第27話 帰省

 インターハイ後、SNSでの私達への書き込みは概ね好意的、らしい。『セク研』の子たちから聞いたところ、批判的なことや下世話な投稿をしていた人たちが逆に叩かれている、らしい。

 インターハイが終わったら陸上部員には一週間の夏休みが与えられる。その期間を利用して、真矢と私はインターハイ会場からそのまま京都へ帰省することにしていた。ただ、途中、神戸で一泊することは二人だけの秘密。

 高校に入ってから約5か月。色々あったけど一つ確かなことは、私達は山を1つ越えたってこと。その時、沢山の人が私達を支えてくれたってこと。いつか私達も誰かを支えてあげられたらいいなって思ったこと。


 私達は新神戸へ向かう新幹線で隣り合わせの席に座って、昨日の決勝の記事が載っている新聞を広げていた。

 インターハイから直接の帰省なので、二人とも私服なんか持っていなくて、トレーニングウエアに運動靴という格好だ。

「アキラちゃんってカッコいいよね」

「うち、真矢とアキラちゃんが一緒にいるとこ見て、嫉妬してしもた。アキラちゃんはうちらの恩人みたいな人なのに。うちってほんま小さい。うちもアキラちゃんみたいになれたらなあ」

「ごめんな。アキラちゃんが一緒にいてくれて、心強かってん。仁美が傷ついてるの分かってたのに、アキラちゃんに甘えてしもた。うちもほんま嫌になるくらい小さい」

 二人同時に大きなため息をついたので、ちょっと笑ってしまった。

「まだ4ヶ月ちょっとしか経ってないなんてウソみたいやなあ。もう1年くらい経ったみたいな気がする」

「ほんま、色んなことがあったなあ。けど、今にして思えば、やっぱ楽しかった」

「うん。まあ、結果オーライやな」

 二人はリクライニングにしたシートに深くもたれかかったまま、遠くを見るように新幹線の天井を見上げ、これまでの出来事に思いを巡らせた。どちらからともなく手を求める。

「けど、まだスタートしたばっかりやん」

「うん、がんばろうね」

 そう言って、真矢が頭を仁美の肩にもたせかけてきた。しばらくして真矢の口から寝息が聞こえ出した。

「真矢?」

 返事がないところを見ると、眠ってしまったらしい。私も眠ろうかなって思ったけど止めておいた。二人とも眠るのって無防備やし、私が真矢を守らなあかんねんから。

 ……いつの間にか眠ってしまった(汗)。気がついたら『次は新神戸』という文字が電光掲示板上を流れて行った。真矢はまだぐっすり眠っている。

 トンネルの中なのか真っ暗な窓ガラスに二人の姿がはっきりと映っている。まるで写真みたいだと仁美は思った。もしこんな写真がSNSにアップされたらまずいかなと言う思いがちらっと頭をかすめる。ほんとにスタートしたばかりだ。私達の戦いはまだまだ続く。でも真矢と二人、いや、たくさんの人に支えてもらいながら私達は走り続けよう。あらためて気合を入れる仁美だった。


 神戸は元町にあるレディースホテル。そのツインルームを予約していた。ホテルに到着したのがけっこう遅かったので、チェクインだけ済ませてすぐに、近所のレストランで晩ごはんを摂った。

 真矢は今、浴室を使っている。

 ツインのベッドのサイドテーブルに置いてある真矢のスマホから『威風堂々』の曲が流れる。彼女のスマホの電話の着信音である。画面に表示された発信元の名前は『アキラちゃん』。アキラちゃんならいいかって軽い気持ちで仁美は応答ボタンをタッチした。

「もしもし?」

「真矢?今夜はいっしょに優勝のお祝いしたかったのに、おまえ実家に戻ってるんだって?今は自分ちか?」

 う、これは取ってはいけなかったかと気付いたが今更遅い。このまま切っちゃたらアキラちゃん、気を悪くするだろし、真矢のせいになってしまう。

「あの、私、仁美です。こんばんわ」

「え?仁美がなんで真矢のスマホに出てんのって……おまえら今どこに居んの?自分ちじゃないのか?」

 わーやばい。やっぱりそうなるよね。

「あ、ちょっと、途中で晩ごはん食べて帰ろうかなんてことで、えへへ」

「仁美、シャワー終わったで。次入ってきたら?」

 タイミング悪く、真矢がシャワーを終えて出てきた。その声は当然、スマホの向こうにも聞こえちゃったようだ。

「おまえら、お泊りしてるのか?しかも同じ部屋に?」

「わー!あのですね、これは、その、その……」

「仁美、何あせってんだよ。高校生の健康な女子同士がいっしょにいたらそうなるのは当たり前だって。わはは、」

 電話からアキラちゃんの豪快な笑い声が聞こえる。

 あわあわする仁美を真矢が訝しげに見る。

「仁美、誰と話してんの?」

 仁美は「アキラちゃんから」と言って、スマホを真矢に渡した。

「もしもし、アキラちゃん?」

「おお、真矢か?なんかお邪魔しちゃったみたいだな。今夜はみんなでお祝いしたかったんだけど、そういう事情なら仕方ないよな。また帰ってきたらあらためてお祝いしようぜ」

「みんなって、もしかしてノリちゃんと?」

「そうそう、俺とノリ、真矢と仁美のメンバーでインターハイ優勝兼カップル誕生のお祝い」

「アキラちゃん、今ノリちゃんといっしょなん?」

「ああ、こっちもいい感じだぜ。今夜こそものにしてやるぜ!」

 おまえらも頑張れよ、と言葉を残して電話は切れた。


「今夜こそものにするんだって」

「アキラちゃんってノリちゃんが好きやったん?」

「うん、仁美と仲直りできるようにしてやるから、ノリとの仲を取り持ってくれってアキラちゃんに頼まれててん。『単なるバレーボール仲間だったら、ここまで練習に付き合ったりするか』って言ってたよ」

「へー……」

 色々思うところはあるが、要するに人って分からないもんだなってことが分かった。そんなよく分からない結論に達した仁美であった。

 真矢はシャワーのときアップにした髪をそのままに、バスローブを身に着けている。露わになった白いうなじにおくれ髪がふわりとかかっていてなんかすごく艶ぽい。

 まあ、人のことは置いといて、今夜はこっちも正念場なんだ、と気合を入れ直す仁美。

「気合はいいから、はよシャワー浴びておいでよ。汗臭いで」

「はい……」

 気合を入れたの、なんで分かったんだろう。


 その夜は、真矢と仁美、二人にとって忘れられない夜になったことは言うまでもない。小学校6年生の夏、ファーストキスをしてから今夜まで、色々あったけど、すべては今こうやって結ばれるために必要なステップだったのかもしれないな、と思うのだった。

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