1-5 死者との接触

 決闘に負けたコメットは約束通りアルの指をレベッカに渡した。


 コメットの懐にずっと抱えられていた、アルの指が入っている箱を開ける。

 そこに現れたのは、思ったよりも保存状態の良いものだった。


「ぼ、防腐処理の魔法を、されたんですね」


「当然よ。アルが帰って来たら、王都の腕のいい治療術師にくっつけてもらう予定だったんだから」


「一度、ひょ、表面にかかっている、魔法を解きます」


 レベッカはピンセットを取り出して、魔法の膜を剥がしていく。

 そうして、むき出しになったアルの指が現れる。


「では、いきます」


 レベッカはこの指から死者の魂を引き寄せるための死霊術を発動させた。

 現実世界とは隔絶された、あの世とこの世の狭間に一人降り立つ。

 何もない真っ暗な空間だ。魔力で体を守ってなければ、どちらかの世界に魂が引っ張られてしまう。


 死者の国から蘇らせようとする人物を特定するためには遺伝情報物質がいる。

 今回はここにある指を伝い死者の国で眠っているアルを呼び起こそうとする。


 ――が、感じる反応がとても薄い。


 やはり指のみの遺伝情報物質の量では、魂すべてを引っ張り出すことが出来ない。


 死霊術が失敗するかもしれない。その可能性をレベッカは考えていたし、事前にヒューゴに伝えてもいた。


 だが彼女には、失敗する気はこれっぽっちも無かった。


(アル・ピオネー様。死者の国での眠りの最中に申し訳ございません。わたしは、死霊術師のレベッカと申します)


 故人の魂に語りかけて、向こうから起き上がって来てもらう。

 それが、レベッカが考えた策だった。

 この世から引っ張り上げる力が足りないなら、向こうからも協力してもらう。


 死者の国に故人の魂がある間は、特別な人でもない限り向こうの世界から声をこちらに届けることは出来ない。しかし、アルが反応したのは感じていた。


 そのまま、レベッカは語りかける。


(今、アル様を一時的に現世に蘇生させようと試みています。ですが、わたしの力では、貴方を蘇生することは難しいのです。どうか、永久の眠りから起き上がって頂けませんか?)


 呼びかけと共に、アルが起き上がろうと力を込めているのを感じる。

 どうやら、彼も現世に戻りたい理由があるらしい……人生に全て納得して死んだ人の珍しいので、それは当然のことでしかないけど。


(ありがとうございます。わたしがアル様を蘇生しようとしているのは、貴方のご両親に依頼をされたからなんです)


 レベッカは更にアルの魂に呼びかけるために、事情を伝えたのだが、なぜか彼の力が弱まっていくのを感じていた。


(ご、ご両親が会いたがっているんです! アル様も再会したくは無いのですか!?)

 

 しかしながら、アルはこの言葉を皮切りに、こちらからの接触を絶った。


 レベッカにとってはこの段階で死者の側から、取引を断られたのは初めてのことだった。どうしたらいいのか悩んでいる間に、自身の魔力の方が限界を迎えた。


 意識を現世へと戻し、その場に座り込んだ。

 魔法を使える人から見れば、一瞬のうちにレベッカが大きい魔力を失って、へたり込んだようにしか見えないだろう。


「レベッカさん。どうなりましたか……?」


 恐る恐ると言った様子でヒューゴが、死霊術が成功したかどうかを問うてきた。

 レベッカは、ちゃんと答えなくてはいけないと思いながらも、答えることに気の迷いを感じてしまった。

 

 さっきはあれだけコメットに実力を示したのに、失敗しましたなんて、笑い話もいいところ。


 だけど、死霊術師ではなくて、葬儀屋として、きっちりと事実を告げなれば。


「も、申し訳ありません! そ、その、死霊術には、失敗してしまいました!」


「……は? なんでなの?」


 コメットは困惑を露わにしていた。

 彼女はレベッカの実力を認めていた。あの決闘は遊ばれた程度でしかないということは、分かっているはずだろう。

 それだけの実力者であるレベッカが、死霊術の行使に失敗するなんてことを想像して無かったはずだ。


 そこから希望的な答えを導き出させる前に、レベッカはすぐに説明を始めた。


「げ、原因は二つ……い、いえ! 一つです」


 レベッカは正直にすべてを話すべきじゃないと感じていた。


「や、やっぱり、ヒューゴさんにお話していた通りに、指では十分な触媒足り得なかったのです。だから、失敗してしまいました。も、勿論、わたしの実力不足でもありますが……」


「そう……それで、息子は結局のところ、死んでいるの……?」


「……はい、残念ながらアルさんは――」


「――そう、なのね」


 コメットは俯いてしまった。

 涙は流れないが、生きる力を失ったかのように、その場に崩れ落ちてしまった。


 恐らく彼女は息子が生きていることを信じているからこそ、まだ辛うじて心を保っていられたのだ。それが、どうしようとも否定できない形で、息子が死んだ、という事実を突きつけられる。


「レベッカさん! じゃあ、もう息子には会えないんですか!?」


「……いえ、ほ、方法はあります」


「お金なら出せるだけ、お出しします!」


 ヒューゴもまた必死だった。コメットをこのままの状態にはしてはおけないと思っている。だから、彼は持っている全財産を使っても良いと、意志を示したのだ。


「通常料金で大丈夫です。か、必ず息子さんと再会させて、み、見せます!」


 レベッカは責任と責務を感じていた。

 死霊術の失敗という、お客様の前で見せるべきでないものを見せた責任。

 コメットという『死』に傷つく者を助けるというレベッカ自身に課した責務。

 

 葬儀社エクイノのモットーは『遺族も故人も満足できるお別れを』だ。


 傷ついた遺族を放っておけない。

 それに、家族と会いたくない故人というのも、何かがおかしいと感じていた。


 彼らをしっかりと繋げて満足できる死を提供しなければいけない。


 それが葬儀屋エクイノの店主、死霊術師レベッカの生き方。


「――だ、だから、少し、た、旅に出ます!」


 レベッカは遺族たちにそう宣言するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る