とある不動産のおかしな依頼簿

蒼雪 玲楓

case-1 『とある一般人親子の場合 担当者:アレク』

 その日事務所に持ち込まれた依頼はとある人間の母子からだった。

 要件は子供が育ち大きくなり、部屋が手狭になってきたから引っ越したいというもの。


 その案件の担当者となったアレクは広さや予算、その他の条件にマッチする物件を探すために明かりの灯された部屋の中で書類とにらめっこをしていた。


「あー、ここは?いや、広さがだめか。んじゃ……ちっ、ここもだめか」

「お、やってんな。どうだ、いい物件は見つかったか?」

「どうも、所長。普通に探すと難しいっすね」


 に声を掛けたのはこの事務所の所長、ベイルだ。

 その風貌はがたいのいい体と磨き上げられた筋肉、そしてそこに残る多くの傷痕。誰が見ても歴戦の猛者であることがわかる。


「で、引っ掛かってる条件は?」

「一ヶ所は予算で、色んな店へのアクセスもいいんすけど貴族街が近いせいで家賃が相応に上がってます」

「予算か…あの親子には今はそこまで出すほどの余裕はないだろうな」

「そうっすね。で、もう一つ引っ掛かってる候補がこっちなんすけど」


 は候補の住宅の概要が書かれた紙を差し出す。

 それを見たベイルは細かな情報を確認し始める。


「部屋の広さに予算、中心部へのアクセスのよさは希望の範囲内か。んで、引っ掛かってるのは……なるほど、治安か」

「騒がしい程度なら問題ないとは言ってましたけど

 今のここは難しいでしょうね」

「最近縄張り争いでハデなことやってる馬鹿どもが多いからな」


 二人が話題としている物件は、いわゆる治安のいい地区から少しだけ離れたところにあるものだった。少し前まではどこかで喧嘩が起きているのは日常、くらいの場所相応の騒がしさと賑やかさのある地区だったが、ある日を境に状況が一変する。


 その地区から離れた地区で起きた犯罪組織同士の縄張り争いの余波が波及し、口争い程度だった喧嘩も殴り合いならまだ軽く負傷者や器物の破損は当たり前、死者が出てないだけましというレベルにまで治安が悪化した。


 その結果としてそれまでの賑わいは見られなくなり、怒号や悲鳴が聞こえる場所となってしまった。


「で、どうすんだ?他の物件のあては?」

「なくはないっすけど、治安に目を瞑った場合のここ以下の条件なんすよね」

「アレク、うちのモットーはわかってるな?」

「はいはい。言われなくてもわかってますよ」


 ベイルの試すような視線をアレクは飄々と受け流し、今まで見ていた書類を片付けて立ち上がる。


「ちょっと出てきます。依頼者にそうっすね……明日の昼過ぎくらいにここに来るように連絡しといてください」

「昼過ぎか、随分かかると見てんだな」

「まさか。後処理でごたついてそうな時間帯に依頼者を連れていきたくないだけっすよ。小さい子もいるのに憲兵達が走り回ってるの見せるのよくないでしょ」

「がはは、そりゃちがいねえ!連絡はやっとくから行ってこい」


 アレクが事務所を出て数時間後、ちょうど翌日の昼前くらいまで王都内を憲兵が走り回る出来事が起きたとか。




 そして迎えた翌日。

 アレクは依頼者の親子を連れ、昨日ベイルと話していた物件へとやってきていた。


「ここがお勧めの物件になります」

「わぁ!今よりも広いお部屋だ!」

「こら!静かにしててって言ったでしょ」

「別にいいですよ。ほら、色々見てきていいぞー」

「わーい!」


 新しく自分達が住むことになるかもしれない部屋にテンションの上がった子供を微笑ましく見るアレクと、それを困ったように見つめる母親。


「本当に、ありがとうございます」

「ん?これくらい全然問題ないですよ」

「……いえ、そうではなくて。この部屋を用意するのって大変だったんじゃないですか?この辺りって最近犯罪組織の争いに巻き込まれてるって話を聞いてて……」


 母親の心配など気にしていない様子でアレクは言葉を紡ぐ


「あ、そうそう。その件なんですがご安心ください。その犯罪組織、潰れたらしいですよ。昨日から昼前くらいまで大事件だって憲兵が忙しそうにしてましたよ」

「なるほど。朝から騒がしかったのはそういうことだったんですね。そうすると……もしかして」


 少し考えたあと、何かに気がついた様子の母親がアレクへと視線を向ける。

 その視線の意味を察したアレクはにこりと笑い、何でもないことのように話す。


「何も特別なことはしていませんよ。うちのモットーに則って、お客様に最高の物件を案内しただけです」

「ふふ、噂通りの人たちなんですね」

「噂ですか?」

「はい。どんな条件でも必ず達成するすごい人たちだと」

「はは、それならぜひ今後ともご贔屓に」

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