第20話 SNS拡散:再び
二人が教会で誓いのキスをかわしたその日の深夜、SNS上にこんな投稿がアップされた。
『オカベンとシノピン見つけた!』
その投稿には、二人が大浦天主堂前や洋館前で楽しそうに笑っている写真、絵本美術館で絵本に読みふけっている写真が付いており、写真の説明には
『たまたまオランダ坂を散歩していて見つけた。どうもこっちの高校に入ったらしい』
と書かれていた。 そして、
『オカベンとシノピンがレズってる現場です』
という投稿には、教会で二人がキスしている写真が付いていた。その写真は入口から撮られたようで、祭壇をバックにして二人がキスしている。その二人にステンドグラスから差し込んだ淡い陽差しが降り注いでいる。その画像だけ見たら、ただ清らかで美しいとしか思わないような写真だ。
『どこの高校に通ってるんだろう。誰か分かったら教えて』
この投稿をきっかけに、しばらく鳴りを潜めていた『#陸女』のハッシュタグに投稿が殺到した。
そして、
『長﨑心愛女子校の陸上部らしい。うちの妹情報』
そんな投稿がアップされるまでに、たいした時間はかからなかった。
進堂弓(ゆみ)は、朝の通学電車の中でスマホをいじっていた。SNSのタイムラインに次々と流れてくる投稿に目を走らせながら、ため息をついた。
去年も同じような個人を標的にした下世話な内容の投稿が殺到したことがあったが、シーズンが終わって、冬になるとともに自然と消えていった。
でも今回はすごく嫌な感じがする。前回の続き的な展開で、しかもキスしてる写真がアップされてしまっている。投稿されている内容も下品を通り越して、明らかに傷つけることを面白がっている攻撃的なものが多い。
皆戸健児も、朝の通学電車の中でスマホをいじっていた。SNSのタイムラインに次々と流れてくる投稿に目を走らせながら、唸った。
「なんや、これは!」
皆戸健児は洛清高校の校門の前まで歩いてきたところで、門にもたれかかっている進堂弓を見つけた。
「おはよう」
「おーす」
とりあえずの挨拶をしてすぐ、進堂弓が尋ねた。
「SNSの投稿、見た?」
「ああ。世の中にはクソな投稿するクソバカがいっぱいいるってことやな」
皆戸健児は普段、どちらかというといじられキャラで、いくらいじられても本気で怒るところは見たことがない。まあ、進堂弓がいじり上手だと言うこともあるが。
でも今の彼の言葉には、猛獣が肩をいからせ、毛を逆立てて絞り出した唸り声のような、激しい怒りが混じっているのが分かった。
「篠田ちゃん、大丈夫かな」
「おまえ、篠田に連絡してみろや」
「私、あの子の連絡先知らんね。中学の時は篠田ちゃん、携帯もスマホも持ってなかったし」
「実家とかは?」
「あの子の通ってた中学校に問い合わせたら教えてくれるかなあ。個人情報だし。普段はいいんだけど、こんなときには困るよねえ」
「うん……そうや!中学やなくて陸上教室に問い合わせてみたらどうや?きっと分かってくれるんやないかな」
「そうか!」
進堂弓の顔が一瞬明るくなって、すぐに元の沈鬱な顔に戻った。
「篠田ちゃん、陸上やめたりしないよね」
「こんなことであいつが陸上やめることになったら、俺、絶対この投稿したやつ許さん!」
もうすぐ始業であることを知らせる予鈴が鳴った。
「うち、連絡とってみる」
「ああ、また結果を教えてくれ」
「分かった」
二人はそれぞれの教室に向かって校舎に入っていった。
夜の九時過ぎ。仁美は夕食後の筋トレを終えて入浴も済ませ、自分の部屋で宿題をしているところだった。仁美のスマホが『ワンダフル・ワールド』の曲を奏でる。仁美のスマホの電話の着信音だ。スマホの画面には発信元の電話番号が表示されており、電話帳には登録されていない人からの着信だと分かる。
いたずらかも知れないと疑ったが、数学の宿題にちょっと飽き飽きしていたこともあって、仁美は応答ボタンをタッチした。
警戒しながら「はい、篠田です」と答えたスマホからは、どっかで聞いたことがあるような声が聞こえてきた。
「もしもし、篠田ちゃん?久しぶり、元気だった?」
ここの陸上部の先輩ではない。それ以外で私をそういう風に呼ぶのはあの人しかいない。
「えっと……進堂先輩ですか?」
「そうだよー。篠田ちゃんの通ってた陸上教室に連絡とって、篠田ちゃんのお家の電話番号を教えてもらって、篠田ちゃんのお母さんに篠田ちゃんのスマホの番号を教えてもらったんだよ。苦労したよー」
「ああ、すいません。先輩の番号も登録しときますね。でも、わざわざ電話してくれたのって、何かあったんですか?」
この時点で、仁美はまだ事態を把握していなかった。
「篠田ちゃんさあ、最近のSNSの投稿、見てないの?」
そう言われてもピンとこない。
「特に篠田ちゃんの周りに変わったことがないんだったらいいんだけど。でも、誰か他の人から聞かされる前に私から聞いた方がいいと思うから敢えて言うね」
ハッシュタグ『#陸女』で検索してごらん。そう言われて仁美はスマホを操作した。
「なに、これ……」
「覚えある?」
覚えはある。でもなんでこんな写真があるのか。あのとき誰もいなかったはず。それに洋館群のある場所からこの教会まではずいぶん離れている。私達の後をつけたってこと?そこまでする?頭が真っ白になって思考がついて行かない。
仁美は小学生のとき早トレしていた河川敷の公園で、数名の男に追いかけられたことがある。あのときの恐怖は今でも忘れることができない。数と力で相手を傷つけようとする現実的な暴力。でも今回は実体がなくて姿も見えない。なんだこれは?いったい何がしたいんだ?仁美はなんだか気分が悪くなって思わず口を抑えた。
「もしもし、篠田ちゃん、大丈夫?」
「覚え、あります……」
電話の向こうで小さな溜息が聞こえた。
「まあ、篠田ちゃんに覚えがあろうとなかろうと、事実をでっち上げるぐらいはするだろうし、あまり意味はないけどね。問題は篠田ちゃん達が標的に選ばれてしまったってことなんだよ」
「私はどうしたら……」
「周りに味方を探して。絶対、味方になってくれる人はいる。陸上部の人達は?顧問の先生は?クラスに味方になってくれる子がいたら一番いいんだけど。それから岡部さんを守ってあげて。一番の標的はあの子だから」
「分かりました」
「私も近くにいてあげられたらいいんだけどね。皆戸も心配してる。何かあったら、いや何もなくても、いつでも連絡して。一人で悩んじゃだめだよ」
「はい、皆戸先輩にもありがとうって、ご心配かけてすいませんって伝えて下さい」
「篠田ちゃん、陸上やめたらだめだからね。こんなことに負けないで。インターハイで会う約束、忘れてないからね」
はい、と答えて電話は切ったものの、どうしていいか、どうするべきか、全く分からない。とりあえず真矢にもこのことを伝えなければ。そう思い立って仁美は部屋を飛び出した。
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