第22話 セクシャルマイノリティ研究会

 真矢は、見た目と性格のせいで小さい頃から友達は少なかった。学校という集団生活を送る上で友だちが少ないというのは色々とデメリットが多い。世の中にはどうしてこんなにグループで行動することばかり要求されるのだろう。一人でだってできることはいっぱいあるのに。そんなことをいつも考えて生きてきた。

 でも小学校5年生のとき陸上教室に入会してからはあまり一人ぼっちを意識しなくなった。もともと陸上競技って一人でやるものだから私に向いていると思って入会したのに、そこで親友とも呼べる女の子に出会うなんて皮肉なものだ。

 6年生のとき出場した市内の競技大会の100m走で優勝してからは自分にも少し自信が持てるようになった。そうすると周りの子達とも前より上手く付き合えるようになった気がする。周りの子達も私を見る目が少し変わったのかもしれない。

 一つ上手く行けば、それに釣られて関係ないと思っていたことにまでいい影響が出ることってある。だからますます陸上が楽しくなっていくっていう、いわゆるこれがプラスのループというものかもしれない。

 だから中学生になっても陸上競技は一生懸命やったし、そしたら陸上つながりで違う学校の子たちとも友だちになったり、今まででは考えられないくらい私の世界は広がった。もう昔みたいに一人ぼっちになって惨めな思いをすることを恐れることはないと思っていた。少し前までは。

 仁美は出会ったときからずっと変わらず私を好いていてくれる。おかげでこれまでどれだけ救われたか分からない。でも皮肉にも今はそのことで私は苦しんでいる。仁美が好きなのに、それが許されないなんて。

 仁美だって今の状況は苦しいに違いない。

 でも仁美はもともと明るくて人気者だから、陸上以外のところでも上手くやっていけるだろう。友達だっているからクラスで一人ぼっちってことはないようだし。

 でも私はだめだ。あの噂が広まって以来、クラスでも孤立してしまっている。昔の自分に戻ったみたい、いや昔だってこんなにあからさまに仲間外れにされることはなかった。

 中学の時だってちょっとは噂されたけどそれだけだった。幼かったから噂の意味が解らなかったからかもしれない。男女共学のほうが良かったのかもしれない。女子校なんて来るんじゃなかった。

 考え始めるとどんどん思考がネガティブになっていくのが分かるけど、どうすることもできない。

 私はどうしたらいいのかわからない。陸上を辞めてしまえばいいの?いっそ仁美と分かれればいいの?

 こんなに大事なものを手放さなければならないような、私はそんなに悪い事をしたのだろうか?

 毎日自問自答を繰り返す。仁美も心配してくれているのは分かってる。

 でも登校するのが怖い。今日はとうとう部屋から出ることができなかった。朝、仁美が迎えに来てくれたけど具合が悪いと言ってドアを開けなかった。そう言った手前、陸上部も休んでしまった。


「真矢、具合いはどう?」

 仁美は昼休みになるや直ぐに真矢の様子を見に寮に戻った。

 真矢の部屋の前に立ってノックをしてみたが無言だったのでしばらく待ってドアノブを回してみた。鍵は掛かっていなかったらしくドアが開いた。

「真矢?」

 遠慮がちに覗き込む。

 真矢は普段着で椅子に座っていた。でも顔は壁を見つめたままでこっちを向いていない。仁美は不安げに部屋に入った。

「具合いどう?」

 もう一回聞いてみる。真矢はやはりこちらを見ないまま、

「仁美、私学校やめようと思う。どっか別の学校行って陸上続ける。仁美と一緒の高校通いたかったけどもう無理みたい」

 真矢はそのまま俯いてしまった。涙を堪えているのがわかる。

 仁美は真矢をじっと見つめて黙っていた。真矢がだいぶ気弱になっていることは感じていた。でも学校を辞めるところまで思い詰めてるとは正直想像していなかった。

「ごめんな。私が真矢をちゃんと守れんかったから……」

「私こそごめん。健やかなときも病めるときも一緒にいるって誓ったのに。弱虫でごめんな。仁美に頼ってばっかりで……」

 真矢はとうとう堪えきれずに嗚咽を漏らせて泣き出してしまった。

 仁美もしゃくりあげ、俯いた目からボロボロと涙が頬を伝い落ちた。

「あのー」

 声がしてドアがノックされると同時にドアから顔が覗きこんだ。

 仁美は袖で涙を拭って振り返った。

「ちょっと通りがかった者なんだけど、いいかな?」

 と言いながら部屋に一歩だけ入リ、開いたままになっていたドアをそっと閉めた。

 でかい。みたことある顔だけど誰だったっけ?

「来見さん」

 真矢がそう呼んだのを聞いて気がついた。

 同じ一年生でバレー部の来見さん。下の名前は覚えていない。同じ寮に居るから時々顔は見るけど話したことはなかった。

「俺、来見アキラ。何回か顔は合わせてるけど喋ったことなかったよな。突然割り込んじゃってごめんな。ちょっと聞き捨てならねえ話が聞こえてきちゃったものだからさ」

 来見さんは真っ直ぐに真矢を見つめて、

「真矢。おまえさあ、学校辞めるとか考えるな。お前ら何も悪いことしてないだろ?胸張ってりゃいいんだよ。言いたい奴には言わせとけ」

『そんなことは分かってる。分かってるけど出来ないから困ってるんやん!』と頭の中では思ったけど、真矢も仁美も来見さんの勢いに押されてしまって返す言葉が出ない。

 それにしても初めてしゃべる相手を『おまえ』呼ばわりとか、なんだこいつ?言ってることは味方っぽいけど。仁美はちょっと身構えた。

「前からおまえらのこと気にはなってたんだ。SNSで噂になってることは俺も知ってたからさ。けど当人で解決できるならやっぱりそれが一番いいと思ってあえて何もしないでいたんだけど、ここまでこじれっちゃたら当人だけじゃ解決できないだろ。こういう問題なら俺も助けられることありそうだから声かけたんだ。と言っても誰だよお前って感じだよな。まずは俺のことを話すよ」

 来見さんはずいっと部屋の中に入ってきて真矢の近くのベッドに座った。私はなんとなく真矢を守る格好で真矢のそばに立った。

「さっきから俺の話し方聞いてて、なんで男言葉なのって違和感感じてるだろ。俺、トランスジェンダーなんだ。子供のころからずっと自分は男って思って生きてきた。トランスジェンダーって分かるか?」

 真矢が答えた。

「日本語でいう『性同一性障害』って言われてるやつ?自分の体の性と意識が一致しない人のこと?」

「ああ、だいたい合ってる。でも正確には『性同一性障害』ってのは病名。性認識と体が一致していないことで悩んで病院を受診した場合にはそう診断されるけど、俺は別に病気じゃないんだ。今まで一回も隠したこともないしな。おまえらもレズだろ。俺たちは世間で言うところの『セクシャルマイノリティー』なんだよ。だから別に仲間意識ってわけでもないんだけど、おまえらをなんとかしてやりたいと思ってさ。俺も長年セクシャルマイノリティー人生送ってきて、やっぱり普通の人がしないような苦労色々してきたから、おまえらみたいなの黙って見過ごせなんだよ。性格的に」


 だまされたと思って明日から登校してみろ、と来見さんは言った。

「それから俺のことは『アキラ』って呼んでくれ」

「アキラちゃん?」

「『ちゃん』はいらない!」速攻で指摘が入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る