第8話  新政府軍乙部に上陸

四月九日、新政府軍の第一陣が乙部に上陸した。新政府軍は江差に向け猛烈な艦砲射撃をしてきた。江差奉行の松岡次郎四郎はかねてからの土方の約束通り早々に松前に退却していった。新政府軍は乙部に上陸し江差を奪還した。その足で松前に向け進軍して行った。

次に、新政府軍は松前城に向け艦砲射撃を繰り返し新政府軍陸軍も松前に入った。


「土方さん、青森の動きが活発になって来たと言う報告が入って来たよ。」

「榎本、鷲の木から鹿部を守っている衝鋒隊を木古内に移動させろ。」

「土方さん、敵は鷲ノ木に上陸する可能性はゼロじゃないよ。移動はさせられないよ。」

「大鳥、まだそんなこと言ってやがるのかっ。榎本、作戦に関しちゃ口出ししねぇんじゃねぇのか。」

「上陸地がはっきりしてからでも遅くないでしょう。」

「江差・松前・福山・木古内・矢不来・有川は出来るだけの事はした。人見・松岡・伊庭・天野・永井・滝川・星・春日君にも作戦は徹底してある。大鳥、皆が言っていたぞ、「大鳥さんは現場に来なくていいですから」ってな。それから榎本お前にも伝言がある。「戦を知らない榎本さんが五稜郭から命令出されたら勝てる戦も大負けになります。余計なことしないように。」だってよ。」

「土方さんが「チャラ男」とか「常負将軍とか言いふらすもんだからみんな調子に乗ってるんだ。」

「最近では私の話を聞こうとしないんですよねー。土方さんに聞くから結構ですだって。嫌になっちゃいますよ。」

「大鳥君、貴方はまだいいよ、僕なんて「政府軍のスパイ」って言われてんだよ。こないだなんて、「おいスパイ、荒井と一緒に牢屋に入っていやがれ」だってさ、酷くない。」

「榎本、大鳥、松平、永井、それと荒井に言っておく事がある。座ってくれ。」

「土方さん、どうしたのよ改まったりして。」

「俺は二股の守備に行く。二股が片付いたら弁天岬砲台及び千代ヶ岡砲台の応援をしなきゃならねぇ。今後お前等と会ってしょうもない話をする時間はねぇ。だから今言っておく。榎本、五稜郭から脱出するならしたらいい。ただ有川と弁天岬砲台が堕ちてからの話だ。有川と弁天岬が堕ちれば脱走する者も多数出るだろう。降伏状を薩長に出した深夜に実行するんだな。いいか分かったな。」

「土方さん、何言っちゃってんのさー、僕たちがそんな事する訳ないっしょ。仮にも総裁なんですよ。なんか悲しくなって来たよなー。そんな風にみられていたなんて全然知らなかった。大鳥君、悲しいよね。」

「榎本、もういい。おれや中島親子、伊庭なんかは死ぬためにここ箱館に来たんだ。榎本はオランダで死に物狂いで勉強して来たんだろう。その勉強してきた知識を役立てたいと思ってんだろう。いいんじゃねぇのか。俺は、各隊長達に部下を殺すなって言って来た。薩長憎しでここに来た者、勢いに駆られて何となく着た者、親・嫁・子供を残してきている者。死にたい奴等は潔く死ぬ、そうじゃない奴等は死なせるなって事だ。」

「土方さん、どうしてそんなこと言うのさ。」

「お前達の行動見ていたら馬鹿でも分かるさ、それにブリュネが考えた作戦、あれはお前達が脱出し易くする為の作戦だったんじゃねぇのか。大鳥、色々悪態着いたが悪かったな、榎本、チャラ男を直せ。みっともねぇから。それと荒井を回天艦長として警備に当たらせろよ。」

「土方さん、そんな優しいこと言われたら泣いちゃいますよ。僕、土方さんの事嫌いじゃなかったんです。」

「土方さん、立派に死んでください、その分私必死で生きます。安心して下さい。」


伊庭遊撃隊と春日左衛門率いる陸軍隊を中心とする五百名が江差奪還を試みた。優勢に攻撃をしていき江差に向かったが新政府軍が木古内に向かっていると言う情報を得たので松前に戻った。旧幕府軍の松前での戦死者は四十名以上に達した。

四月十二日、陸軍奉行大鳥圭介の指揮の下、伝習隊、額兵隊など五百名が木古内に布陣した。

四月二十日未明から昼頃まですさまじい激戦が続けられていたが旧幕府軍の戦死者は七十名以上に達した。その後本多幸七郎率いる伝習隊が救援に駆け付けた。知内で孤立していた彰義隊三百名の救出に成功している。

個々で、鳳陸軍奉行は木古内を放棄し、矢不来マテ後退すると言いだした。

「諸君、木古内を放棄し矢不来まで退却する。速やかに準備にかかってくれっ!」

「馬鹿言わんでくださいっ、大鳥さんは作戦に口出ししないことになっているじゃないの。木古内はまだまだいけますよっ!何、ふざけたこと言ってんだょ。」

「伊庭君の言うとおりだっ、何故矢不来に行くんだ、理由を言ってくれませんか。」

「本多君、榎本総裁からの命令なんだよね。」

「彼奴(榎本)に何が分るって言うんだ、本当に噂通り馬鹿ばっかりだ、話にならん。」

「春日君馬鹿とはなんだ、陸軍奉行に対して言葉が過ぎるではないか。」

「何言っちゃってんの、八百長選挙で陸軍奉行になっただけじゃないの?違いますかー、俺達の陸軍奉行は土方さんなんだよねー」

「それに今、木古内を捨てたら二股で戦っている土方隊が挟撃されるくらい分からんか、ホントに馬鹿だよ。」

「それから五稜郭からの命令だとかで勝手に作戦変えるの止めてくれませんかー迷惑なんですよねー皆もそう思いませんか?」

「伊庭君の言うとおりだよなー、戦素人同然の人に偉そうに指図してほしくなーい。」

「大鳥さん、五稜郭に帰ってもらえませんか。」

「俺達だけで戦った方がスムーズにいくんで。」

「お願いだから、矢不来で体勢を立て直してよ。約束したら五稜郭に帰るからさー」

「伊庭、本多,俺の方から土方さんには状況を伝える。お前達は矢不来に向かってくれ。」

「皆さん、俺が殿やりますから安心して下がって下さい。」

「伊庭、悪いが頼んだぞっ」


遊撃隊は「殿」として最後尾に移った。

深夜になって新政府軍が乱射してきた。遊撃隊は防戦したが隊長の伊庭が銃弾に倒れた。即死ではなかったがかなり危ない様子だ。小舟に乗せられ五稜郭に向かった。遊撃隊は見事殿を務めて矢不来に到着した。

翌朝早朝、矢不来砲台に新政府軍の艦砲射撃が轟いた。矢不来砲台は徐々に押されていった。永井蠖伸斎と天野真太郎が銃弾に倒れて行った。

一方、二股口を守備していた土方隊は新政府軍を上手にあしらいながらの進撃を食い止めた。ただ木古内を奪われ、矢不来も墜ちたら挟撃される恐れがあると言う理由から五稜郭に戻らざるを得なかった。この戦闘での土方軍の戦死者は八名とされている。如何に土方の指揮が優れていたかを物語るものであったと言う。箱館五稜郭に戻った土方は、榎本一派を呼んで軍議を開いた。


「榎本、もう終わりだな敵は有川を堕とした。箱館山・弁天砲台・千代ヶ岡砲台も時間の問題だろう。」

「土方さん、もうどうにもならないの?」

「ならんな。」

「榎本、降伏のタイミングしくじるなよ。俺は、五稜郭・千代岡・一本木関門・弁天の線を守る。永井、お前歴史に残りたくはないのか、今まで何にもしてねぇじゃねぇか。」「土方さん、それはきつい、きついなー。」

「うるせぇ、何にもしてねぇのは事実だ、松平もなっ。いいか弁天砲台が堕ちそうになったら俺は救援に向かう。其時合流して救援するぞって格好だけでもしろっ。そしたら歴史に一行くらいは残るだろうよ。松平もだぞ。「何もしなかった松平太郎」なんて書かれたらこっぱづかしいだろうよ。榎本、大鳥、脱出上手くやれや。じゃぁな。」


土方は、土方付きの少年兵市村鉄之助と和田市蔵を部屋に呼んだ。


「土方先生、何かありましたか?」

 「鉄之介、市蔵、お前ら二人に頼みてぃことがある。これを日野村まで届けてくれねぇか。写真と、頭髪と辞世の句だ」

「先生、何言ってるんですか。何で僕らなんですかっ。他の人にして下さい。」

「そうですよ、鉄之助の言うとおりですよ。僕らは最後まで先生の傍にいるっていつも話してんです。絶対嫌ですからね。」

「先生は僕にとって父上そのものなんです。先生のおそばで最期までいると決めているんです。後生ですから訳の分からないこと言わないで下さい。」

「鉄之介、市蔵、俺にとってこんな大事なこと他の誰かに頼めると思っているのか、お前達二人は俺のすべてを見てきた、それを日野に帰って話してほしいんだ。頼めるのはお前達しか居ねぇんだ、分かってくれるか?」

「先生、先生、」

「土方先生、父上と言ってもいいですか?この鉄之助と市蔵で命に代えても日野に言って大切なものをお渡しすることを約束します。」


二人は土方に抱き付いて泣いている。

土方は、二人の耳元に「イギリス商船の船長に渡す手紙が入っている。この手紙を渡したら江戸まで乗っけてくれるから安心しろ、小遣いも用意しているから二人で分けてくれ。」優しくそう言った。そして二人に短刀を「俺の形見」と思って受け取ってくれと言って見送った。

二人は、何度も何度も振り返っては「土方先生っ」「父上っ」を繰り返していた。


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