第7話 王と王妃の苦難
「妹の無実を証明する時間をいただきます。その間我が魔法騎士団は休暇をいただきます。もちろん、王自らも調査はされるのですよね。」
リディアの兄である、イングウェイ・フォン・マルムスティーンは王の前で啖呵をきっていた。
突然始まったリディアの婚約者であった王太子・マクスウェルのよくわからない独奏劇。
茶番とも思えるそれらを、王の前だからと静観していたイングウェイであったが、妹であるリディアが連行されていったところで現実に戻っていた。
呆気に取られていた王と王妃は、イングウェイの申し出に頷いた。
「当然、王も独自に調査はされるでしょうけれど、真実が明らかになった際にはそれ相応の対応をさせていただきます。」
一礼をしてイングウェイは王の御前から去っていった。
「あのバカ息子……」
王は溜息のように言葉を漏らすが、それすらももう遅い。間に合うとすれば、数十分前のマクスウェルが婚約破棄を最初に言い出した直後に間に入るべきだったのだ。
そもそもマクスウェルとリディアの婚姻は王家が望んで成立したもの。
王家がマルムスティーン侯爵へ打診し、マルムスティーン侯爵家当主が様々な条件の元に承諾したのだ。
王家と繋がる事は貴族にとっては後世のためにも、基本的にはプラスである。
貴族間においても王家に娘を嫁がせたとなれば、互いの関係の中で上位でいられる事もあり、また発言権なども高くなる。
簡単に言えば、美味い汁をすすれると思うのが一般的だ。
マルムスティーン侯爵は、そこまで俗世に塗れてはいないが、王家からどうしてもと頭を下げられ、結納に関する事や政治的な事、減税など様々な提示をされては断るわけにもいかなかったのである。
単純に断るだけとなれば、それはそれで不敬罪に近いものがあるという背景もあるが。
そこまで王家が低姿勢で成立させた、マクスウェルが王太子であるための婚約だったにも関わらず、マクスウェルは自ら
尤も、マクスウェル自身それには気付いていない。
リディアを除けば、王太子妃になれる器は……数人しかいない。
しかしそれら令嬢達は、いわば劣化版リディアである。
常に100点満点に近い成績を残しているリディアに対して、他候補の令嬢達は90点に届かない。
さらに言えば、令嬢達本人はともかく、その親である貴族当主達は権力を含め王家との繋がりに前のめりなのである。
餌を前にした犬のように、がっついているというのが正しいだろうか。
表立って見せる事はしないだろうが、そういった者は節々に感じさせている者達であった。
身の程を弁えているマルムスティーン侯爵は、リディアを含めて本当に最適だったのだ。
本人にも何度か簡単に説明はした王であるが、男児は一人しかおらず、自分を脅かす存在は皆無と勝手に思い込んでいるマクスウェルには寝耳に水だった。
「私達もバカ両親……とも言えますわね。きちんと教育出来なかった私達にも責はあります。」
額を押さえながら王妃は答えた。
「王子だけでなく、妃となるはずのリディア嬢にも護衛や影がついていて、先の妄言についてもきっちり見聞きしてるはずなのにな。」
王はマクスウェルの述べた事が偽りだとほぼ確信している。
そしてイングウェイも恐らくはわかっていて時間を貰ったという事に気付いている。
普通に裁判を起こしても確実に勝てるという証拠を集める、という事に。
実際王族には目に見える護衛がついている。
それ以外にも、不測の事態に備え、影と呼ばれる者達が幾人も見守っているのだ。
王太子であるマクスウェルにも当然それらはついている。
王太子に害になる事が少しでも近付かないよう、本人以外にも監視の目は向いているのだ。
例のディアナが受けたとされる様々な嫌がらせ……も当然影達は目にしたり耳にしたりしている。
「結果が見えてる事に、どうやって対処しろと……最悪の事態は避けねば。」
もはや出来レースといえる現状に、頭を抱えなければならない王と王妃。
王が言う最悪とは何か。
「なぁ、どれが最悪だと思う?」
「①マルムスティーン侯爵の王国からの離脱、②マルムスティーン侯爵を筆頭に独立、③反乱。」
「①と②の違いは、①は領土ごと隣国に移る、②は公国などの設立でしょうか。どちらも最悪には違いありませんね。」
「王族にあるまじき行為ではあるが、わしらが土下座をする事も視野に入れねばなるまい。あの場で止めなかったわしらの責でもあるのだから。」
③の反乱は流石にないだろうと踏んでいた。
国や領主に従う騎士達はともかく、そこらに住む王国民が痛い目に合うのは、どちらも避けたいはずだからである。
それから数日。
王のもとに親書が届いた。
「リディアの冤罪が晴れた暁には、①王太子の廃嫡、②時期王には王女姉妹のどちらか、またはその配偶者にする事、③慰謝料、④王太子がやらかした事全ての清算。」
「マクスウェル、他にも何かやらかしてるのか?やらかしてるんだろうな。わしらの目が節穴過ぎたのか。」
そうですねと言えない王妃でもあった。
それはブーメランでもあったからである。
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