10

「まだ小さかったけど、あんたも覚えているでしょ? あんたの父さんは、そりゃあ、すごい人だったんだよ。スポーツ万能、頭もよくて、なんでもできて。おまけに強くて、やさしくて、かっこよくて……」


 あの、母さん。


「話し、脱線してる」


「うるさいっ!」


 えー……


「とにかくっ! 母さんは生きてたころの父さんと約束したんだから。あんたを立派な一人前の男に育てるって。ねえ、メイヤ。あんたは明日の誕生日で、十五歳になるんだよ? 今年は受験生なんだし、そろそろしっかりしないといけないのよ?」


 片親でもひとり息子を立派に育てる。父さんが死んだ約十年前から、百万べんも聞かされている。


「父さんの最後のセリフは『おれがいなくても、二人で力を合わせて、強く生きていけ』だったんでしょ。もう聞き飽きたよ」


 ぼくが言うと母さんは口をとがらせた。


「あんたねえ。だいじなことなんだよ。だって、父さんはねえ……」


 やばい。


 また長い説教が再開しそうだ。


 ぼくはさっさとコンバースのオールスターを脱ぐと階段をあがる。二階にある自分の部屋に避難した。


「ちょっと、メイヤ! 待ちなさい!」


 うしろから母さんの声が追う。


「だめだ! ぼく、やっぱりまだ体調悪いから部屋で寝る。晩ごはんもいらないから、母さんも気にしないで仕事やってて。締め切りが近いんでしょ」


 ぼくは言いたいことだけ言って部屋に入ると、鞄の中身を机の上に投げ散らかし、制服のままうつぶせにベッドに倒れた。


 これがぼくの目に見える一日だ。


 すげーイケてて、楽しそうな毎日だろ?


 だが、ぼくの一日はこんなものではまだ終わらない。


 ここから先は目に見えない、もうひとつの一日の始まりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る