第8話 二人の王女とババ抜き

「お姉さま、本当にここは牢の中ですの?あ、揃った。」


 日に日に改装されていくリディアの牢内。


 入口が鉄格子という事を除けば、それはもう既に普通に貴族令嬢の部屋そのものであった。


「そうね。便利なもので色々仕入れられますからね、私の時空魔法。あ、私も揃いましたね。」


 揃ったと言う度に2枚のカードがテーブル上に置かれていく。


 リディア達の両手には、扇状に重ね広げられた幾枚かのカード。


 皆に見せる側には同じ模様が描かれており、その反対側には数字や絵柄が描かれている。



「それで、本当にいつまでここにいるつもりかしら。あ、私だけまた揃わない。」


「お父様かお兄様が迎えにくるまででしょうか。あ、私一抜けっと。」


「では、あと数日はここに滞在なのですね。あ、私二抜けっと。」


「悔しいわね、また私がビリ……」


 牢の中で、王子ババ抜きを嗜んでいるのは、リディアを始め、さらに煌びやかな衣装を纏った二人の女性。


 ババ抜きでビリとなったのは第一王女・ペチオスセキュナス、リディアに次いで2番目に上がったのは第二王女・セノスペキュナス。


 それぞれこの王国の王女であり、愛称はペチー、セノスである。


 ペチーはリディアの2つ年上、セノスは2つ年下であった。


 なお、東方の島国ではそれぞれどちらも【貧乳】と翻訳されるようである。



「それにしても、このとらんぷ?の絵柄、どうみてもアホの弟に似ていなくもないんだけど。」



「そうですね、おバカなお兄様に見えなくもないです。というか、キングがペチーお姉さま、クイーンが私に見えるのですが……」



「作ったのは私じゃなくってよ?多分、どちらかのお兄様が商会に流して流通したものかとは思いますが。一応よく見れば似ているというだけで、模写したわけでもないので……不敬罪とか著作権や肖像権がどうとかはない、ですよね。」



「まぁ、酷似というわけでもないしねぇ。それでも貴族が見ればモデルがだれかくらいはわかりそうなものね。面白いから良いけど。」



「ところで、この一連の茶番が終わったらリディはどうするつもり?」


 ペチーはリディアの愛称でもあるリディと呼ぶ。一文字減らしただけでも愛称になるのも複雑であった。


「どうも何も、冒険者とか商人とか、面白そうなものは色々ありますし、世界を旅するのも面白そうですね。」


「ダメです。お姉さまは私と結婚するんです。」


 第二王女であるセノスは随分なリディアお姉ちゃんっ子であった。


 幼少の頃から王女二人と面識のあるリディアは、実のところ実姉妹と言えるほど仲が良かった。


 小さい娘が「パパと結婚する。」というような感覚で、セノスは幼少の頃からリディアの嫁宣言をしていたのだ。


「セノス、私達は皆女だから結婚は出来ないですよ。」


 という正論を何度もしてきたペチーとリディア。


「おバカなお兄様の事を考えれば、私達姉妹に王位継承権が回ってくるでしょう?そうしましたら法律を捻じ曲……変えてしまえば良いんですよ。同性婚可って。」



「私も王女二人の事は好いてますよ?しかしそれは恋愛感情ではなく、姉妹愛のようなもの。それは何度も説明しましたでしょう?」


 家族愛と言わなかったのは、揚げ足取りに発展しそうだったために引っ込めていた。


 家族ならば夫婦も同じ、それならば性別なんてものも差異とならないと。


「おバカお兄ちゃんの婚約者になった時に一度は諦めたものが再燃してしまいました。」


「そうね。形はどうあれ、義妹・義姉となるはずだったものね。まったくあのアホ弟は……真実の愛って何って感じ。」


「流行りものらしいですわよ。市井に出回ってる恋愛小説なんかでは定番らしく、真実の愛がどうとか、悪役令嬢がどうとか、そういったものが流行のようです。」


 リディアは何もない空間に手を伸ばすと、そこから取り出しいくつかの小説をテーブルの上に置いた。



「それでリディが悪役令嬢に見立てられて、アホ弟は件の令嬢に対して真実の愛とかほざいたわけね。」


 パラパラとページを捲ったペチーが呆れたように言った。


「創作だから燃え上がるという事を知らないですね、おバカお兄さま。」



「こういう世界だから仕方ないのに、政略結婚の何たるかも理解出来ないのでしょうね。一般家庭だって政略結婚的なものがあるというのに。」


 農家や商会などは、貴族程ではなくとも政略的な


「うわぁ。お姉さま辛辣ですねぇ。」


「もう婚約破棄されましたしね、庇う必要もないでしょう。」





 比較的近くの牢にいた犯罪者(一部冤罪)は、「女同士の会話って怖ぇ」と呟きながら両手を掴んで震えていた。


 王女の面会という娯楽が過ぎて数日。


 証拠集めに走っていた兄、イングウェイが訪問した。



「相変わらず何でもありだな、その時空魔法。わざわざ差し入れをしなくても何でも揃ってしまうな。」



「あら、お兄さま。久しぶりです。お兄様が来られたという事は時が来たという事ですの?もうしばらく満喫するつもりでしたのに。」



「いくら便利な空間にしていても、ここは牢屋だからな。本当ならこんな長い期間お前をここに入れたままにしたくない俺たち家族や領民達の事も考えてくれ。」



「本当におバカさんですよね。私が件の令嬢に嫌がらせをするのでしたら、証拠は一切残しませんし足腰立たないよう心身共に追い詰めますのに。それこそ誰にも相談すら出来ないよう徹底的に。」



「護衛や影もいる中、そんな事が出来るのは時空魔法とリディア、お前だからこそだよ。」



「とりあえず裁判という茶番があるから。呆れないで出廷してもらう事になる。」



「先日の茶番断罪を裁判と指すなら、今度はさしずめ逆転裁判って事ですね。」



「お可哀そうに。普通に婚約を破断するようにおっしゃってくれれば、それなりの条件の元に応じましたのに。」


 目線を上にあげて、獰猛な鳥に捕獲される哀れな小鳥を眺めるような視線で呟いた。



「それはそうと、リディア。他の牢の奴らが言ってるプリプリってなんだ?」


 冤罪を着せられて牢に入れられた事よりも、黒歴史的な二つ名の方がショックだったリディアは、初めてorzポーズをする羽目になった。

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