第6話 こうして二つ名は付けられていた。

 リディアがベッドなどを牢内に持ち込んでから幾日。


 リディアの牢から漏れた匂い……良い食べ物の匂いは周辺の牢にまでも、当然届いていた。


 堅いパンや屑野菜が入った寂しいスープ……ばかりとまでは言わないが、とても簡素な食事しか提供されない牢にあって、それはとても異質なものだった。


 もちろん、牢内に風呂はおろかシャワーなんてものも存在せず、囚人達は3日に一度の簡素風呂に入らせて貰える程度。


 良い匂いがする事が囚人達には異質過ぎるのであった。


「そういやこないだからなんか良い匂いがしてくるんだよなぁ。」


 囚人の一人が漏らした。


 通常であれば、同じ牢内であればともかく、少し離れた牢にいる人間にまで届く事はありえない。


 しかし、そのありえない事が可能な人物も存在する。


 声を漏らした囚人の牢内に唐突に表れた人の手。


 からの一人の良い恰好をした女性、それは普通に令嬢の姿をした存在が、独り言を漏らした囚人の牢内に現れた。



「なにか、呼ばれたような気がしまして。」


 それは最奥の牢にいるはずのリディア・フォン・マルムスティーン。


 牢に入ってすでに数日は経過しているにも関わらず、全く悲壮感を漂わせる事もなく、むしろ面会にでも来たかのような態度と佇まいであった。


 牢内の囚人が驚いたのは、突然現れた令嬢そのものもであるが、それが先日収監されるところを目撃した令嬢であったからである。


「あら、貴方は……」


 リディアは空間を繋いで出た先にいた、別の牢に収監されている人物を見て驚いた。


 それは、リディア自身が何度か直接目にしたことのある人物だったからである。


「ルーシア服飾店の店主様ではありませんか。」


 ルーシア服飾店。それはサンドリヨン王国の王都に店を構える、貴族だけでなく王族も利用する程の服飾店である。


 リディアが面識があるのは、時には侯爵家に呼び、時には自ら店舗に足を運んでいたからである。


 今収監されている彼、ロイ・ルーシアが主に男性服のデザインを、妻であるティセ・ルーシアが女性服をデザインしている。


 リディアの記憶の中ではルーシア夫婦はおろか、ルーシア服飾店で働く従業員を含めて、収監される程の悪事を働く存在などいないという事だった。




 なお、ロイは令嬢が収監されるところは見ていても、それがリディアであるかまではわかっていなかった。


 そのため、こうして眼前に突然現れたリディアに驚愕しかなかったのである。


「リディアお嬢様が……なぜ?」


 

「お互い説明が長くなりそうですし、これでもいただきながらにしませんか?」


 リディアは空間に手を伸ばすと、椅子やテーブル、程よく冷えた水と飲み物、軽食用のふわふわのパンと野菜と軽めの肉を皿に盛られた状態で取り出した。


 当然ロイはそれら全てに驚いたが、リディアが人差し指を自らの口元に充て、「シィ~」とやったため、驚きの声を寸でのところで飲み込んだ。


 地下牢には魔法の発動を阻害する措置が取られている。脱獄防止などのための当然の措置である。


 それにも関わらず、平然と魔法を使用しているリディアの行動に驚かない方がおかしい。


 けれど、おかしいからと言っていちいち驚いて声を出さないで欲しいというジェスチャーであった。


「私の魔力は普通じゃないみたいなので。」


 という事にしていた。



 しばしの軽食のあと、食器を洗うためにキッチンを取り出した。


 令嬢に洗わせるわけにもいかないと、ロイは洗浄を買って出ていた。



 そして本題である、お互いが収監される理由を語り合った。


 ロイの説明は……




「なんだと?貴様、王太子である私の言う事が聞けないだと?何も金を払わないと言っているわけではない。請求書を王宮に回せと言ってるだけだろうが。」



 それは王太子であるマクスウェルがディアナを連れてルーシア服飾店へと出向いた時の話である。


 王族に限らず貴族も売買をすれば当然金銭を支払う。

 

 尤も、王族や貴族は現金……金貨で支払う事は稀であり、大抵は小切手で支払う。


 高位であればあるほどである。


 マクスウェルも小切手の存在は知っているし、その利用方法は知っているが、学園では側近や護衛が代わりに支払いを済ませる事がほとんどであった。


 つまりは自ら売買する事はほとんど経験がなかったのである。


 ディアナの前だからか、格好つけたかったのもあるかもしれない。


 それが悪い方に働き、本来小切手か現金で支払うべき場面をツケにしようとしたのである。


 

 王ですらきちんと支払いをするというのに、王太子の無茶苦茶な要求に正論で返したのが、その時に応対していた店主のロイであった。



「それで、王太子殿下に不敬だと言われまして……」


 連行する護衛の者たちも、渋々だという事がロイにも分かる程度には申し訳程度に連れてこられたという事だった。


 

「冤罪ですわね。」


 リディアが収監されるよりも前からなのだから、たったそれだけの事で何日拘束されているのだろうか。



「裁判どころか、ろくな刑罰の説明もまだないままです。」




「これは……すっかり忘れてますわね。」



 そしてリディアは今度は自分の経緯を説明した。



「まぁ、暫く監獄スローライフを楽しんで、その時を待つ事にしております。きっとお父様やお兄様が動いてらっしゃるでしょうし。」



「いつ出れるか不安はありましたが、お嬢様のおかげで希望というか活力が出てきました。早く妻や娘を安心させてやりたいとは思いますが。」



「しばらくは窮屈でしょうけれど、その時がくればたんまりと慰謝料と補填をもらいましょう。恐らくですが、他の牢の方の何割かは同じように冤罪で収監されてるのでしょう?」



 リディアのその予想は的中であり。全ての牢を回ったリディアはげんなりしながら、自分の牢でアフタヌーンティを嗜んでいた。


 他には飲食店関係が2人、娯楽施設関係が3人、本当の極悪人5人が収監されていた。


 極悪人の内訳は、殺人犯1人、強姦犯2人、放火犯1人、強盗1人だった。


 そしてリディアはその日の内に、に備え付けよりは豪華だが、リディアよりは貧祖なベッドと簡易トイレと簡易シャワーとを設置した。


 その囚人からすれば豪華なプレゼントに、本当の極悪人達もリディアに感謝し平伏していた。


「もう二度と悪さなんてしねぇ。一生アンタについていきやす!姐御、いや牢屋の姫様プリズンプリンセス!」



「いや、一生はちょっと……って何かしら、その変な呼び名は。」


「いやいや、牢屋のアイドルだろ!」


牢屋の天使様プリズンエンジェルだって。」


 毎食というわけにはいかないが、一日一食は栄養バランスを考えたものも提供していた。


 それは一生ついていくと舎弟になっても仕方のない事であった。


 舎弟なのかおっかけなのかはわからないが……


 本当の極悪人達によって、リディアの二つ名が次々とつけられていった。

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