第25話 インターハイ 全国へ

 長崎県大会、北九州大会に出場した私達、心愛女子高校陸上部は、100mで3年の榎並先輩と真矢の2名、100mハードルで私、走り幅跳びで3年の熊本先輩、砲丸投げで副部長の亀村先輩、そしてそして、800mで成瀬部長が全国大会に出場することとなった。

 更におおかたの予想を覆して4×100mリレーでも全国に出場できることになった。リレーに参加するのは100m代表の2名と走り幅跳び代表の先輩と100mハードルの私。

 今年の全国大会は九州ではないけど割と近い県での開催だから移動は比較的楽だ。北海道での開催だってあるんだから。でも夏のこの季節の北海道ってちょっと行ってみたいかも。

 SNS上でのことは『セク研』の子たちがフォローして状況を教えてくれる。それに自分では絶対に見ないようにと『セク研』の子たちから注意されている。

 真矢や私が予選大会で勝つに従ってSNS上での私達への中傷は増えているらしい。ただし二人でいっしょにいることがないから、中学の時みたいにツーショット画像をアップされることはなく、今のところ以前ほどの盛り上がりはないそうだ。

 真矢と私が北九州大会で優勝してインターハイへの出場を決めた日、アキラちゃんからスマホにおめでとうメッセージが届いた。『よくできました』というスタンプはアキラちゃんそっくりのキャラクターで笑ってしまった。

 そして『真矢と話をしろ』というメッセージ。どういう意味だろう。もう真矢と話をしても大丈夫って意味だろうか。

 真矢とはあれ以来話をするどころか目も合わせていない。ラインのやりとりも真矢からの返信が途絶えたままだ。

 『話をしろ』って言うんだからラインやメールじゃなくて『直接話せ』ってことのようにも受け取れる。でも真矢は私と話をしてくれるのかな。アキラちゃんが『話をしろ』って言うんだから真矢にも私と話す気持ちがあるってことだろうか。

 私はあれこれ考え、寮に戻ってからもどうしようかと散々迷ったあげく、寮の真矢の部屋に行くしかないという結論に達した。

 夕食と食後のトレーニング、入浴を済ませたらもう10時を回っていた。各部屋の消灯時間の決まりは特にないけど、廊下や談話室の明かりは夜間照明に切り替わっているから薄暗い。

 以前は毎晩のようにお互いの部屋を行き来していたが、あれ以来私は真矢の部屋の扉を見ないよう俯いて通り過ぎていたから、今真矢の部屋の前に立って、すごく高い敷居を感じる。

 真矢に拒絶されたらどうしよう。ここでざっくり傷ついたらインターハイに出場する気力すら失ってしまうかもしれない。

 でも、そもそも今の私にとって真矢と仲直りできないならインターハイに出る意味はない。もしざっくり傷付いたらいっそ棄権しちゃったらいいか。そう思うと少し気が楽になった。

 思いきってドアをノックする。

「はい」と中から返事があった。

「真矢、私」

 真矢からどんな反応が返ってくるかを思って、緊張してしまう。

 ドアが開いた。真矢が私をまっすぐに見ている。

「あの、入っていい?」

「うん」

 私は部屋の中に入ってドアを閉めた。嫌がってはいないようなので取り敢えずホッとした。ドアの前で向かい合わせに立って見つめ合う状況なんだけど、どう切り出したらいいのか分からなくて固まってしまった。

「あの、アキラちゃんが真矢と話せってメールくれて、だから、その……」

 真矢が私の肩にそっとおでこをつけるように寄りかかってくる。私のほうが背が高いから、抱き合うとこういう状態になる。私はそっと真矢の背中に手を回して抱き寄せた。こんな風に真矢と抱き合うのは一体どれくらい振りだろう。なにも言わなくていい。しばらくこのままでいたい。

「今までごめん。仁美の事いっぱい傷つけてごめん。仁美が傷つくこと分かってて仁美のこと無視した。自分のために。うち最低や」

「あの状況じゃしょうがないやん」

「うちな、アキラちゃんみたいになりたいねん。自分のことさらけ出して、それでも堂々としてて。人のことまで気を配って、助けて」

「うん」

「自分の実力で他人の陰口や噂なんか叩き潰すくらいになって」

「うん」

「そやからインターハイ、絶対勝つって決めてん」

「うん」

「勝っても負けても、もう私たちのこと隠すのやめる。誰に何言われてもええ」

「うん、私も勝つよ」

「仁美、大好き。愛してるよ」

「うん、私も。愛してる」

 その夜はそのまま真矢の部屋にお泊りとなった。話したいことは山ほどあったけど、私達はお喋りする代わりに手をつないで、同じベッドで体を寄せ合って眠った。言葉なんていらない。今は、ただ絡めた指の微妙な動きが二人の気持ちを言葉よりもずっと雄弁に伝えてくれる。

「好き」

「私も」

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