内見家族(KAC20242)

つとむュー

第1話 客子の場合

 多田野ただの客子ようこは驚いた。

 内見で訪問した住宅に、人が住んでいたから。

 それもごく普通に、生活していた——



 天気の良い日曜日のこと。

 ネット関連のビジネスが好調な客子は、一戸建ての購入を検討しようと家族で中目黒の不動産屋を訪れた。

 好調と言っても年収が一千万を超えた程度だから、ポンとキャッシュで払えるわけではない。でも夫の給料と合わせれば、郊外に一戸建てをローンで買えるくらいの収入はある。今は一歳の長男だけど、これから大きくなれば走り回るし騒ぎまわるだろうし、今のアパートでは周囲に迷惑をかけること間違いなし。あと、ペットも飼いたいし。


「それだったらお客様にピッタリの物件がありますよ」


 訪れた不動産屋、勝時期かつとき不動産では若社長が直々に対応してくれた。

 ブランドスーツに身を包み、年齢は四十前後という感じ。

 すらっとした長身で、十数年前はきっと好青年だったのだろう。


「今、エビシュホームと一緒に注文住宅をやってるんですよ。内見できる素敵なお家があってですね……」


 えっ、注文住宅?

 それって新築じゃん。

 いやいやいやいや、いきなりそれは無理だよ。

 中古で十分、私たちには。

 建売だって何千万もかかるんだから、注文住宅なんて夢のまた夢。


「ちょっと見に行きませんか? 見るだけならお金もかかりませんし」

「そ、そうですね。み、見るだけなら……」


 こうして客子は、社長の笑顔に負けてしまったのだ。



 ◇



「場所は恵比寿なんですよ」


 車を運転しながら、社長はさらりと言う。

 どうりで都心に向かってるわけだ。不動産屋が中目黒だから、目黒通り辺りかと思っていたら、まさか恵比寿とは!?

 それにしても、恵比寿の一戸建てを内見できるとは思ってもみなかった。

 どんなところなんだろう、と期待していると車は高級住宅街に入っていく。

 この辺りの高級住宅街は、土地の値段だけでも坪数百万はすると聞いたことがある。三十坪あったら億は軽く超えるだろう。


「はい、着きましたよ」


 一軒の家の前で社長は車を停止させる。

 南側が道路に面した陽当たりの良い二階建ての家だ。塀があってちゃんとは見えないが、小さいながらも庭がある感じ。土地は四十坪はあるんじゃないだろうか。

 社長はスマホを取り出し、何やら操作を始めた。

 すると玄関脇の小さな電光掲示板に『内見中』と表示されたのだ。


 内見の表示?

 なんでそんなものがあるんだろう、という疑問はさらなる驚きにかき消されることに。

 社長が呼び鈴を鳴らし、「都荷みやこにさーん、内見、入りますよ!」と声をかけると、中から女性が出てきたのだ。


 ええっ、もしかしてこの家、人が住んでるの!?



 ◇



「ようこそ、お越しくださいました」


 玄関から出てきた女性は、私たちに向かって二コリと微笑む。そして玄関に招き入れてくれると、スリッパを出してくれた。

 私は靴を脱ぎながら玄関を観察する。

 はたしてこの女性はこの家の住民なのか、それとも社員なのか?

 玄関には女性のものと思われる靴に加えて男性ものの靴、そして小学生くらいの子供の靴も置かれている。まさか小学生社員——が存在するとは思えないし。

 じゃあ、やっぱり、この家の住民?

 女性の後に続いて家の中に入ると、後に続く夫も長男を抱っこしながらキョロキョロと玄関を観察していた。


「ここがリビングです」


 玄関からすぐの部屋はリビングだった。

 南側と東側の窓から陽の光が入って明るい素敵な部屋だ。広さも八畳を超えている。

 壁には大きな液晶テレビが鎮座していて、親子がテレビゲームに興じていた。


「ほら、ゲームばかりしてないで。内見のお客さんよ!」


 女性が注意すると、親子はこちらを向いて小さく首を垂れて挨拶する。そしてすぐにゲームに戻ってしまった。


「ごめんなさいね。内見のお客さんだというのに」

「いえいえ。うちの旦那も、この子が大きくなったらたぶん同じだと思いますから」


 微笑む女性につられて、私もつい笑ってしまった。

 これぞ日曜日のリビング。ドラマで見るような家族の団らん。

 一瞬でこの家が好きになってしまう。

 それにしても生活感がある割りにはちゃんと片づけられている。もし家を購入したとしても、ここまで綺麗にできる自信はなかった。


「こちらがキッチンです」


 すぐ横には、リビングを見渡すことができるカウンターキッチンが設けられていた。

 そうそう、こういうキッチンがある家に住みたいんだよね。

 女性に続いて私もキッチンに立ってみる。

 これこれ、これだよ、私がずっと憧れていたのは。こんな風に、陽当たりの良いリビングでゲームを楽しむ夫や息子を眺めてみたい。

 奥には階段があって、二階の子供部屋も見てみた。が、キッチンでの体験が素敵すぎて私はずっと夢見心地だった。



 ◇



「いかがでしたか?」

「もう、素敵でした!」


 帰りの車中、社長の問いかけに私は即答する。

 理想の家族の姿を、ドラマで見せつけられたような気がしていたから。

 いや、実感したと言ってもいい、キッチンに立った時に。何て言えばいいんだろう、確かに心が強く動かされた。


「似たような間取りならすでに設計図がありますので、建売に近い価格でやらせていただきますよ」


 それは嬉しい提案だ。

 建売に近い価格なら、私たちにも手が届くかもしれない。

 隣に座る夫も、長男を抱っこしながら頷いている。


「ぜひ検討させて下さい」


 そして最後に、ずっと感じていた疑問を社長にぶつけてみる。


「ところで、内見の時のあの家族は、あそこに住んでいるんですか?」


 すると社長は、よくぞ訊いてくれたという口調で答え始めた。

 どうやらあの内見ハウスは、この不動産屋のウリらしい。


「そうなんですよ。特別な契約を結んであの家で生活されている家族なんです。素敵な方たちですよね」

「ですね。あんな風に日曜日を過ごしてみたいです」


 特別な契約なのか……。

 その時は、へぇ、そういうもんなんだとしか思っていなかった——

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