第10話 面白裁判始まる。
「それでは、マルムスティーン侯爵令嬢の裁判を始めさせていただきます。公平を期すため裁判長は私、公爵もあるプリエ・ラ・ピュセルが務めさせていただきます。」
世間では流行りの書物で人気を博している『男の娘』というジャンルがある。
公爵は身体は男だが、心は女であり、また服装は女性ものが主であり、リアル男の娘と世間では言われている。
なお、公爵家の跡取りはしっかりと存在する。
公爵夫人もまた、男の娘に理解のある人物だった。
跡取り問題は別問題という事で、しっかりとそのあたりは普通の家族・貴族であった。
養子の場合、将来の面倒ないじめ問題や、私生児云々や血の繋がり問題から避けるためでもある。
なお、娘には男児の容姿、息子には女児の容姿をさせているなんて事はない。
公爵の息子も娘も、普通に性別通りの幼児期を過ごしている。将来は本人の意思なのでわからないが……と。
つまりは、男の娘である公爵であれば、男の意見も女の意見もどちらも理解を示すという意味で、ある種公平……という事だった。
当然、公爵は裁判長たる国家資格は有している。
「まず本裁判では我が妹、リディアの無実の証明、それから無実でもあるにも関わらず様々な罪を着せた王太子殿下を告訴させていただく事を始めに伝えておきます。」
弁護士の資格も持つ、リディアの兄であるイングウェイ。
リディアの無実を証明するために、様々な証拠と証言を用意していた。
負ける要素は微塵もないと確信しているのか、イングウェイの表情は堂々としていた。
「まずは無実の証明として、王太子殿下が件のパーティ時に述べた事への反論からさせていただきます。」
イングウェイは数枚の紙を手に持ち、立ち上がって説明に入った。
これらの紙は裁判官や裁判員の元にも配られている。
「王太子殿下は、ソレイユ伯爵令嬢であるディアナ嬢をリディアが様々な虐めを行ったと非難しました。」
「教科書への落書きでありますが……これはディアナ嬢自身が自宅で勉強をしている際や休憩時間等に自身が描いたものであります。」
「自宅での事はともかく、休憩時間に後ろの席の者などが、その様子を何度か目撃しておりました。」
イングウェイが提出した書類の中に、教科書の落書きの写し……転写魔法による複写されたものが提出されている。
そこには別世界では『画伯』とあだ名されるような、何を描いたのかわからない生物のようないわゆるラクガキがいくつも描かれていた。
「そして、これはソレイユ伯爵に了承を得た上での自宅を確認した証拠です。」
自宅で勉強していたと思われる、幼少期から利用していた書物等だった。
そこにはやはり、『画伯』が描いたと思われる絵などが描かれていた。
「さらには、ソレイユ伯爵がせっかく娘が描いたものだから、もったいないからと消さずにとっておいた、ディアナ嬢の部屋やソレイユ邸のあちこちに描かれた、幼少時からディアナ嬢が描いたとされるモノの転写画像となります。」
それは、誰がどう見ても同じ人物が描いたものだろう、奇怪な絵が描かれていた。
「殿下がリディアがやった事と断定するよりは、現実的と判断出来ると思います。」
教科書の落書き疑惑は、ディアナ嬢が描いたモノという事で認識された。
「それでは次、ノートの破れについてですが……」
これもまた、ディアナ嬢が消しゴムで消した際に敗れたものだと判断された。
落書き同様、横や後ろの席の人物がその様子を見ていたという事だった。
教科書やノートの件について、証言台に生徒が立つと、嘘偽りなく当時の様子を語っていた。
件のパーティの場では、自分の意見を言える雰囲気にもなく、また王太子殿下に対して意見をする事が不敬に当たると思い、また自身が不敬罪等で捕らわれる事を恐れ、言えなかったのだろうとイングウェイは推察していた。
実際、証言集めの際に尋ねた際に、当人達はそのように伝えていた。
同時に謝罪をし、証言台に立つ事も約束して。
そのため、イングウェイは当日に王太子達に意見をしなかった事には目を瞑った。
大事の前の小事、イングウェイにとってはある意味好都合と思っていたのである。
「上履き内の虫の死骸についてですが……」
これは学園で行った行事の一つ、ピクニックでの事だ。
森の近くであったため、魔物はともかく小動物や虫等は食べ物等に寄ってきてしまう。
また、人間という異物が近くにくれば警戒もしてしまうものだろう。
その中の一部が生徒達を襲い、若干のパニックにはなった。
襲うといっても威嚇などだけで、実質被害はない。
ディアナ嬢の上履き云々はともかく、衣服に虫がついただの、羽などの一部が付着したなどの報告はあがっている。
ディアナ嬢の上履き内の虫の死骸も、上履きを仕舞う際に衣服から落ちたものが偶然上履きに入ってしまったものと推察される。
こればかりは証拠がないが、同様に靴や上履きの中に死骸や虫の身体の一部が混入していた、衣服に付着したままだったという他の生徒達がいるためだ。
「そういった背景により、リディアが嫌がらせで虫の死骸を入れたなどというのは、ただの憶測であり事実とは言えません。」
「ディアナ嬢がリディアに階段から突き落とされたと殿下が主張していた件ですが……」
「その日、リディアは王の依頼で学園を欠席しております。リディアは王宮で仕事をしておりました。」
「これは王に確認も取れているので、完全なる言いがかりです。」
「それに、内容は表に出してはいませんが、リディアが王や王妃の要望で学園を欠席する事は、教授や他の生徒も周知の事です。」
実際にディアナ嬢は階段から落ち、足に怪我を負った事は事実である。
その際に医務室に運ばれているため、医務室の利用時の訪問履歴にも記録が証拠として残っているため、日付や時間の勘違いという事はありえない。
不良生徒のたまり場防止、医薬品の不正持ち出し等を防ぐため、医務室は二人以上の薬師や回復師が在住している。
これら薬師たちが違法や違反をしていれば別だが、そんな事が明るみに出れば本人だけの処罰で済まない事は周知されているので、信頼性は高い。
「ディアナ嬢がリディアに毒殺されかかったという件ですが……」
リディアが主宰したお茶会で、ディアナが紅茶を飲んだ際に倒れたという事があった。
「ディアナ嬢にはアレルギーがありました。リディアはディアナ嬢にはちみつアレルギーがある事を知っていたため、当該の茶会にはちみつを使用した飲食物は提供しておりません。」
「当然、他の参加者達への配慮も同様で、万一を考え他の令嬢が苦手なモノやアレルギーがあるものは一切用意しておりません。」
誤って接種してしまう事を防ぐため、小麦粉が苦手な令嬢がいれば小麦粉は一切使用しない、牛乳が苦手な令嬢がいれば牛乳は一切しようしない。
「つまりはあの日、リディアがはちみつを用意するはずがないのです。」
「しかし、ディアナ嬢がはちみつを接種した事による身体の不調となり倒れたのは事実。そこで調査をした結果……」
「当家の使用人でない人物が浮かび上がりました。彼女は当家のメイドに扮し、こっそりとディアナ嬢が口をする紅茶に少量のはちみつを混ぜていたのです。」
そして衛兵が両脇を抱え、証言台に立たされる一人の女。
酷く怯え、震えている事が傍聴席からも見てとれる。
「それでは証言人、嘘偽りなく真実のみを述べる事を誓い、マルムスティーン弁護士の質問に答えたまえ。」
「この場での最高責任者は裁判長である私、王でも王太子でもありません。」
それは、王や王太子に対して忖度するのは間違いだと言っているのである。
なお、嘘発見機は存在しないが、真実を強制的に話させる魔法は存在する。
しかし、そこまでさせて虚言が発覚した際にはかなり重たい処罰が下される。
そのため、大抵の犯罪者や証言者は、この証言台では真実を自ら述べるのである。
「わ、わたしは……で、殿下に命令され、僅かですが、ディ、ディアナ様が口にする紅茶にはちみつを混ぜました。『ディアナには少し苦痛を与えてしまうが、これで颯爽と現れて介抱すれば、リディアを退ける事が出来るだろう。』と。」
王太子はリディアを婚約破棄する最大の要因であるディアナ嬢毒殺未遂の自作自演のために、自らが愛するというディアナ嬢の命まで危険に晒したという証言でもあった。
策士、策に溺れる……いや、ポンコツ王子、自らの愚策に溺れるである。
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