第7話  宮古湾海戦

「土方さん、新井君・甲賀君とフランス海軍士官候補生のニコール君と話しをしたんですが、ニコール君が面白いことを言うんですよ。西洋の海戦ではアボルタージュという戦術があるると言うんです。仮に幡龍でストーン・ウォール号を分捕りに行く際、番龍は外国の国旗をマストに着けてストーン・ウォール号に近寄るんですって。そして超接近したら日章旗に取り換えてストーン・ウォール号を分捕ると言うものです。」

「榎本、それってだまし討ちじゃねぇのか。」

「国際法で認められている戦術だそうですよ。」

「土方さん、私も坂本君から聞いたことがあります。」

「坂本ってどこの坂本だ。」

「土方さん、あんたもよく知っている坂本龍馬君ですよ。」

「中島さんは、坂本を知っているのか?」

「話せば長くなるんで詳しいことは後程にするとして、アボルタージュは数百年前にはやった海軍の戦術だそうです。最近の軍艦は性能がいいのでこの戦術は使われなくなったそうだよ。それと回天のような外輪船は向いていないとのことだよ。幡龍でやるしかありませんな。」

「虎の子の回天・幡龍でやるのですか榎本さん。」

「回天・幡龍・高尾の三隻でやるつもりです。」

「おい榎本、失敗したらどうするんだ。」

「土方さんらしくない発言ですね。」

「どっち道、制海権は敵の手にあります。一か八かストーン・ウォール号をいただきましょよ。」

「榎本、偉そうに言うんじゃねぇ、もとはと言えば全部お前がまいた種なんだぞっ分かってんのか。」

「土方さん、貴方は「竹を割った」ような人なんでしょう。もっとさっぱりした方がいいんじゃないのかなー」

「榎本さん、ところでアボルタージュはいつ決行するんだい。」

「荒井君、説明頼みます。」

「ちょっと待った、何で荒井なんだ。こいつは疫病神なんだぞっ。チャラ男も言ってたじゃねぇか。」

「甲賀君、あなた説明してくれますか。」

「土方さん、何でも私のせいにしているようですけど、この際、土方さんに本当のことを言っちゃいますからいいですねっ。ホント頭にくるよなっ。」

「甲賀君、お願いします。」

「土方さん、中島さん、ストーン・ウォール号は必ず青森に来ます。三月中旬には必ず宮古湾で燃料等補給するでしょう。宮古湾でアボルタージュを仕掛けます。回天・幡龍・高雄が出港します。途中、美和子湾近くの港に隠れて情報収集をします。アボルタージュ実行船は幡龍で高雄は幡龍を補佐します。回天はストーン・ウォール号以外の軍艦を担当します。陸軍からは彰義隊、見國隊・新撰組・遊撃隊から選抜していただきます。百名程度を選抜し三艦に分乗して頂きます。何かご質問はありませんか。」

「甲賀君、荒井とは大違いだよ、すっごく分かりやすい。甲賀君が海軍奉行になった方がいんじゃねぇか、なぁ、榎本。」

「中島さん、甲賀君最高ですよね。おい、新井、甲賀君に海軍奉行職譲れよ。」

「おいっ、土方いい加減にしろっ。さすがの俺も限界だっ、海軍奉行は俺のもんだっつぅの。分かったかーっ。」

「荒井、よく言った。褒めてやるよ。でもお前、近いうちに死んじゃうと思うんだよなー。気を付けた方がいいんと違うか。」

「なんで私が近いうちに死ななきゃならないんだっ。出鱈目言いやがって。」


三月二十一日、回天・幡龍・高尾の三艦は箱館港を静に出港した。

ストーン・ウォール号が宮古湾に入ったと言う情報が入った。宮古湾に向かったが暴風雨に遭遇してしまった。三艦はチリジリになった。高雄は機関に故障をきたして遅れだした。幡龍の姿が見えない。高雄は新政府軍に拿捕され乗組員は南部藩に投降した。回天だけで作戦を決行するか軍議が開かれた。


「おい、箱館に帰った方がいいんじゃねぇか。」

「土方さん私も賛成です。回天ではアボルタージュ出来ませんし。荒井さん帰りましょう。」

「野村、お前はどう思う。」

「土方さん俺は土方さんに切込隊長になれって言われたから今度の作戦に参加したんだよね。俺はここが俺の死に場所と決めてんだよ。思いっ切り刀振り回して壮絶な最期を飾るんだよ。だから、やれるものなら戦いたいんだけどね。」

「野村これからいくらでも死に場所はあるじゃねぇか。ここで死ぬ必要はねぇよ。」

「土方さんお言葉ですが指揮権は海軍奉行の私にあるんです。戦う、戦わないを決めるのは私なんですけど。分かってます?」」

「荒井っ、お前どこに隠れてたんだっ、来るなってあれ程行っただろうがっ、馬鹿たれが。甲賀君も帰った方がいいと言っているんだ、引き返せ。」

「もう、間に合いませんよ。ストーン・ウォール号はあそこです。」

「日章旗に取り換えろっ。面舵いっぱーい。突撃っ! 野村君、切込隊を出動させて下さいっ。」

「馬鹿野郎っ‼ 荒井殺すぞ、敵艦から離れろっ。」

「馬鹿はどっちだっ‼土方っ、突っ込むぞっ」

「土方さん、荒井の馬鹿っT字で突っ込んでいる、何やってんだっ。それに回天の甲板の方が三メートル以上高いぞっ。切込隊は回天に帰ってこれなくなりますっ‼」

「土方さんっ先に逝くよ。三途の川で待ってるからねっ。全員飛び降りるんだっ‼」

「野村っ、利三郎っ‼、俺もすぐ逝くからなっ。」

「土方さん、荒井君の行動はまちがっていますっ、しかし、後には引けなくなりました。行ってきますっ。」

「甲賀っ、止めておけっ。」

「野村君に怒られますからっ、行ってきます。後は頼みました。」

「援護射撃、撃ちまくるんだっ、もっと撃てっ。」


新政府軍から回天目掛けて砲弾が襲ってきた。ストーン・ウォール後の甲板では激しい銃撃戦が繰り広げられている。回天はストーン・ウォール号から離れ逃げ始めた。甲板上ではまだ戦っているにもかかわらず逃げだしたのだ。わずか三十分の事であった。


「荒井っ‼、貴様何やってんだっ。野村達まだ戦ってんだぞっ。」

「土方っ、あいつ等はどの道死ぬんだ。回天が危ないんだっ、引っ込んでろっ。」

「荒井っ、てめぇ近いうちに死ぬって言っただろうっ。俺が箱館に帰ったらぶっ殺してやるから覚えておけっ。」

「土方っ、おめぇなんかに殺されてたまるかっ。ちゃんちゃらおかしいこと言うなっ。馬鹿野郎が。」


野村は決死の切込みを試みたが、滅多撃ちにされ壮絶な最期を遂げた。十九名が戦死した。甲賀艦長も胸部を撃たれ戦死した。


回天は、箱館目指して北上した。幡龍は回天から逸れた後、箱館港に戻っいた。

五稜郭に戻った土方は招集を掛けた。


「榎本、宮古湾のこと聞いたのか。」

「多少は聞きましたが荒井君からの正式な報告はまだありませんよ。」

「何故、荒井は居ないんだっ。」

「昨日、帰って来てから自室に入ったままです。鍵かけてますよ。」

「おい、荒井を引っ張って来い。ドアぶっ壊してもいいから絶対引っ張って来い、いいなっ。」

「土方さん、詳しく説明してくれませんか。」

「暴風雨に遭遇して船はバラバラになった、幡龍は機関が故障して速力が遅くなっちまったらしい。高雄は薩長に拿捕され、乗組員は南部藩に投降した。荒井は、回天だけでアボルタージュを決行させると言い切った。おれと甲賀君は箱館に引き返そうと言ったが荒井はブチギレて「うるせぇ、土方、引っ込んでろっ」と怒鳴りやがった。そして回天の鼻先から突っ込んでいきやがった。回天の甲板スはトーン・ウォール号の甲板より三メートル以上高かった。回天の鼻先から一人づつしか飛びおれなかった。飛び降りたと思った瞬間敵の乱射の餌食だ。回天からも援護射撃はしたが鼻先からじゃあ、たかが知れている。そのうち他の船から回天目掛けて砲弾が飛んできやがった。その間、三十分程度だった。荒井は突然、回天を離脱させた。」

「土方さん、やっちゃあいけねぇことを荒井君はやっちまったんだよ。」

「中島さん、荒井は名誉挽回しか頭になかったんだよ、功を焦った。荒井は取りつかれてんだよ。彼奴はいつも「嵐」に遭遇する、今回もそうだった。俺は彼奴を殺す。」

「そうですね。報告もしないで部屋に隠れている海軍奉行って有り得んでしょう。切腹じゃなく斬首か磔ですね。」

「伊庭、お前さんの言うとおりだっ。磔でいいのと違うか。ところで荒井はどうした、様子を見て来い。」

「土方さん駄目です。荒井さん泣いてばかりで、時たま「土方に殺されるぅー」って何度も言ってまた、泣くんですよ。」

「土方さん、俺斬ってきましょうか、だらしねぇ男だなぁ。情けないよなー。」

「伊庭君、ちょっと待ってください。土方さん許してやって下さいよ。荒井君がいないと回天動かせないでしょう。」

「榎本、お前が動かせばいいじゃねえか。」

「土方さん、開陽が沈没してから船が怖くなっちゃってダメなんですよねぇ。わかるでしょう。」

「分かるかっ、大体お前も同じ穴の狢だったよな。いいか、俺は今回の宮古湾には荒井は連れて行かねぇって言ったよな。それをお前が許したっていうじゃねぇか。」

「榎本さん、それならあなたが腹を切るべきですね。ねぇ、中島さん。」

「そうだなぁ、榎本さんは居ても居なくてもどっちでもいい人だし、腹斬ってもらいましょうか。」

「中島さん、伊庭君、何てこと言うんですか。私は総裁なんですよっ。」

「榎本、お前んとこの海軍は「呪われているんだよ。」

「そうなんだよなー、僕も美香保丸で殺されかけちゃもんなー。呪われていますね。おっそろしいくらい呪われてますよね。これって陸軍にも感染するのかなー。」

「伊庭、陸軍は大丈夫だ。大鳥が何にもしなきゃいいだけだ。海軍は大馬鹿野郎っていう悪魔に呪われているんだ、榎本はじめ全員大馬鹿野郎だろう。」

「土方さん駄目ですよ。今、仲間割れしたら指揮にかかわるじゃないですか。」

「松平、お前何にも知らねぇんだな。ここに居る大方の者は「用なし・脳なし・妓楼好き」って陰口叩かれてんの知らねぇのか。」

「その中に僕は入ってませんっ。一緒にしないでくださいよ。」

「松平君、あなた方は関わりの少ないものに対しては厳罰に処しているよな。

だか、てめいらのことになると変に甘いんじゃないのか。そんなことで許される訳がないんだよ。」

「中島さんの言うとおりだよ、開陽の沈没、今回の海戦、許される訳がねぇ。」

「どうするんだ、チャラ男。」

「めっちゃ怠くないですかぁ。煮え切らない男達ですね。土方さん多数決で決めちゃいましょうよ。」

「伊庭、多数決は絶対だめだ。俺達は三人、榎本の所は四人だ。」

「えっ、大鳥さんは榎本派なの、あんた陸軍でしょうが。」

「榎本派とかどうでもいいんだ、私は正義を貫くだけなんだよ。」

「チャラ吉っ、何が正義を貫くだけだ、ふざけやがって。」

「もういいっ‼榎本、荒井を独房に入れておけっ、絶対出すんじゃねぇぞ。飯も出すんじゃねぇ。いいなっ!」

「土方さん、大変ですねぇ。あんな馬鹿達のおもりしなきゃならないんでしょう、可哀そうだな。」

「伊庭、あいつ等なんか計画してんだよな。」

「計画って何ですか?」

「伊庭君、こないだ土方さんが榎本に対して「お前等、五稜郭から脱走しようなんて考えてんじゃねぇよな」って言ったんだ。そしたら五人の顔色が変わったんだよ。

榎本なんて真っ白を通り越して真っ青になっていた、ねぇ、土方さん。」

「やっぱり中島さんよく見てるねぇ。彼奴らの顔みたら笑えたよ。間違いなく脱走だな。俺や、中島さん、伊庭は死ぬために箱館に来た。だが奴等は自分達を少しでも高く評価してもらう為に箱館に来たんだよ。」

「本当ですか、僕には理解できませんが。」

「特に、榎本は自惚れる男だ、自分はエリート中のエリート、新政府に役に立つと思っている。殺される訳がないと思い極めているような男なんだ。出世したいんだろうよ。」

「伊庭君、箱館に来た三千人の兵達にも色々いる。薩長を絶対許せないとおもっている者、勢いで着いてきた者、上手く立ち回って生きようとしている者、見ていれば分かることだ。榎本達は開陽が沈没した時点でこの戦は負けると悟ったんだろうな。どうやって生き残れるのかを考えるようになったんだ。彼らの行動を見ていれば分かるんだよ。敢えて「榎本軍」と言わせてもらうが一枚岩なんかじゃない。この群は「カオス」の中にどっぷりはまっているんだよ。本来なら全員が「打倒薩長」でなければいけない、これを一枚岩という。我軍は「混沌」とした中にいるんだよ。」

「中島さん、まさにカオスだな。」

「伊庭お前、死ぬ気で居るのか?」

「僕は死ぬ気です。死ぬ気っていうか、今までに三回死にかけましたから四度目はないでしょう。薩長を許す気なんかありません思いっきり戦って気持ちよく死んでいくことにしたんですよ。」

「伊庭君、私も息子と浦和同心達と大恩に報いる為に箱館に来たんだ、全員覚悟は出来ているよ。」

「似た者同士が集まったな。それだけでいいとしようや。なぁ、中島さん・伊庭。」


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