第4話 快適な牢屋生活のために
「あら。本当に何もないのですね。」
地下牢に案内されたリディアは、牢のあるフロアや牢の中を見て呟いた。
地下牢は重大犯罪者や、貴族の犯罪者を収容するために厳重となっていた。
しかし、その内部は他の牢の設備と大差はない。
逃亡や自死を防ぐために、魔法が編み込まれた鉄格子、魔法疎外も施されている。
最も、時空魔法の使い手で魔力も豊富にあるリディアにそれらが役に立つのかは不明である。
洗濯はされているとはいえ、簡素で貧乏臭いベッドに寝具。
男でも遠慮したがるような、痰壺みたいなトイレ。
この牢に入ることで自分を見つめ直したり、罪と真っすぐに向き合ったりするような意図があるのかないのか。
犯罪者には人権などほぼないと言っているにも等しい牢へと、リディアは押し込められる。
「本来、リディア嬢にこのような場所に捉えるのは心苦しいのですが……」
「貴方達も仕事ですし、上官にも等しい殿下に強く言われたら逆らえませんしね。」
しかし、最初に連行した警備が次回以降顔を出すことはなかった。
明らかに王太子派と思われる警備が以降は見張りを務める。
尤も、流石に女性の牢の前に立つわけにもいかず、警備は部屋の外で待機するだけのお仕事である。
魔法の掛かった牢の中にいるのだ、逃亡の心配がないと思い込んでいるのもその一面であった。
リディアは投獄されたその晩、誰もいない事を確認すると魔法を確かめてみる事にした。
「あ、魔法使えますね……」
リディアの魔力は実は王国一ではないかと噂される程だった。
宮廷魔術師でも破れないという肩書き通り、強固な牢ではあるものの。
リディアの前ではそれは豆腐にも等しかったのである。
「それじゃぁ快適な牢獄ライフでも満喫させてもらいましょうか。窮屈な王太子妃もしなくて済みそうですし。」
リディアが右手を伸ばすと、肘から先が空間の中へと飲み込まれ見えなくなる。
そして右手を引き抜くと、そこには大量の金貨。
「この時間でもまだ開店してましたっけ。もし閉店していたらお金とメモを残しておけば良いでしょう。」
そしてその晩、リディアは快適な環境で睡眠を貪った。
刑務所ではないため、刑務作業などはない。
朝昼晩の食事以外は何もない時間をただ消費するだけなのである。
「んんっ。良く寝れましたね。」
昨晩牢に入れられた時にはこびりついた悪臭が漂っていたのだが、目覚めたリディアは自身を含め良い香りが周囲を含め充満させていた。
豪奢なベッドに綺麗な寝具。王族や貴族の邸宅等には備え付けられている上下水完備の水洗トイレ。
他の牢から見えなくするように、鉄格子の前にはカーテンが掛けられている。
部屋の至るところには、この良い匂いの素と思われる消臭剤の容器がいくつも置かれていた。
朝食の時間になったのか。王太子派の牢番である看守が食事を運んでくる。
貴族令嬢であっても、そこは囚人食なのだろうか。
どう見ても堅いとわかるパン、くず野菜がほんの少しだけ入っている怪しい色のスープ。
欠けたグラスに入った濁った水。
(う~ん。王太子殿下は私を殺したいのかしら。)
そして看守が囚人達に食事を置いていく。
リディアは入り口から一番遠い牢であるため、必然的に最後となる。
「ななな、なんだこれは!?」
リディアの部屋の中を見た看守が驚きの声をあげた。
「最高級寝具とトイレとお風呂と台所とカーペットとカーテンと机と椅子ですが?」
現状リディアの牢内にある設備について説明していた。
どうやって持ち込んだのか、という謎には触れない看守。
リディアは気にしていないが、昨晩遅くにイングウェイが面会に現れていた。
その時リディアは自身の時空魔法で家具屋等を巡っていたため、兄に会う事はなかったが。
兄が姿の見えぬ妹の姿を見て、妹は王家に見切りを付けたかと判断した事は知らない。
メモを残し、兄は早々に去っていった。
『必要なものがあれば、お兄ちゃんが何でも用意しよう。』と。
本来単純に見逃されているだけだが、囚人の家族等が差し入れをする事は黙認されている。
それが武器になるようなものでなければ。
大抵は囚人服は無理……という貴族が多く、着替えや精々が簡易トイレや敷居程度のものであるが。
そのため、この牢内にあるものは、家族が持ち込んだものと勝手に判断していたのである。
度を越しているという認識は、看守の頭からは抜け落ちていた。
家具を購入し牢に戻ってきたリディアは、兄のメモを当然目にしている。
リディアはそれに乗っかる事にしていた。
これらは兄が用意した事にしようと。
何かあればメモを見せれば良い。
どうやって運び入れたかというところに目を瞑れば、何も問題はなかった。
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