第23話 セクシャルマイノリティ研究会…続き

  アキラちゃんと話した翌日、真矢は思い切って登校した。仁美は教室まで送りたかったが、この状態では返って真矢に迷惑がかかると気づいて思いとどまった。

 真矢は俯いたまま教室に入って自分の席に座った。

 心愛女子高校の一日は担任のシスターが各教室に来て、朝の聖書朗読とお祈りから始まる。

 始業までにはまだ時間がある。そっとあたりを伺うが特別変わったことはなさそう、みんな私のことは無視してる、と思ったところで数名の同級生が真矢の席までやって来た。

「岡部さん」と声をかけられ、真矢はビクッと体を強張らせた。同じクラスの加賀さん、確か下の名前は咲子だったか。

「私らセクシャルマイノリティ研究会のもんなんだけど、今日から岡部さんをサポートする。詳しいことは後で説明するけど、アキラ君からの依頼ってことは言っとく」

 そう言って席に戻って行った。アキラちゃんが何か手を回してくれたらしいことは分かったけど、セクシャルマイノリティ研究会って何だろう?

 シスターがやって来て朝のお祈りが始まったので、取り敢えずそれ以上のことは分からなかった。

 昼休み。真矢はいつも一人で食堂でご飯を食べる。クラスの大半が一般学生で、その子達はたいてい家からお弁当を持ってきている。

 以前はそんな子達と一緒に食堂で固まってご飯を食べることもあったけど、最近はずっと一人で食べている。

 仁美はあまり食堂には来ない。寮生はお弁当がないからお昼は食堂で食べるはずなので不思議に思って仁美に聞いたことがある。

 曰く、仁美のためにお弁当を作って来てくれる友達がいるらしい。仁美らしい。仁美は前から女の子にモテたから。

 こんな状況になってから、かえって仁美とは食堂でよく顔を合わせる。わざと食堂に来るようにしているのだろう。でも言葉を交わすことはできない。仁美も心配そうに遠くから私を見ているだけだ。

 その日も一人で食堂に行こうとしたところだった。


「おーい、お前ら飯食いに行くぞー」

 アキラちゃんが私のクラスの窓から顔を出した。

「キャー」とクラス全体から声が上がる。さすがの人気だ。

 お前らと呼んだのは朝私に声をかけた加賀さんたちであるらしい。

「真矢も来いよ」

 アキラちゃんが私の方を向いて付け加える。今度はクラス全体からどよめきがおこる。

「岡部さん、行こ」

 加賀さんが私の肩をポンと叩いて連れ出してくれた。


 食堂でアキラちゃんと私と同じクラスの加賀さん、村上(友加里)さん、蔵立(志美:ゆきみ)さんの5人で固まってご飯を食べた。アキラちゃんと私は学食の定食、他の3人はお弁当を持参している。(アキラちゃんはご飯特盛だった!)

 みんなが揃ったところで加賀さんが詳しいことを話してくれた。

「岡部さんがSNSの噂の件でいじめられてるのに、今まで何もできなくてごめんなさい」

 加賀さん、村上さん、蔵立さんに頭を下げられて真矢は恐縮した。なんでこの人達が私に謝るのか分からない。

「私達、セクシャルマイノリティー研究会、通称『セク研』はセクシャルマイノリティーであることが原因で不当に差別やいじめを受けないよう、セクシャルマイノリティーについての理解を広げることを目的にした会なの。メンバーは当事者って子もいるけど、そうでない子もいる。正直あまり成果は芳しくないってことは岡部さんも見ての通りよ。本当はもっと早く岡部さんをサポートしないといけなかったんだけど、悲しいかな私達がサポートすることで余計事態が悪くなることがあって。つまり『セク研』がサポートすることで余計にその子がセクシャルマイノリティーであることが目立ってしまう結果になってしまうの。だから今回、岡部さんへのサポートもできないまま今日まできてしまったんだけど、アキラ君にそれじゃ『セク研』の意味がないって怒られちゃって」

 他の2人も頷きながら聞いている。アキラちゃんは黙ってそんなみんなを見ている。

「近頃は『セク研』も変わってきたの。『セク研』はセクシャルマイノリティーについての理解を広げるだけじゃだめだって。セクシャルマイノリティーで苦しんでいる子をサポートすることができる組織であるべきだってみんな考えるようになってきた」

「アキラちゃんも会員なの?」

「『ちゃん』はいらねーって」と言いながら「そうだよ」って頷く。

「アキラ君が入会してくれたから私達、変われたんだよ」

「俺って昔っからこんなんだから、実はあんまり悩んだことってねーんだ。小学生の頃から地域のバレーボールクラブでエースだったし、色んな大会で優勝して、将来有望って周りから持て囃されてきたからな。俺の女としてのおかしな言動を批判する大人はいたけど、それよりもバレーボール選手としての実績と将来性と期待の方が大きかったんだな。中学じゃ全中で3連覇したし、高校からもお誘いが結構あったんだぜ」

「どうしてこの学校に来たん?」

 真矢が不思議に思って聞いてみた。性認識が男なら男子校に行きたいと思うのではないか。それが現実的に無理ならせめて共学の高校を選ぶんじゃないかと単純に思ったのだ。どうして女子高なの?

「俺、女の子大好きだもん」

 他の3人が吹き出した。たぶんこの話は聞いたことがあるのだろう。

「自分の性認識は男だぜ。ところが体は女って言うんだからそりゃ女子高行くだろ。周り全部女の子なんて天国じゃん」

「え、ちょっと軽蔑……」

 でもここまで吹っ切れてるってすごい。トランスジェンダーであることを逆に自分のために利用するんだもん。

「俺って女子にモテモテで校内アイドルみたいじゃん。だからこの人気を役に立てられるって思うんだ。俺がトランスジェンダーだって分かったら、セクシャルマイノリティへの偏見も少なくなるんじゃないかなーって。まあそんなに簡単には行かないけど、効果は結構あるみたいだから、俺をもっと利用してくれたらって思うんだ。だから『セク研』に入ったわけ」


 そうか。だからさっきアキラちゃん、わざと私のクラスで私の名前を呼んだんだ。アキラちゃんの友達だって分かったら私をいじめにくくなるだろう。

 実際、アキラちゃんの存在と同じクラスの『セク研』の子たちのおかげで、私はどうにか学校生活を続けることができるようになった。

 陸上部のみんなは、いままでと変わらず接してくれる。それが一番うれしい。私と仁美がギクシャクしていることには気づいているようだけど、それも見ないふりをしてくれている。申し訳ないけれど今はそんなみんなの優しさに甘えるしかない。

 そうだ!私もアキラちゃんみたいにみんなから将来性を期待されるほどの選手になれたら。私の陸上選手としての実力で差別や偏見を抑えることができたら。仁美と付き合えっても誰にも何も言わせないくらいに。

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