1-6 旅先にて

 レベッカは王都から離れた地にあるプレリー・ソバージュへとやって来ていた。

 彼女が死霊術で契約している黒龍に乗って、数日はかかる場所だ。徒歩なら二か月はかかるような辺境である。

 

 見渡す限りの平原ではあるが、肥沃な土地ではない。

 海から離れているために、降水量が少なく、ここに自生している植物たちは、その少ない降水量で生えるような強い植物たち。

 

 よっこいしょと、レベッカは乗っていた黒龍から降りた。

 目の前にあるのは、半壊した砦。


 ヴェイランス砦。

 アルが赴任していたという場所だ。

 この先から見える魔族領を監視するためのものであり、もし魔族が人間側の領土に侵攻して来たときには人間たちの拠点となる建造物でもある。


「半壊してるな」


 リアムが見たままの感想を言った。

 城壁がかなり崩れていて、大規模な魔法攻撃を受けたことが見て分かる。


 修復されている様子はなく、現在は放棄されてしまっているようだ。


「で、どうするんだ? 砦の人に話を聞くつもりだったんだろ」


 そう、レベッカはこの砦に配置されたアル・ピオネーのことを詳しく知るために来ている。現状、誰もいないここでは、アルのことを聞き出せない。

 

「じゃあまずは……おもてなしの準備かな」


「わかった」


 レベッカは杖を振るって、砦に使われていた石材から簡単な机と椅子を作る。それを待っていたかのように、リアムは出来上がった机にテーブルクロスを敷いて、陶器のコップを置いた。


 その後、レベッカは体躯に合わない大きな背嚢を地面に下ろしてから、砦の中へと入って行く。同時に魔力探知の魔法を使用した。


 最近この魔法を使ったのは、ラヴィル一家の事案の際だった。

 あの時は普通の魔力探知の魔法でしかなかったが今回は違う。

 

 もっと感覚を研ぎ澄ませて、どんな些細な魔力反応でも決して見逃さないほど、精度がかなり上げたもの。


 普通の魔法使いや魔力を使う者にはできない技術。

 いや、厳密に言えば使う必要が無い。


 だけど、死霊術師には必須なもの。


 死霊術の基本として、死した人間の魂に干渉するには、故人の一定以上の量の遺伝情報物質が不可欠である。


 だけど、時としてその遺伝情報物質が手に入らない時がある。

 そんな時はどうするか?


 レベッカは凝らしに凝らした魔力探知で小さな魔力反応を見つけた。

 それは砦の内部付近の崩落した塔の内部だった。


 魔法を使いながら瓦礫をどかすと、土が見える。

 そこに染み込んだ魔力、これが残留魔力と呼ばれるものである。一般的には使いようのないものだが、死霊術師にとっては大切なものだ。


 地に染み込んだ残留魔力は、繊細な魔力探知でしか感知できない。

 だから精度を上げた術を使っている。

 だけど、この技術で見つけられるのは残留魔力だけ。というわけで、死霊術師以外には必要のない技術になっている。


 レベッカは見つけた残留魔力を使って死霊術を起動させる。


 魔力というのは十人十色であり、個々人によって異なる。

 残留魔力というのは、死した人から流れる血、腐り落ちる肉体が土壌に染み込んだものであり、肉体を構成する見えない要素である魔力も共に土壌へと流れる。


 そして、血肉とは違い残留魔力が土地に分解されるのは相当長い時間がかかる。

 

 つまり、残留魔力もまた、死霊術を行使するための触媒足り得るもの。そして、死体が無くとも、故人を蘇生できるといったものだ。


 ただし、故人が亡くなった場所まで行く必要性があるが。


 そして、残留魔力を使って発動した死霊術によって、死者の国から魂を引き寄せて肉体を形成する。


 残留魔力を用いた場合はその量に関係なく、死者を蘇生することができるし、死者の意思に関係なく蘇らせられる。


 死霊術が成功して、目の前に人影が現れる。


 まずは自己紹介をして、話を聞いてもらってアルさんについて知っていることを聞いてみようと思い、レベッカは口を開く。


「わ、わたしは――ッツ」


 その蘇生した人物はいきなり懐に忍ばせていた小刀で襲ってきた。一メートルもない至近距離で、不意で。


 レベッカはその刹那で使える魔法を知らなかった。

 けど――。


 キンという金属音が響いた。

 ナイフで襲ってきた相手は、ナイフでの刺突を防がれたことに対して驚いていた。


 レベッカの持つ長杖は仕込み杖。

 その刀身が彼女を守ったのだ。


 鍔迫り合いの中で、蘇生した相手のことをしっかりと見据える。

 獣のようにツンとした耳と、腰から生えている尻尾……人間とは違った特徴的な容姿を持つ種族、魔族だ。

 

 レベッカは不用意に死霊術を使ったことを後悔した。

 このヴェイランス砦は戦場だったのだ。そこで戦っていた騎士団だけでなく、敵であった魔族が亡くなっていても何らおかしくない。


 仕方ないと思いながら、蘇生した肉体の操作権をレベッカ自身に移して、動きを静止させた。まるで磔のように全身を固められて、動けなくなったはずだ。


「か、身体が……」


「だ、誰ですか! あなたは。な、なぜ、わたしを襲ったんです!?」


「なんでってそりゃ……、ここが戦場だから?」


「そ、その割には不思議な格好をしているように、お、思えるのですが……」


「「確かにね! 戦闘服には見えないよね」


 動きを止めたことで、蘇生した相手の姿形がくっきりとレベッカの目に映る。

 そう彼女の格好は戦う人のそれでは無かった。

 まるでお姫さまのような、煌びやかなドレスに、輝きを放つ宝石の類を身に着けていた。


 それなのに、ここが戦場であったことを理解している。

 不思議だ。


 だが、それは今置いておいて。


「も、もう戦いは終わりました。貴女がわたしを襲う理由はないはず、です。それに貴女はもう死んでいます」


「あっ、そうなの? それなら、確かに……って、え! あたし、死んでるの!?」


「……はい、残念ながら」


「じゃあなんで、あたしこうやって喋ってるの?」


「それは……」


 かくかくしかじかと、自分が葬儀屋を営む死霊術師であり、アル・ピオネーという人物の捜索の為に一時的に蘇生したことを話すと――。


「へえ! 面白いことしてるね! 君。名前は?」


「わ、わたしの名前はレベッカ・ランプリール、です」


「あたしはルビー・ノールって言うんだ! いいよ。レベッカのために協力してあげるよ。その代わりに……あたしのお願いを聞いてくれるならね!」


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