第21話 SNS拡散:再び…続き
朝、登校して「おはよう」といつものように声をかけたところで、事態がかなり悪いことはすぐに分かった。誰も返事をしてくれない。それまでお喋りしていた子達もいっせいに黙ってこちらを見る。仁美は俯き加減になってそそくさと自分の席に座った。なぜか球美も咲希も見当たらない。
真矢は大丈夫だろうか。昨夜、進堂先輩の電話のあとで真矢とも相談した。
心配だったがこの状況で真矢の様子を見に行くわけにはいかない。そんなことをしたら余計に真矢に迷惑がかかるだろう。
始業のベルが鳴る少し前に、球美と咲希が連れ立って教室に入って来た。二人はいつもどおりの様子で仁美の席の前後に座って、
「A組の様子を見に行ってたんだ。岡部さん、やっぱり孤立しちゃってるみたいだった」
「うちのクラスの奴らだって仁美のこと仲間外れにしやがって。あんたらの博愛の精神はどこに行ったんだよって話。おまえらそれでもカトリック信者かよ、まったく!」
かばってくれるのはれしい。でもこれだけは言っとかないといけない。
「球美、咲希。あの……噂のこと知ってるんだよね?」
「うん。あんな噂流すやつ、最低じゃん。ほっときゃいいんだよ」
「あのさ……あの噂は本当なんだ。私と真矢のこと」
「分かってる。でもそんなの関係ないよ。私らは仁美の友達なんだから」
「そのとうり。私らが守ったる。あほな奴らはほっとけ!」球美が吠えた。
「ありがと……」
「ほら、仁美、泣くなって」
球美が頭をよしよしと撫でてくれ、咲希が背中をとんとんと叩いてくれた。前後から慰められ、涙があふれて俯いた顔から床にぼろぼろと落ちた。
朝の聖書朗読の時間になってシスターがやってきてもまだ涙が止まらなくて、仁美は涙を止めようと必死でしゃくりあげていた。シスターは何も言わず、じっと仁美の涙が止まるのを待っていてくれた。
4時限目の授業が終わって昼休みになったところで、仁美はA組までやってきた。A組の教室から以前に遠足のとき真矢といっしょにいた子が出てくるのを待っていた。
あの子、ハンカチ落としの罰ゲームで尻文字をやった子だから憶えてる。確か西丸千穂って言う名前だった。
仁美は彼女の後をしばらく追った。どうやらトイレに行くようだ。
「西丸さん」と適当なところで仁美は声をかけた。
西丸さんが振り返って仁美に気づいた。その瞬間、顔が強張ったのが分かった。
「篠田さん……」
「ちょっと話していいかな」
「うん……岡部さんのこと?だよね」
「お願い!真矢といっしょにいてあげて」
西丸さんは少しためらって、
「篠田さんと岡部さんが同性愛者って本当なの?」
仁美はちょっと躊躇したけど、今更ウソを言っても仕方ない。
「本当だよ」
「私は……そういうの別に気にしなくていいって思う」
「じゃあ、真矢のそばにいてあげてくれる?」
「でも、みんなは気持ち悪いから近づいたらだめだって言う。そもそも同性愛行為は罪深いものだって……」
「そんな!神様が人を差別するなんておかしいじゃん」
「知らないよ!私に言わないでよ!私だってこんなの嫌なんだ。でも私だけ岡部さんと仲良くしたら私も仲間はずれにされるし……」
「ごめん」そう言って西丸さんはトイレに駆け込んでしまった。仁美はそれ以上、何も言えなかった。
「アキラ君、ちょっと相談があるんだけど」
マコちゃんが担当しているスポーツ生理学の授業が終わったところで、陸上部の顧問でもあるマコちゃんは来見アキラに声を掛けた。
「マコちゃん先生、どうしました?」
来見紗奈(くるみ さな)、通称『アキラ』。心愛女子高校バレー部1年。横浜出身。小学生の頃から地域のバレーボールチームのエースアタッカーとして活躍し、全中で3連覇するなど多くの優勝歴を持つ。スポーツ推薦で地元の横浜から長﨑心愛女子高校に入学。その容姿とさっぱりした性格で、一躍、心愛女子高校のアイドル的存在になる。全学年を通じてのファンクラブが存在し、実際に彼女が表立って何かしたことはないが、その影響力はかなり大きいと思われる。
彼女は実はトランスジェンダーで、彼女自身、自分を女と思っていない節がある。そのため本名で呼ばれることを極端に嫌い、『アキラ』という通称で呼ぶように都度々々指導を入れている。セクシャルマイノリティ研究会、通称『セク研』にも所属。
「陸上部の1年生で、今年推薦で入学した子が二人いるんだけど、この二人がレズビアンだって噂がネットに流れてしまったの。それが生徒たちにも伝わってしまって。そのせいで二人が校内で孤立してしまっているの。教員会議の議題にも上がったんだけど、とりあえず生徒の自主性にまかせて様子を見ようってことになったの。でも私はちょっと心配で」
「ああ、マコちゃん先生って陸上部の顧問でしたね。その噂は俺も知ってます。『セク研』でフォローしてるはずなんだけどな」
ちょっと思案するアキラ。
「そのことについて、陸上部のみなさんはどう思っているんですか?」
「陸上部の子達には二人が入部する最初から話してあったから問題はないんだけど、一般のクラスの子達は気にしているみたいで」
「分かりました。俺の方からも状況を確認してみます」
お願いね、と言ってマコちゃんは職員室に戻っていった。マコちゃんを見送りながらアキラは左手の親指を顎に当てて人差し指を唇に沿って立て、指先で鼻の先を下からきゅっと持ち上げた。アキラが思考を巡らせるときやる、いつものポーズである。
「アキラ。また豚の鼻になってるよ」
同じバレーボール部の子たちがアキラの肩を叩いて笑いながら駆け抜けて行った。
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