己回復に専念しろ。死に至るような毒に気づかないお前じゃないだろ」
「……う、うん」
確かにレベッカは、流石にワインの風味で誤魔化されていたとはいえ、飲料に混じった致死毒に気づかないわけなど無い。気づかれない程度の軽度な薬物なのは間違いなく、治癒魔法で対処できる範囲だと推測した。
「おい、バカ女! それまで俺たちで時間をかせぐぞ!」
「なっ、バカ女って言ったな! 後で覚えてなよ!」
「それはそうだそうが! 飯に釣られて、屋敷の奥までついて行ったのはどこのどいつだ!」
なんか言い合いをしながら、衛兵たち……いや、私設兵たちと二人は戦っている。
レベッカを守るため、撃ちだされる魔法を文字通りに身体を使って遮り、近づいてくるものはその拳で吹っ飛ばしている。
そんな中で、レベッカはあることに気づいた。
アルがどんどん自分から遠ざかっている。
「り、リアム君……まずい! アルが連れ去られてる!」
「こっちに召喚することは出来ないのか!?」
リアムはその拳で私設兵の剣を破壊しながら言った。
「む、無理!」
死霊術で契約したものは距離も魔力も関係なく、術者の前に召喚することができる。しかし、アルの方に特殊な装備を施されているようで、こちらの呼びかけには応じることが無かった。
「だから、い、行ってくる!」
「……わかった。レベッカが戻って来るまで、この場は繋いでおく!」
リアムは恐らく罠だろうと考えていた。
とっととこの場から逃げ出して、どこか安全な場所で解毒をしてから、アルのことは探せば良いと思っている。
だけどレベッカの信念がそれを許さない。彼女は死に関することで手は抜かない。
もう、アルがこちらの世界に居られるのは一日も無い。今起こっている事件をとっとと解決して、一分でも長く意味のある時間を過ごして欲しいと願っている。
そのことをリアムは知っているから、レベッカを止めようとはしないのだ。
「よし、バカ女。この包囲に一瞬だけ隙を作るぞ!」
「りょうかい!」
その言葉と共にレベッカは眩い光を放つ魔法を使った。
目をくらました私設兵たちが二人によって、なぎ倒されていく。
「今だ!」
レベッカは死霊術で契約してある魔物の一体であるバイコーンを呼び出し、その背に乗って、この場を脱出した。
◆ ◆ ◆
そのままバイコーンに乗って治癒魔法を自身へと施しながら、アルの反応を追っていく。すると遠ざかっていた反応がある地点で動きを止めた。
そこは王都の近くにある廃坑。
罠だと言うことはレベッカも気づいているが、行く以外の選択肢はない。
アルの反応を追って廃坑に潜り込んでいくと、そこには二人の人影があった。
一人は魔力を遮断する特殊な拘束具を巻かれ意識を失っているアル。もう一人は二重の紋様が刻まれた鎧を身に纏っている剣士。
「来たわね。レベッカ・ランプリール」
「……ッ。そういうことですか」
その声の持ち主はアルの母――コメット・ピオネーだった。
「一応、わたしの命を狙う理由をお聞きしても?」
「そんなの決まってるでしょ。アルのためよ。……ヒューゴさん、結界を」
レベッカとコメットの周囲を円状にして囲むように、結界が発動した。
この結界は自分を閉じ込めると共に、魔法の発動を阻害するような働きを持つものだろうとレベッカは推測した。
「……こんなことをアルさんは望まないと思いますよ」
「そう……でしょうね。私の気高い息子だもの。けど、それでも、私はあの子に生きていて欲しい。だから貴女を殺す」
コメットの表情は鎧で見えない。けど、その決意は確かなようだった。
死霊術師を殺していけない。必ず生け捕りにしろ。
これは死霊術師を相手にする時に言われることの一つだ。
死霊術は契約に基づくもの。この契約は死霊術師と蘇生される者の間で半強制的に結ばれるものではあるが、二人だけの契約ではない。死者の国とこちらの世界で魂を移動させる役割を持つ存在がおり、そこを経由したものとなっている。
世間では神ペシエと言われるシステムがその役割を担っていた。
死霊術の術者が死ぬと契約は強制解除されてしまう。そうなると神ペシエの方が作動不良を起こして元々死者だった存在の魂の移動が不可能になる。
だから契約が強制解除された死者は、本当の意味で不老不死になってしまう。
コメットがどこまで知っているかは知らないが、レベッカを殺すことでアルを不老不死にすることができると考えているのだろう。
レベッカは本当の不老不死の存在を知っているが、その人たちのことを哀れに思ってしまっている。年も取らず、姿も変わらないことがどれだけ当人にとって辛いことかを知っている。
でも、それを話したところで、聞く耳は持ってくれないだろう。
その程度の説得が聞くなら、彼女は行動を起こしていない。一人の人間として、母親として、悩んだ上でやっている。
レベッカは仕込み杖の鞘を外した。
「……今度は本気で戦ってくれるのかしら」
「はい。一分でも一秒でも早くこの戦いを終わらせるつもりです」
「油断してくれると嬉しかったんだけど」
コメットも鞘から剣を抜き放った。その剣にもびっしりと文字が刻まれていた。
その異様な剣はレベッカを捉えていた。
「レベッカさんには本当に感謝してる。貴方がいなければ息子と再会することは出来なかった。それだけにこうなってしまって――残念よ」
「……わたしも残念です」
それは嘘偽りも誇大もない二人の共通した感情。
一瞬だけコメットがアルを見つめたのが、開戦の合図となった。
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