第2話 長次郎の場合
ビジネスのアイディアが、突然下りてきたからだ。
——家族が生活する家を内見するというのはどうだろう?
人は他人の生活を見たがる。何故だかは知らないけど。
テレビがすたれてネット配信の時代になっても、ドラマが作り続けられているというのはそういうことなのだろう。
この人類の不思議な習性を、不動産の仕事に当てはめるとしたら?
ずばり、他人が生活している家を内見しに行く、ということになる。
「しかし、かなりの準備が必要になるな……」
この計画を実現させて売上に繋げるには、内見するお客に夢を見させる必要がある。
でも、大きすぎる夢は逆効果だ。自分たちには不可能だと気付いてしまうから。
買えそうな土地の広さ、効率的な間取り、そして仲の良い家族。
この三つが揃ってこそ、お客は「ああ、自分もこんな生活を送りたい」と強く願ってくれるはず。
そのためには、この内見用の家は高級住宅街に建てなくてはいけない。
いわば借景の効果だ。
同じ間取り、同じ陽当たりの家でも、高級住宅街にあるのと郊外にあるのとでは印象が全く違う。内見するお客はそれに気付くことなく高級住宅街特有の「素敵さ」を味わってしまい、郊外でもそれが実現できると勘違いしてしまう。そして「ああ、あの感覚は高級住宅街効果だったんだな」と気付くのは家の引き渡しが終わってから。我々の手から離れた後だ。
別にこれは違法でもなんでもない。お客にちょっぴり夢を見てもらうだけ。住宅展示場の家の網戸がすべて外されているのと同じことだ。
その時、社員が社長室に飛び込んできた。
「社長! グッドニュースです。社長が望んでいた恵比寿の土地を、売りたいという地主が現れました!」
ふふふふ、これは天の啓示か。
「よし、その土地を買うんだ。いくら積んでもいい。値下げ交渉ができたら、それはお前の手柄にする」
「わかりました、社長!」
社員が部屋を出た後、俺はスマホを取り出す。
そして幼馴染に電話を掛けた。住宅建築メーカーのエビシュホームの社長をしている友人に。
彼とは先日一緒に飲んでいる時に計画を打ち明け、意気投合していた。
呼び出し音が鳴っている間、俺の頭の中には次から次へとやるべきことが浮かび上がって来る。
土地の購入、内見用住宅の設計、そして建築。
「特別な賃貸契約書も作らなきゃだな……」
内見用の住宅が完成しても、中に住む人がいないと計画は完結しない。
そのためには特別な契約書が必要になるだろう。
人が生活している家を内見用にするには、そこに住む人に事前に通知して納得してもらうことが前提となる。そして「プライバシーの侵害じゃないか」と訴えられないよう、契約書に明記しておかなくてはならない。
まあ、そんな家、普通の人は住まないだろう。
「でも、世の中にはきっと、とんでもない物好きがいるはず」
不動産屋としての感が、そう叫んでいた。
今まで、本当に色々な人と賃貸契約を結んできたのだから。
この時の俺は、計画の成功を微塵も疑ってはいなかった——
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