第9話  五月十日 決戦前夜

「榎本さーん、何やってんですかー、髭に卵白なんか塗って生臭くないんですか?」

「大鳥君、紳士の身だしなみですよ。貴方も私を見習ったらいいんですよ。野暮ったいたらありゃしないんだから。」

「急いでくださいって言ってんでしょう、武蔵楼の女将を怒らせたら面倒なんだから。」

「永井さん、上着とズボンあってませんよっ。あんた等ちゃっちゃとしなさいよ、まったく。」

「今日のこの日をずーっと待っていたんだよねー。」

「土方さん、外出禁止令を引いちゃってさー。」

「ところで土方さん今日来ないんだって。、どうしたのかなー。」

「大鳥君、土方さん来ないの嬉しいんじゃないの。」

「そうだよ、いじめられなくていいもんな。」

「松平さん、永井さん。一番喜んでいるのは榎本さんだよ。ねー、榎本さん。」

「皆さん、今日は送別の宴だってこと忘れてんじゃないの。」

「送別の宴じゃなくて決起大会じゃないの。」

「大鳥君、最初私が総裁として話をします。厳粛に話しますのでよろしく頼みますよ。」

「榎本さん、あんた話し出すと長いんだよね。それに途中で話がこんがらがって支離滅裂、最低ですよ、今日は短く頼みますよっ。」

「榎本さん、本当は参加したい幹部が二十人ほどキャンセルしたんだよね。理由はあんたの演説だって。笑えるよなー。」

「私は餅をついたような男」って言われたよね。こないだ私を裏切って私を牢屋に入れたこと忘れてないんだよ。脱出は私と荒井君の二人で行います。あんた等は絶対連れて行くもんですかっ。」

「最近何かあればそればっかり聞き飽きちゃいましたよ、ねぇ松平君、永井さん。」

「着きましたよ、みんな揃ってるのかなーー。」

「女将、世話になるよ。」

「土方さんは一緒じゃないのかい。」

「彼は今日欠席なんだよね。」

「流石、土方さんだねー、世間じゃ今日明日にも新政府軍が攻めて来るって言ってるのにこんなとこでどんちゃん騒ぎしていいのかい。あんた達らしい馬鹿さ加減だね。」

「今日は静かに飲んで帰るよ。」


二階の部屋には参加者全員揃っているいた。


「皆さん、始めましょう。」

「土方さんがまだ来ていませんけどー。」

「土方さんは今日来ません。」


「えーっ、土方さんに会えると思ってわざわざ来たのに。皆帰ろうぜ。」

「それに薩長が今日明日にも攻めてくるかもしれないのに何考えてんのさ。」

「だからこそこうして集まってもらったんです。新政府軍は大したことありません。」

「あのさー、あんた戦ってねぇじゃん。」

「そうだよっ、五稜郭でこそこそ内緒話しばっかりしてるって聞いたけど、馬っ鹿じゃねぇの。」

「どうせ今日も延々としゃべって自己満足するために俺達呼んだだけじゃん。」

「話なんかいらねぇから隅で大人しく飲んでなさいよ。おい、だれか乾杯の音頭取ってくれよ。」

「では、私が。」

「大鳥、あんたも馬っ鹿じゃねぇのか引っ込んでろ、コノオタンコナスが。」

「土方さん居ないから新撰組隊長の森さんお願いします。」

「それでは私森常吉が乾杯の音頭を取らせて頂きます。皆さん、カンパーイッ!」


明日にも死んでいくかもしれない者の集まりだ、榎本に遠慮する必要がどこにある。

皆言いたい放題悪態をついている。


「榎本さんせっかく徹夜して考えた演説文無駄になっちゃいましたねー。」

「大鳥君、本当だよね。かなり四文字熟語を織り交ぜて作ったんだけど話せなくて残念だよ。永井さん、松平君、荒井君、大鳥君、今ここで聞いてくれないかなー。」

「また次の機会と言うことで。さっ皆さん呑みましょう。」

「次の機会っていつなのさー。」

「カンパーイ!」


榎本はふてくされてほかのテーブルを回りだした。


「皆、新政府との戦い頑張って下さいよ。私も頑張りますから。」

「あのさー、あんた何頑張るっていうう、何にも出来ないしょっ。あっち行ってくれる。」

「みんな、新政府軍はどうですか。」

「あっち行け、酒がまずくなる。

「森君、弁天台場は大変だよね。敵艦撃沈頼みましたよ。」

「そう大変だよ、あんたが開陽はじめ何隻も沈めてしまったからね。どっか行ってくんない。」


榎本は大鳥たちのテーブルに戻ってきた。


「榎本さん、皆に声かけたんですかー。」

「みんな喜んでましたよ。榎本さんに声かけてもらったんで勇気百倍になったってね。」

「うそばっかり、みんなすごい形相であんたを睨みつけていたじゃないの。」

「確かに、中にはそういう人も居たけど大方は喜んでましたね。」

「さっ、皆さん飲みましょう、飲みましょう、カンパーイ!」


そのころ土方と中島は柳川熊吉と会っていた。


「爺さん、明日薩長と決戦することになりそうだ、箱館市中の人に迷惑かけちまう。済まねぇ。」

「土方さんよ、約束したことは命に代えてもやり遂げる、案してくんな。」

「親分、何故そこまでしてくれるんだい。」

「中島さん、わしは土方さんに惚れこんじまったんだ。この人は真っ直ぐな人で部下から慕われている。見てりゃぁ分かるんだ。その人が頭を下げた。断る理由はねぇだろう、土方さんも中島さんも死ぬんだろう。安心して戦って立派に死んだらいい。」

「ありがとう親分。安心して死ねるよ。」


「あれー、みんな帰っちゃったの、挨拶もしないで帰るなんてどういうこと。」

「唾はいて帰った奴もいたんだから、榎本さん相当嫌われてますよね。」

「ところで榎本さん、脱出するんですか。」

「当然実行しますよ。土方さんもいいって言ってたしさー。」

「今日、澤君も鹿部から五稜郭に来ているはずですよ。」

「流石榎本さんだ、手回しがいい。私達もお供しますよ。」

「私は荒井君と二人で行くんです。見送りは結構ですから。」

「冗談きついなぁー、榎本さん一生付いていきますから連れてって下さーい。」

「考えておきましょう。」


それからの大鳥、永井、松平は聞くに堪えないおべっかを連発、それを聞いた榎本はべろべろに酔っぱらいながら土方歳三の悪口を大声で叫び続けた。」


「あんたら何時まで店にいるんだっ、閉店の時間はとっくに過ぎてんだョッ、それから榎本あんた土方さんの悪口言ってんじゃねぇぞっ!!さっさと帰んなっ。」

「女将、本当に申し訳ありませんでした、帰ります。」


四人は最敬礼して武蔵楼を出た。

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