第9話 兄妹の会話
「牢獄の姫様、それでプリズンプリンセス、略してプリプリね。でも今のリディは牢屋の女王様だな。プリズンクイーン、略してプリクイ」
イングウェイの視線の先には優雅に座って紅茶を口にしているリディアの姿。
しかし少し視線を落とすと……
「心外ですねお兄様。どこが女王様ですか。ぴちぴちの1〇歳に向かって。」
「お嬢様のお尻の温もりサイコーっす。もっとぐりぐりしてくださっ。」
「うるさいですよ。」
左手に持つ鉄扇を畳むと、それをペシンッと叩いた。
「おおぅっ。もっと、もっとお願いしまっす。」
「なぁ、俺の記憶が確かなら……こいつ、連続強姦殺人犯で捕まって死刑執行待ちじゃなかったか?」
「それなんですけどね、お兄様。詳しい事は言えませんけど、この人そこまで大きな事はしてませんことよ?きちんと取り調べされてるのですか?この国の司法等を疑いたくなるのですが。」
「せいぜいが痴漢と、揉み合った時にちょっとした不可抗力な暴力くらいですよ。王族や一部上位貴族みたいに影でもいれば動かぬ証拠があったでしょうけど。」
「それももしかして、時空魔法によるものか?」
「
「それじゃぁ、こいつが子悪党程度の証明で、ある意味動かぬ証拠だけど、それって本当の犯人がいるって事じゃないか?それにそのスキルを司法に持ち込むのは難しいだろうな。」
「まぁ本当の連続殺人犯もこの中にはいますけどね。どうも皆様、もう悪さを起こす気はないようですよ。死刑ではなく解放されるなら奴隷でもなんでも良いそうです。」
「いや、流石にそれを覆すのは無理だし利点がないだろ。こいつみたいに再検の余地がある人物はいるのか……あぁ、そういう事か。」
「そうですね。尾ひれなどがついて過剰な刑にされてる人しかいませんよ、ここは。というよりここにいる人達は皆あの王太子殿下に関係のある人しかいません。」
「殺人を犯した者が殿下とどう繋がりが……」
「窃盗→捕まって揉み合い→結果的に相手を死なせてしまう。まぁどんな理由があっても許される事ではないのですが。」
この牢にいる一人の殺人犯。
その日食べるパンすらなく、空腹に耐えかねた貧民街の男がパンを窃盗した。
それを偶然見かけた、休暇中の王太子殿下の護衛の一人が発見。
手柄を得ようと追いかけ……追いつき揉み合いになり、自分の活躍を見せようと必要以上に犯人に暴力を振るった。
具体的には、馬乗りになり顔を何度も殴るという。
撲殺死を免れようと窃盗犯が苦し紛れに振るった拳が護衛へクリーンヒットし、運悪くその休暇中の護衛が倒れた先には大きく尖った石があり、そこに頭を強打し意識不明となり亡くなった。
いわば不幸な事故でもある。貧民街故の事故である。
道はろくな舗装もされておらず、清掃などもいき通っていない。
むしろ、そこに至る経過を鑑みれば、護衛の暴力の方が問題である。いかに窃盗犯を捕まえるためとはいえだ。
窃盗犯には暴力を振るわれている間の防御創などもあるはずなのに、聴取では聞く耳を持たれなかったという。
冤罪だけでなく、過剰な判決、違法捜査は少なからず王太子殿下本人または関係者しかいないのである。
王太子殿下への忖度や、将来のコネを得ようとした腐った判断を下すものがいる、という表れでもある。
こうなってしまったのは、一部業務を次期王としての勉強の一環として権限を譲渡されている結果でもあった。
「もしかして、ついでにこいつらの裏付けも俺たちに見つけて来いと?」
「ついでに国の膿を一斉に掃除されるのも良いのではないかと。賄賂や冤罪は撲滅しないと、そのうち滅びますよ?ほら、市井で流行ってる書物にもありますよね、『汚物は消毒だー』とか。」
「もう少しここで快適な
「王太子妃教育とかで疲れていたのは否定しませんよ。外交官として通用する程、近隣5か国語をマスターさせられたり、礼儀作法は言わずもがな。自国だけではなく、他国の名産名品の目利き等……私に何をさせる気だってくらい詰め込んだ数年間ですからね。もう私一人で国動かせるんじゃないかしら?面倒だからやりませんけど。」
「そういや、剣術も魔法も秀でていたっけ。剣の勝負なら俺よりも強いし、魔法も長兄よりも秀でてたな。最終殺戮兵器令嬢の異名もそういえばあったよな。」
「それだけ聞いてると私がまるで悪魔か魔王みたいな言い方ですよね。」
「こんなに可愛いのにな。」
「なっ、なっ……お兄様、それは反則ですわ。」
リディアの両頬が赤く染まっていたが、当のイングウェイは見逃していた。
「とまぁ、この牢屋にいる人たちは、確かに罪は犯しましたけれど、こんな長期間捕らえられてる必要もなければ刑罰を受ける程の大罪人は……ゼロではないですが、いません。」
「全員私の
「その影響で椅子になるこいつの気はしれんがな。」
「何故暴力となってしまったかの経緯を聞くと理解出来るかもしれませんよ。この方、
「いや、いい。聞かなくても表情見てれば理解出来る。したくはないが……」
踏んでくれとか俺に座ってくれとか強引に迫ったのだろう、その時に相手を傷つけてしまった事くらい容易に想像出来るイングウェイだった。
「それで、私の無実は証明出来そうですの?合法的に。」
「ん?あぁだからこうして直接会いに来たんだけどな。違う事に驚き過ぎて本題を忘却してたよ。」
「それで国、滅ぼしていいか?」
「どうしてそうなるんですのっ。」
「可愛い妹に冤罪吹っ掛けて、大勢が見てる前で辱められて、妹LOVEな俺たち家族が黙ってるとでも?」
「おバカな王太子殿下と、それに同調した人以外に罪はないのですし、もう少し穏便に出来ません?優しいお兄様達なら当然考えてらっしゃるでしょう?」
「まぁ、さっきのは極論だよ。王太子殿下には王太子を廃してもらう。それに同調して虚偽の証言をした者には就職取り消しだな。どこの機関に虚偽する者を採用すると思ってるんだか。」
「癒着する者も一斉に排除するのだったら、猶更腐った輩や腐るのがわかってる者は排除しないと。家にもよるかも知れないが、廃嫡される者もいるだろうな。」
「そこは各家門によるだろうけど。」
「そういえば、件の令嬢は……」
「それなんだがな。お前と一緒で担ぎ上げられただけっぽいんだよな。いっそ
「殿下たちから勝手に構われてるだけでしょうね。王太子殿下は私が気に入らない様子でしたし。なんでもできちゃうのも罪って事でしょうかね。私が努力した結果なだけなのですが。」
「そうだな。リディとの婚約を破棄するためには、新たな婚約者を立てる必要がある。そこそこの家門で、自分に嫌悪を抱かない好意的な令嬢が必要だった。言いなりに出来る眼鏡に叶った令嬢というのが正確か。故に内外共に殿下の好みの令嬢でもあったのだろう。」
「小動物みたいな方に見えましたしね。直接絡んだことは数回程度でしたが。」
件の令嬢は、王太子殿下を始め、側近たちからも庇護されていた。
勉学だけでなく、普段の付き合い等を含めて。
端から見れば、それはハーレムに見えなくはないが、令嬢は常に困ったような表情でいた事を知るものは少ない。
親の身分を鑑みれば、自分から拒否したり拒絶したり出来ない立場だっただけである。
「殿下が婚約破棄を言い渡した際、実は一番驚いた顔をしてたのが、件の令嬢でしたから。」
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