私の大好きな山田くん

ごり

第1話

プールに私の内臓を浮かべてみたい、とブラシで緑になった水底を擦りながら思う。今は夏それも始まりかけで友達の山田と一緒にプール掃除だ。山田にもう日本は切腹で死刑して無いの?なんか勿体無くない?って言ったら引かれた、彼の家は、て言うか父親が警察の人だから昔から正義を叩き込まれたんだろう。私は彼のことを理解者だと思っていたのに、だけど仲良くしたくて私は話す。


さあ!頑張ろうぜ

そうだね。

昨日何食べた?

ペンネ。

好きな本は。

小公女

遊びに行くならどこに行くの?

カラオケ。

何も聞こえない?

聞こえるよ。

何も聞かせてくれない。

それは君がLINEのメッセージトークでしか話さないからだろ。

僕の体が昔より大人になったからなのか?

は?

あのね、大好きだよ。

ありがと。

どんな未来がこちらを覗いてるかな?

未来なんてないよ、希望も何にもない。

僕らは命に嫌われている?

そうだね。

ちっちゃな頃から優等生?

まあね。

小さい頃は神様がいた?

なんだこのイカレたアキネーターみたいな。ってこれ全部歌詞じゃん。

だってなんて話せばいいかわかんなかったんだもん。私、山田に嫌われてるのかなって、一言も話してくれないし。

僕も話すの苦手だからね、一度気まずくなった人とは特に、何話していいかわかんなくなる。

じゃあ、台本作るからそれに合わせてしゃべってくれればいいよ。

掃除しろよ。それより。

しまーす。でも未来もないよは流石に痛かったよ。痛過ぎて殴ろうかと思ったくらい本当に


天才。私は思いついた。台本なんかより簡単な掃除のついでに出来ること。でも掃除の量が増えるしなあ、めんどくさい。やりたい事だってまだまだある。だからこの案は没。


手を動かして、動かしてでも緑は消えないでプールの隅に溜まっている。鈍臭い山田は転んで、あれ、動かない。一石二鳥。いや無石一鳥か、なんて思って山田に近づいた。血の赤が緑と混ざり合って絵の具を混ぜて、マーブルになったみたいに薄茶色になっている。

私はアリの巣に水を注ぐ子供の気持ちを思い出して山田を見ている。とくとく、と血が排水溝の薄ボケた銀の蓋に流れていってなんだか心配になる。山田はまだ起きない、このまま起きないんじゃないかな?なんて誰かが脳みその裏に話しかけてくる。唇はかすかに震えて紫色、肌は真っ白息も無い。このままでは山田は死ぬ。見殺し。たくさんの人を助けたいなんて言ってた山田が転んで頭を打っただけでへばりついて死ぬカエルみたいにひとりぼっちでみっともなく死んじゃう。どうしよう、なんかどうもしたくないな。寝ちゃおうかな。私はドキドキしていた。やっぱり山田が好きなのかな?好きのドキドキじゃないなんていうか違う、どれでもないドキドキ。死んじゃう。


私が殺したみたいじゃない。じゃあやっぱりトドメは私が刺さないと損じゃない、勿体無い。白くなった首筋にプールサイドからぴょんと降りて、手をかける。エメラルドグリーンの飛沫。体操服には水が世界地図を作ってるみたい。首にはまだ血が流れているのかどくどくと脈打っている。今からこの流れを私が止める。首を持ち上げると血がポタポタではなくてそれより流れの強い、ねちょーんとした間抜けな響きで流れ出す。なんだかトルコアイスみたいで舐めた。手を離すと山田の頭はバウンドする、ざらざらのプール底を。大好きな山田の味。あんまりおいしくはない。血の味はやっぱり鉄の味。なんてしてる間に夕暮れ、先生も来ちゃって大騒ぎで救急車も来た。私は一応泣いておいた、そしたらみんな慰めてくれて嬉しかった。血だらけになった手と体操服は洗わないでおこう。アイドルの握手会の後手を洗わない理由がなんとなくわかったような気がした。今夜は眠れそうにない。私は山田の血のついた体操服を抱きしめて眠る。今夜の恋人として。


体操服の切れ端を下着にセットして私と山田の繋がりを感じる。山田の血と私の血が混じり合う。次の日学校に行くと、当たり前だけど山田の席が空いていた。私が一番最初に来たのでこっそり山田の席に座った。すぐに自分の席に戻って、山田の席に座って山田になっている私自身に恋をしそうになってトイレへ駆け込んだ。一番最初に来たのにトイレに篭っていたせいで遅刻ギリギリ。山田の席はあきっぱなしで私は寂しかった。LINEに既読もつかないで心配。


先生が山田はお休みって言った、でも私としては本人から連絡がないとどうにかなりそう。山田が死んだら私も死のう、ありがちだけどもう死ぬしかない。生きててもお見舞いで殺して死ぬのも悪くないかな。あ、でも私のこと大好きなまま死んで欲しい。じゃないと死んだ後も愛し合えないから。


突然、スマホがなった。通知は山田以外ならないようにしてるから山田だ。やまだだってなんだか可笑しい。笑っちゃう。山田の声は浮ついていて笑っているようだった。どこか子供じみてて知性をまるで無くしてしまったみたい。


あ、もしもしぃ。誰ですか。


畑中さきです。


ママ、畑中さんから電話だよ。


ぅう、ゆうちゃん、畑中さんね。ああ畑中さきさんね。あなたの幼馴友達よ。覚えてないの?


僕、知らないよ。ゴーオンジャーとマジレンジャーとゲキレンジャーは知ってるよ。僕ね、レッドが好きなんだ〜。みんなのリーダー。


ごめんなさい、畑中さん。こんな調子なのよ。目を覚ましたら子供みたいになって。


はい、ありがとうございます。


私のせいだ、私のせいだ、なんて絶望してみようかと思ったけど脳の裏に話しかける声が、子供みたいになった山田ゆうたもきっと気にいるよって言ったから、学校が終わったらお見舞いに行くことにした。


病院の廊下は長い。暗い、あとは掃除しにくい?で三重苦。勝手に鳴り出すピアノにびっくりして逃げ飛びはねてエレベーターに乗る。降りてすぐの部屋が山田の部屋で、部屋に入ると変声期なのに子供っぽく話す歪な生き物が寝そべっていた。開かれたカーテンの隣にはパイプ椅子が二つ、一つは母親が座っている。私は空いた隣に座って山田を見る。

頭には包帯、黄色と黒が滲んでいる。よだれを垂らして虚な目でお姉ちゃんだあれ、と呟くバランスの悪い声。うん、気に入った。お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん。いい響き。私がこの子を産みました。そんな気すらする。


私は昔からゆうたくんの友達だった、畑中さきです。よろしくね。


と、子供に自己紹介する時みたいに明るく、一言一言大きく柔らかく言った。隣に座る産みの親は一瞬怪訝な顔をして私を睨んだようだった。そんなのどうでもよかった。


じゃあね、お姉ちゃん帰るね。またね、ゆうたくん。


うん、絶対来てね、絶対だよ。僕さきお姉ちゃん大好きだから。


私も大好き。


涙が出そうだった。でも母親の女がみっともなく見えたので私は泣かないで病室を出た。


その夜、私は痴呆になってしまった山田に犯される夢を見た。ストッパーのない力、理性もない。私は死にそうになるくらい首を絞められてでも夢だから死ぬこともできない。腕で抵抗するとへし折られてまた痛み。でも痛みの波の後は快楽が来て、私は朝起きてシーツのシミになってしまった思い出を恋しく思った。シャワーを浴びて、今日は休みだったから生前彼が好きだった小公女を持って病室に向かった。まだ死んでいないけど、彼の人格は死んだようなもの。私は友達じゃなくて弟に会いに行く気持ち。


病室には死を待っている人ばっかりでゆうたくんもその1人で悲しくなった、この前の病室はお泊まり感覚の人ばっかりだったのに、今度の部屋は終の住処って言葉が似合う、独房みたい。面談の時間も決まってるし終身刑になってしまった可哀想なゆうたくん。私は人を勝手に可哀想にして自分の欲を満たす最低な女の子。こんなところいたくない、耐えられない。死んでしまいたい。私は母親に小公女の文庫本だけ渡して顔も見ないで帰った。帰り道、空き缶を蹴飛ばして閉まり切って開かなくなったシャッターにぶつかった。そのシャッターの中にいるはずもない、私の大好きだった山田を探して歩いた。交差点にもどこにも彼はいない。電話が鳴り響く、私は泣きながら誰もいない道を歩きながら電話をとった。


もしもし、畑中です。


あ、さきちゃん。あの、本ありがとうね。喜んで読んでるわ。こんななっちゃったけど仲良くしてくれてありがとね。


ゆうたくんは後どのくらい生きるんですか。


え、3ヶ月持つかってところだって。いつ死んでもおかしくないって。


ありがとうございます。


私は電話を切った。台本を書こう、自己満足でもなんでもいい。書きたいように書こう。


僕は今までずっと何かになったつもりで生きてきました。思春期を越えることもなく、未来に希望もなかった僕ですが畑中さきさん、彼女が僕の希望であり支えでした。大好きです、畑中さきさん、いや、さきちゃん。大好き。結婚しよう。これは生い先短い僕からのささやかな、下手くそなプロポーズです、どうか僕がいなくなっても幸せになってくださいさきちゃん。大好き。


私は台本を書きながら何度も泣いた。下手くそな台本だ。後はこれをゆうたくんに読ませるだけ。母親は好都合なことに見かねたのか、見捨てたのか、見てられなくなったのか病室には来なくなっていた。2人で過ごす時間も増えて、ゆうたくんに何度もプロポーズをさせて全て録画した。何度か泊まって一緒に星も朝日も見た。


最後の日は突然来て、あっという間に葬儀が行われて骨を拾う時、間違えて食べてしまった。栄養になると思うと嬉しかった。中学校の友達は感受性が豊かで気弱な子だけが泣いていた。私は泣かなかった。葬儀の後、私は山田ゆうたの母親にあれこれ感謝されたが骨を食べたのだけは怒られた。それには私も謝り私は山田ゆうたの母親を義母さんと呼んでお腹をさすった。


ママ、この人が私のパパなの?


そうよ、私の大好きな山田ゆうたくん。ゆうの名前もそこから取ってるのよ。


ふーん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の大好きな山田くん ごり @konitiiha0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ