狙われたレトリバー

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第1話 狙われたレトリバー(一話完結)

狙われたレトリバー


門の右手にある梅が八分咲きになり、故郷にはない景色に目を細めながら、ウブネルは教会から出てきた。ちょうど4年前の16歳の初春、ウブネルは故郷のジャカルタを離れ、ここ川崎市川崎区に移民労働者としてやってきた。ここに来たのは、この地域にインドネシア出身の移民が多く、住む所から働く所まで口利きをしてくれるネットワークがあると聞いていたからだ。話の通り、良い環境とは言えないが、自分の国に比べれば、賃金が良く、自分のように日本語がわからない者でも働ける職場を先輩が紹介してくれた。

二十歳と若く、健康な男性である彼には働き口がいくつかあったらしい。解体作業現場、またいくつかの流れ作業の工場があった。ウブネルは日本の厳しい寒さで外で働くのを嫌い、屋内勤務である工場で働く方を選んだということだ。自分の国のインドネシアは1年を通して暖かく、寒さにはほとんど慣れていなかったのだ。

工場は川崎区にある30人規模の製本工場で、桜製本会社という。創業は戦後まもなくで、70年近く川崎の文字文化一旦を担ってきたと、会社のパンフレットには書いてある。確かに工場内には神奈川を代表する有名な作家や研究者が手がけた初版本が、受付脇の本棚に飾られている。自慢できるものの少ないこの会社では、数少ない自慢の品だ。ただその本棚も当初あったであろう色つや、そして安定感のある佇まいは、今はもうない。製本業界、ひいては出版業界の不景気の気配が、この本棚からにじみ出ていた。

私は工員をラインに振り分ける、いわば工場のキャスティングを任されていた。もうここに来て、15年近く、どのような人材がどのようなラインにふさわしいのか、その目利きは持っているつもりだ。

ウブネルらが来たのは、行政から外国人労働者の雇用によって補助金が支給されると発表された翌年の2月だった。現地の人らしく、目の堀が深く、黒い髪。一方で肌はそんなに浅黒くなく、やや青みがかった瞳、長い手足を持っていた。聞いたところ、祖母がオランダ人でクオーターらしい。

印刷会社から送られてくる印刷物を手順通り、機械にセットするのが主な仕事内容である。ほとんど他人と会話する必要がなく、一度手順を覚えてしまえば、迷うことなく作業が完了するので、日本語が不便なウブネルにも可能な仕事であった。

政府は移民労働者を2つのグループに分けている。1つは専門的な分野で高度な知識・技能を有する高度技術者。もう一つはそのような知識・技能を持たない非熟練労働者である。故郷で特別に専門的な教育を受けてこなかったウブネルは、後者の方であった。熟練労働者は日本の非正規雇用者と同様で、会社の繁忙や経営状況によって契約されたり、契約の期間が定められた。そのようなものたちは契約を切られないようにと熱心に仕事に打ち込むものが多かった。彼もの1人であり、常に頭の中には働き口がなくなる。不安が消えないままでいた。

この桜製本では、これまで学術書や一般書等の製本作業がメインだ。ただ、川崎市では最近、アニメのキャラクターを用いた町おこしに力を注いでいる。そのため、この工場にも、アニメ関連の印刷物、例えばキャラが紹介する地域ガイド、ポスター、が多くなってきていた。インドネシアにも、日本のアニメは非常に人気が高く、彼自身、そして兄弟たちも、日本のアニメには親しんでいた。彼もアニメが好きなので、このような仕事は楽しいし、どのような内容のアニメかは知らないが、意味不明の日本語の羅列より、よっぽどモチベーションが上がる作業だった。

日本語に慣れていないウブネルに対し、工場長は優しく接してくれた。ホワイトボードを片手にイラスト付きで作業手順を教えたり、お昼には会社近くで安くておいしいお弁当屋さんも連れて行った。インドネシアから引っ越してきた当初は、お金が心配じゃないのかと気遣って、ホームセンターで日用品を一緒に選び、お金も払ってくれた。

工場長の家はウブネルのアパートの近くにあった。そのため工場長が大型犬のレトリバーを多摩川の土手沿いで散歩している姿をよく見かけた。寒い冬でも散歩を欠かさず、防寒着の上着も、きちっと顎のすぐ下までジッパーを閉めた姿は、律儀で正確さを大事にする工場長の姿勢が現れている。インドネシアでは仕事を大事にする姿勢は、日本ほど尊重されてはなく、そのため工場長に対して、別の生き物のような、またな憧れが心の中で同居していた。

インドネシア人にとっては、仕事は労働であり、それ以外の時間をより大切にしている。そのため、始業時間きっかりに来て、終業時間の5時に即座にタイムカードを押すものがほとんどだ。工場長はそんな彼らを見て文句を言うわけではないが、いつか自分や他の日本人のように、もっと積極的に仕事に時間をとってほしいと密かに思っていた。

コロナ禍になると桜製本も休業日が多くなった。休業でない時でも、いくつかのラインを止めることもあった。こんな時、調整弁として利用されるのが非正規であり、彼ら移民労働者だ。普段母国に比べ多くの賃金を得ていた彼らインドネシア人は、時間を持て余して、昼間から仲間の部屋に集まり、部屋飲みすることが続いた。簡単にコンビニやスーパーでアルコールが手に入る日本は彼らにとって夢のような国だった。

1週間に1日が3日に1日そしてほぼ毎日となると、近隣の住民たちは、彼らに対してだんだんと嫌悪感を持っていった。日本人だったら、そんな感情は持たなかったかもしれないが、言葉の通じない人たちに対し、住民たちは不気味な不安を持つようになった。

ただ、会社内では日本人と外国人の交流がなかったわけではない。川崎市はサッカーが盛んであり、社会人リーグも整備されていた。多摩川沿いには、野球場よりサッカー場が多く、ジュニアチームから高校生、シニアリーグなどの試合が行われている姿が日常であった。

桜製本では社会人リーグに所属するサッカーチームを持っていた。社会人リーグとはいっても、Cリーグと言って、下位に分けられるリーグだ。工場長がキャプテンとなって、試合の日程やユニフォームの配給など、チームの世話役を買っていた。彼らもサッカーが好きで、この工場に勤める多くの外国人がチームに入った。工場長はここでも丁寧にチームのルールや試合予定を伝えていた。ポジションはもちろんセンターバック。工場長の的確な指示により、安定な守備をとることができた。

試合がある日は、工場長の息子が愛犬のレトリバーを連れて見に来ることもあった。背中にはメッシ・背番号は10のアルゼンチン代表のユニホームを着て、土手に腰掛けながら父親のプレーを見ていた。試合が終わればその息子が土手から降りてきてピッチに入り、父親と一緒に一対一のボールの取り合いをする姿があった。父親によりもボール扱いのセンスがあり、小学5年生と言うのに父親を華麗なトリブルで抜き去っていた。ただ息子の喜ぶ顔が見たいために、わざとフェイントに引っかかっていることを、私は見抜いていた。

センターバックのもう1人は自国でも同じポジションでプレーしていたインドネシア人のウブネルだ。真面目な性格を反映して、ポジショニング、味方への指示、一対一の対応まできめ細かく動いていた。工場長と彼は相性が良く、不動の2枚センターバックであり、頼りない攻撃陣ではあったが、2人の守備のおかげで何度も勝ち試合を拾うことができた。工場長の裏にパスを通されれば、ウブネルがカバーリングし、彼のせりあったボールがこぼれれば工場長がクリアした。チームはリーグ1の最小失点を誇っていた。

試合が終われば、工場長の息子に守備の仕方、特に彼が得意にしていた一対一の守備の仕方も教えていた。

桜製本の外国人労働者ではないが、この川崎区内の外国人グループの1つが、昼間から酒を飲んで騒いでいると話題になっていた。自国に比べれば賃金が良く、手持ちのお金に余裕があったのだ。時間を持て余していた彼らが、お酒に走るのは自然だったのかもしれない。違法行為をしているわけではないので、警察も取り締まりようもなく、住民からのクレームをただ伝えるだけの対応になっていた。

彼らはほぼ毎日部屋飲みをするようになっていた。よって外に出てきた1人は止めてあった車を叩くなどの迷惑行為をするようになった。また家庭菜園用の畑が近くにあるが、そこからにんじんやピーマンなど作物を無断でむしりとってしまうことがあった。そういう時は察から厳重注意を受けるが、彼は昼間の部屋のみを止めることはなかった。

とうとう事故が起きてしまった。見晴らしの良い道路ではあったが、その部屋飲みグループの1人が酔って運転し、縁石に乗り上げてしまったのだ。幸い怪我人はなく、タイヤホイールがぶつかり縁石が少し破損しただけであった。器物損壊の扱いとなり、現場検証、そして事情聴取が行われた。運転手だったわけではないが、同乗者の1人に桜製本の移民労働者も含まれていた。

会社は近隣の住民とうまくつながりを保ちたい。その住民に嫌われている外国人労働者を自社の1人とのままにはできなかった。住民の反感を恐れ、社長は他の会社を紹介するので、その同乗者に転職を促した。彼は目に涙をにじませ反省の弁を述べるが、会社として方針は定まっていた。ただ工場長は彼の仕事ぶりを知っていた。遅刻もなく、仕事ぶりも真面目な彼なので、工場長である自分から残ってほしいと社長に頭を下げたのだ。工場長からの訴えと日頃の仕事ぶりを鑑み、社長は判断を翻して、自社で働き続けるチャンスを与えた。彼は工場長に深く頭を下げ感謝を伝えた。

その日も部屋飲みは朝から続いていた。彼らのアパートの近くでまたしても交通事故が起きたようだ。犯人は走り去り、ひき逃げ事件となった。被害者は近くに住む男の子だ。犬の散歩をしている途中、歩道に乗り上げてきた車にぶつかり右足をタイヤでひかれてしまったのだ。警察は男の子の事故状況を詳しく調べていたが、もう1つの被害を後回しにしていた。後回しにされたのは飼い犬のレトリバー。実はレトリバーは男の子をかばうように、車と男の子の間に入り、男の子の衝撃を最小限に抑えていた。ただ全身を強く打ったレトリバーは道の傍に、ぴくりともせずに、横たわっていた。即死だった。茶色と白の斑模様の、綺麗な毛並みの真ん中に、黒く醜いタイヤの痕が残っていた。

警察の調査の結果、タイヤ痕からわかったのは、インドネシア人のアパートにとめてある車のタイヤと一致するということだ。ただそのタイヤは特別なものではなく、通常ルートで市販されたもので、一致するからといって証拠にはならなかった。目撃者もいなくて、捜査は難航していた。このような事件は大抵迷宮入りしてしまうようだった。警察もより世間の注目度の高い事件に人員をさかねばならず、今回の事件をしっかり追求する姿勢は見られなかった。

翌日、工場長はいつも通り出勤してきた。出勤すると社長がすぐに歩みより、今日は早く帰るか、休みにしてもいいと声をかけた。ただ回答は既にわかっていた。律儀な工場長が会社を休むはずはないと。工場長はその日も丁寧に正確に業務を勤め上げ、いつもの時間にタイムカードを押して正門から家路に着いた。工場長の足取りは明確な決断をした人間のように、一定のリズムを刻んで、まっすぐに目的地に向かっているようだった。

神奈川新聞の紙面に川崎区のインドネシア人グループが集まる部屋に放火事件のあったことを伝えたのは、レトリバーの悲惨な事故の1週間後であった。3階建てアパートの3階にあったその部屋は、ドアの外側から厳重に粘着テープで固定され、中から開けられないようになっていた。3回の高さから外に出るには、ドアから出る以外、飛び降りるしかなかった。その日、部屋にいたのは4人だが、3人は飛び降りたせいで足を骨折。いずれも社会人リーグのサッカーチームに入っていたが、選手として復帰するのは無理か、厳しいリハビリを乗り越える必要があった。もう1人は煙を大量に吸い込んだせいで、中毒症状を引き起こし重体であった。

事故のあった4日後、工場長は使用した粘着テープと着火剤をおもりの付いたネットに入れ、川に向かって歩いていた。愛犬のいつもの散歩道だった。誰も気づかないような川の縁に、おもり付きのネットを投げ込んだ。愛犬の姿が頭に浮かび、切なく、痛む心を感じながらその場を後にした。

インドネシアでは犬は悪魔の使いとして嫌う者が多いことは、だいぶ後になって知った。犬に舐められたら、7回は洗い流さなければいけないとされている。特に何度も同じ犬に舐められた場合、その犬を殺す義務があった。ただ、そこまで嫌う人は珍しいが、この宗教的信条であり、社会通念とも言える考えに、厳格な人は徹底して実行するようだ。

ウブネルは、仕事においても、社会ルールにおいても、宗教信条においても、厳格に守ることを自分に命じていた。サッカーの試合の後、工場長の息子が連れてくるレトリバーが気になっていた。ある時など息子が工場長とドリブル練習をするので、ロープを持って犬のあやして待っててくれと言うのだ。我慢ならない願いではあったが、工場長のお願いを断ることができなかったのだ。

人懐っこいレトリバーはそんなウブネルにニコニコ笑っているかのような顔で彼の匂いを嗅いだり、舐めたりしていた。愛情表現を示していたのだ。舐められたことをウブネルはしっかりと記憶し、確実にかの社会通念を実行しなければならなかった。

その日から、ウブネルはどのように犬を殺すか考えていた。思いついたのは、会社から嫌われていた部屋のみ外国人たち。彼らを利用して、犬を抹殺しようと目論み、実行したのだった。

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