第一章/永彩学園と怪盗レイン(5)

  #5

(【怪盗レイン】……か)

 続く英語の授業中も、天咲の意味深な発言は俺の脳内でぐるぐると回っていた。

 どこかに潜伏しているという噂のある【怪盗レイン】。そして、この1─Aで頻発している小物の盗難事件(まあ実態はせいぜい〝移動〟だけど)こと五月雨事件。

 両者が本当に関連しているのかどうかは、ひとまず置いておくとして。

(これまで被害に遭ってるのは、四人……)

 楽しい《才能》関連の授業ではなく英語の時間だから、というわけでは断じてないけれど、やけにスカスカなノートの端に五月雨事件の経緯を書き留める。

 事件の被害者(?)は今のところ四人。時系列順に男子、女子、女子、男子となっていて、特別な法則は見当たらない。なくなったものは消しゴム、定規、ノート、シャーペンの芯といった文房具ばかりで、いずれも近い場所から発見されている。

 他に何かしらの共通点を探すとすれば、

(……犯行時間)

 くるっ、とノート上に羅列したその項目に大きく○を付ける。

 正義感の強い後輩系黒髪ポニテ女子こと鳴瀬小鞠の調べによれば、五月雨事件はどれも授業中に起こっているらしい。大勢の監視を物ともしない大胆不敵な犯行計画。

 そして、もう一つは──だ。

(最初の被害者は、俺の二つ前の席……そこから右隣、右斜め前、最後がその一つ前。全員右利きで、文房具は机の左端に寄せてるやつばっかりだ)

 捕獲者、というか探偵気分で状況証拠を挙げていく。

 もしここまでの推測が正しいなら、五月雨事件は毎回似たような状況で行われていたことになる。被害者は教室の真ん中から右側の辺りに集中していて、なくなった小物は机の左サイドに寄せられていた。ターゲットにできる〝場所〟に縛りがあるようだ。

 ……なら、やっぱり。

 次に狙われる相手も、盗られる小物も、自ずと候補が絞れて──

「──ッ!?」

 瞬間、視界の端をキラリと輝く何かが掠めた。

 目を凝らしていなければ気付けなかっただろう些細な違和感。そんなモノを偶然にも視認した──ではなく、俺は直ちにとある行動に出る。

(間に合……えッ!)

 五月雨事件に関するあれこれを書き留めるのに使っていたペンを床に落として。

 教室後方に狙いを定め、上履きの踵で思いきり蹴飛ばす。

「「「──へ?」」」

 そんな奇行とほとんど同時に起こったのは、今度こそ誰もが気付ける明確な異変。

 手袋だ──黒いレースの手袋が、1─Aの天井間際まで高く舞い上がっていた。空気抵抗を受けてひらひらと滞空していたそれは、やがてゆっくりと降下してくる。

「って……な、何だなんだぁ!?」

 そうして着地点に選ばれたのは虎石の席だった。

 タイミングよく手袋をキャッチした彼は、そのまま困惑気味に辺りを見回す。

「急に手袋が降ってくるなんてツイてないぜ……でもこれ、どっかで見たような──」

「そ、それ! それって、じゃないですか!?」

 彼の疑問に応じて立ち上がったのは他でもない鳴瀬小鞠だ。

 真面目な彼女は、ポニーテールを背中で跳ねさせながら勢い込んで力説する。

「手袋が勝手に空を飛ぶなんて有り得ません。これはもしかして……いえ、もしかしなくてもです! さぁ、出てきてください──【怪盗レイン】さん!」

「か、【怪盗レイン】って……」

 鳴瀬の啖呵を皮切りに、教室内が騒然とした空気に包まれる。

 早くも発生した五月雨事件の〝五件目〟……それは、これまでのものとは少しだけ傾向が違う。盗られた、もとい移動したのは天咲輝夜の手袋。机の上の文房具ではなく、身に着けていた装飾品がどうやってか唐突に宙を舞った。

 これは確かに普通じゃない、と──つまりは才能犯罪の気配だ、と。

 永彩学園にいるからには誰もが捕獲者の卵だ。単なる不安だけでなく警戒や気迫が場を支配する。奇妙な事件を解決してやろうと、クラス中が色めき立つのが分かる。

 それをまとめて遮るように、俺は頃合いを見て静かに挙手をした。

「あー……その、ちょっといいか?」

「「「?」」」

 当然のように集まる注目。

 臆さないよう右手の指先で頬を掻きながら、例の手袋を持った虎石銀磁に声を掛ける。

「なあ虎石。さっきさ、俺と御手洗のペンに《磁由磁在》を使ってくれただろ?」

「へ? お、おう、そうだな。そのせいでオレの髪は今も立ちまくってるぜ」

「そうだったな。……で」

 ちら、と視線を隣に向ける。

 左隣──そこに座っているのは、1─Aの筆頭美少女である天咲輝夜だ。彼女の右手には普段から付けている黒い手袋がない。愛用の手袋が狙われたからか、もしくはがあるのか、天咲は少しばかりの動揺を表情に張り付けている。

 それを確認した俺は、ちょっとした苦笑を零しながら〝魔法の言葉〟を紡ぎ始めた。

「俺、実はさっきそのペンを落としちゃってさ。天咲に拾ってもらったんだ」

「……? それがどうしたんだよ、来都?」

「いや。確か、虎石の《磁由磁在》って……転移するんだったよな?」

 髪をツンツンに逆立たせた虎石が「!」と大きく目を見開く。

 効果対象の転移──それは、彼の《才能》に含まれるルールの一つだ。休み時間中に語っていたことであり、もちろん《解析》でも確認できる。《磁由磁在》の影響下にある物体を他の何かに長時間触れさせると、効果が丸ごと転移する。

「ん……そうだね、多分来都の推測通りだと思うよ」

 そこへ同調の声を上げてくれたのは、俺の三つ前の席に座る御手洗だ。

 彼は小さく肩を竦めながら、文房具の類を何も持っていない両手を広げてみせる。

「ボクのペン、ついさっきどこかに飛んでいっちゃったから。きっと、微妙な距離の違いか何かで急激な引力が働いた……ってところじゃないかな?」

「じゃ、じゃあオレの《磁由磁在》が暴発して、天咲サンの手袋を……くっ!」

 レースの手袋を握り締めながらふるふると震えていた虎石は、やがて意を決したように立ち上がると、大きな歩幅で俺の──ではなく、天咲の机の前までやってくる。

 そうしてがばっと頭を下げた。

「すまねえ、天咲サン! 今回の件は【怪盗レイン】じゃなくてオレの失態だ。煮るなり焼くなり好きにしてくれぇ!!」

「……いえ。それには及びませんが、ちょっとだけ心配です。もう、飛ばないですか?」

「ああ! 《才能》は解除した、オレのしっとりヘアがその証拠だっ!」

 ビシッと自身の頭を指差すお調子者の発言に、クラス内が和やかな笑いに包まれる。

 やがて、しばらく呆気に取られていた英語教諭(いくら永彩学園と言えども一般科目を教えてくれる先生は才能所持者に限るわけじゃない)の号令でみんなが席に戻る中、俺は机の下で密かにを回収して。

「…………」

 そんな俺の姿を、左隣の天咲輝夜がじっと無言で見つめていた──。

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