第一章/永彩学園と怪盗レイン(4)

   #4

 全ての《才能》にはルールという概念モノがある。

 俺たちが持つ異能は確かに強力だけど、思いの丈で強化されたり覚醒したりするようなことはない。持続時間なら秒単位で、適用範囲ならmmミリ単位で〝できること〟が定められている。いわばシステム制御のデジタルゲーム並みに厳密だ。

「だから、オレの《磁由磁在》は何にだって手が届く……のが理想なんだけど、実際のところは15mぽっちが限界なんだよな」

 ──一条さんとの再エンカウント(遠距離)を果たしてから二日後の休み時間。

 俺は、最近仲良くなった虎石と《才能》談義を交わしていた。

「二つのモノに自由な引力と斥力を設定できるのはいいけど、距離が遠くなりすぎると接続が切れるし、大きすぎるモノは運べないし、一時間で強制解除されちまう。別のモノに長く触れさせてると効果も転移するし、ホント制約が多いぜ相棒マイクラウン……」

「ん……でも、人間くらいのサイズなら問題ないんだろ? 前に『どんな才能犯罪者も逃がさない』って言ってたし」

「げ、よく覚えてるな来都! 違う違う、そういうことじゃない。相手が着てる服か何かを対象に選べば間接的に……っていう、なんかちょっとズルいやつだ」

「あ、そうか」

 確かにそれは盲点だった。派手好きの虎石は「そうじゃねえんだよな~」と不服そうにしているけど、一流の捕獲者を目指すならその手の〝工夫〟も重要だろう。

「じゃあ、副作用は?」

 話の流れで訊いてみる。

 才能所持者が《才能》を使う度に──もしくは継続的に──受けることになる副次的な効果サイドエフェクト。些細なものから人生に支障を来す規模のものまで、その内容は様々だ。

(まあ、その辺も《解析》で分かるんだけど……隠したい場合もあるからなぁ)

 たとえば俺の副作用そっちだって、あまり人から触れられたい種類のものじゃない。話したくないならそれ以上は踏み込まないぞ、という控えめな気遣いである。

「ん? ああ」

 果たして虎石は、軽い調子で頷いた。

「副作用は大したことねえよ。……っていうか、気付かなかったか? この前、射駒センセに呼ばれて《才能》使った時もバリバリに見えてたと思うけど」

「え、そうなのか? 悪い、ちょっと分からなかった」

「そか。んじゃあ、もいっちょ〝魅せて〟やるとするか──!」

 副作用を見せるというのに上機嫌でニヤリと笑って、指先で弄んでいた二枚の硬貨を机の上に並べる虎石。彼の持つオリジナル磁力の《才能》が行使される──直前、俺は「ちょっと待った」と声を掛けていた。

「お得意の十円玉もいいんだけどさ。せっかくだから別ので試す、ってのはどうだ?」

「別の? そりゃいいけど……何かあるか?」

「まあ待てって。──なあ、御手洗!」

 右手をメガホンの如く口元に添えて友人を呼ぶ。普段から昼食は一緒に取っているものの、彼の席は俺の三つ前だ。こうでもしないと気付いてもらえない。

 さらりと髪を揺らして振り返った御手洗に向けて、俺は手元のペンを掲げてみせた。

「ちょっとペン貸してくれないか? 超高速で飛ばして遊んでみたいんだけど」

「え、何その絶対に貸したくなくなる補足。……まあいっか」

「いいのかよ」

 天空くらい心が広い。

 ともかく御手洗は、机の端に置いていた一本のシャーペンを片手に俺の席までやってきてくれた。青のラインが入った俺のペンと黒一色で構成された御手洗のペン。同じメーカーのそれらを前に、虎石が今度こそ右手を持ち上げる。

「じゃあ、気を取り直してショータイムだ! ちなみに、動かし方の希望はあったりするか? 何もなければ絶賛練習中の立体複雑軌道に──」

「それだけはやめてくれ」

「ケチだな、来都は」

「ケチとかじゃないだろ。……あれだ、その前にやってた〝距離が遠くなるほど強い引力が働く〟ってのがいい。俺と御手洗の席くらいなら暴発はしないだろ?」

「その辺も設定次第だけど、前と同じ出力なら大丈夫だぜぃ」

 ちら、と教室内を確認してから頷く虎石。席が三つ離れている程度では、この前のような〝超引力〟はまだ効果を発揮しないみたいだ。

「──《磁由磁在》ォ!」

 そうして虎石は自身の《才能》を行使する──《磁由磁在》。二つの物体に、磁力に似たオリジナルの引力や斥力を付与できる魔法のような力。

「へっへっへ……これで、来都と瑞樹のペンは引き合うようになったはずだ。試しに教室の外とかにぶん投げてみれば、多分一瞬で返ってくるぜ!」

「下手したら窓が粉々になるけどな、それ。……で、副作用の方はどうなったんだよ?」

「? 何だよ、まだ分かんないのか来都?」

 俺の問いに「おっかしいな~」と唇を尖らせる虎石。

 口振り的に〝目に見える〟タイプの副作用なんだとは思うけど、俺には何も──

「……って、ん?」

 降参の意を伝えようと視線を持ち上げたところでようやく気が付いた。コ○コロの主人公みたいだった虎石の髪が、さらに主人公感を増している。

「髪が、立ってる……静電気?」

「正解!」

 自らの《才能》を使っている間は、常に髪が逆立ち続ける──。

 虎石銀磁の抱える副作用は、そんな些細なモノだった。


(──あ)

 虎石によるパフォーマンスを一通り楽しみ、次の授業の準備を始めた頃。

《磁由磁在》を付与したままにしてもらったシャーペンが机の上から転がり落ちた。

 唐突に乱心した御手洗が窓からペンを放り投げたのか、とも思ったけれど、実際は俺の手がぶつかってしまっただけだ。左脇の床でカツンと軽い音が響く。

 すぐさま拾い上げようと身体を捻って、左手を伸ばした──、だった。

「──ふふ。ごめんなさい、積木さん。先に拾っちゃいました」

「ッ……!?」

 囁くような声音に思わずドクンと心臓が跳ねる。

 それは──その声は、左隣の席に座る少女のものだった。まず目に付くのは、透き通るような銀色の長髪。まるで童話の中のお姫様みたいな、ふわふわとした柔らかさと上品な雰囲気が同時に体現されている。瞳はサファイアみたいに綺麗な青。好奇心旺盛な猫の如く、吸い込まれそうなくらいに大粒だ。肌なんか雪みたいに純白ですべすべで、一切の汚れを知らない箱入り娘……といった様相ですらある。

 そんな彼女は、俺が落としたペンを拾ってくれたようだった。日焼け対策なのか常に付けている黒い手袋の上に、お目当てのシャーペンがちょこんと乗っている。

(……手袋、か)

 永彩学園ここの服装規定はそう厳しい方じゃない。というか、むしろ緩めの部類だ。

 何ならこのクラスには、頭から漆黒のローブを被った中二病全開の女子だっている。

 だけど、これはじゃなくて──

「……積木さん? ペン、要らないんですか?」

「え? あ、ああ……いや、えっと。要る、要ります」

 不思議そうな瞳で見つめられてようやく我に返る。マズい、このままじゃ不審者だ。

「ありがとな、

「いえいえ、隣の席のよしみですから」

 手袋越しにペンを受け取った俺が感謝を告げると、彼女はふわりと笑みを──それも男女問わず誰もが好感を覚えるだろう笑みを──浮かべてみせる。それから耳に掛かった髪を指先で軽く掻き上げると、斜め下から俺の顔を覗き込んできた。

「というか……むしろ、もう名前を覚えていただけていたなんて嬉しいです。あまりお話をしてくれなかったので、すっかり嫌われているのかとばかり」

「……そんなんじゃないって。単純に、女子と話すのはハードルが高いんだよ」

「ふふっ、そういうことでしたか。でしたら、私とお揃いですね」

「お揃い?」

「はい。私も、いつか積木さんとお喋りしてみたかったんですが……男の人に声を掛けるのが緊張してしまって、なかなか一歩を踏み出せずにいましたから」

 てへ、と付け加えて舌を覗かせる隣の席の圧倒的美少女──天咲輝夜。

 見ての通りずば抜けて優れた容姿を持つ彼女は、1─Aの男子連中から凄まじい人気を集めている。振る舞いは清楚にして可憐、柔らかな笑顔は常に周囲を和ませ、心地の良い声は天使の福音……というのは誰かの談だけど、特に否定の言葉は思い付かない。一条さん命の俺でもうっかり見惚れてしまうくらいの美人さんだ。

 そんな彼女に〝てへ〟なんてされた日には、心拍数が大変なことになってしまう。

「え、えっと……」

 だけど俺は、荒れ狂う心臓をぐっと無理やり抑え付ける。

 それは、もうすぐ次の授業が始まってしまうからというのもあるし、全く別の理由もあった。頭を過ぎるのは例のミッション──【天咲輝夜を■■■■すること】。その準備は順調に進んでいるけど、だからこそ油断は禁物だ。必死で表情を取り繕う。

「とにかく、拾ってくれて助かった。なくなってたら途方に暮れてたところだ」

「……ふふっ。はい、そうですね」

 挙動不審な俺を大きな目でぱちくりと見つめていたものの、やがて可憐な笑みを浮かべる天咲。身体を前に向け直した彼女は、微かに口元を緩めてこう言った。


「そうなったら、きっと【怪盗レイン】の仕業だと思われてしまいますから」

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