第15話 長﨑心愛女子高等学校 入学

 長崎に来たのは2回目。選抜試験のとき真矢といっしょに1回来ている。その時はまだ合格するかどうか分からなかったし、受験勉強も続けないといけなかったので、どこにも寄らないで日帰りした。

 晴れて長﨑心愛女子高等学校に合格し、寮に入ることになる私たち遠方組の生徒は、入学式に先立って入寮手続きをしなければならない。

 布団など大きな荷物は先に送ってあるが、生活するための身の回りのものを持っての移動だからかなりの大荷物である。

 当面必要なものに絞ったつもりだけど、家にある一番大きなスポーツバッグは、詰め込んだ荷物ではち切れそうになっている。それ以外に背中にはいつものリュックを背負っている。こちらには財布とかスマホとかすぐ出し入れが必要なものを入れている。

 高校に入学して寮生活になるからと親からスマホを与えられた。よし、これで真矢といつでも連絡が取り合える。

 京都から新大阪に出て、山陽新幹線で博多まで約2時間30分。そこから在来線の特急で約1時間30分で長崎駅着。およそ5時間の小旅行。そこからは路面電車に乗って、最寄り駅から徒歩20分くらいで学校に着く。そこから寮までどのくらいあるのかはよく知らないけど、同じ敷地内だしそんなに遠くはないはずだ。行けば分かるだろう。

 乗換なしで京都駅から長崎駅まで直通の格安の高速バスって言う手もあったし、それで行こうと思ってたんだけど、親たちがお金出すから電車でいきなさいと、スポーツ特待生枠で学費もかからないんだから、せめてそれくらいの費用は出すからと言ってくれた。別にバスがそんなにひどいとも思わないが、ここは親たちの顔をたてておこうとあえて好意に甘えることにした。

 私と真矢は新大阪駅から新幹線の指定席で隣り合った席を確保した。自由席でよかったのだが、これも親が指定で行きなさいと行ってくれたので甘えた。

「こんなに甘えさせてくれるのなんてきっと一生に一回だけやないかな」

「なんか、昨夜はお嫁に行く前夜みたいな雰囲気やった。お嫁に行ったことないから分からんけど」

「あー分かる。なんか変にやさしいねん。気持ち悪いくらい」

「仁美も私も一人っ子やから、やっぱ親としては寂しいんとちゃう?」

「おとうちゃんなんか、昨夜いっしょに晩ごはん食べるためにえらい早く帰ってきてんねん。いつも私が寝てから帰ってくるのに。ケーキまで買うてきてくれたりして」

「急にかわいがられても困る。いつもどおりにしててくれた方がええんやけどなあ」

「そうやんなあ。私なんか家出る時、ちょっと泣いちゃったよ」

「仁美、寂しがりやもんなあ。でも」

 ちょっと間があいたので、仁美は真矢の方を見た。正面を向いたままで真矢が言った。

「これからは私が仁美のそばにいるから」

「うん……私、また泣きそうだよ」

 そう言いながら真矢の肩にもたれかかった仁美の肩に、真矢は腕を回してそっと抱いた。


「長﨑心愛女子って、ちょっと調べたんやけど、結構偏差値高いねん。一般で受験してたら入れへんかったかも」

「私ら超ラッキーやん」

「フランスやカナダに姉妹校があって、交換留学制度もあるみたい。向こうからの留学生もいてるらしい。そやから英語教育にも力入れてるみたいで、ネイティブの先生の英語授業があったり、長﨑の大学生との英語での交流も盛んみたいやな」

「お勉強きついかも?」

「うん、そうかも。二人でいっしょの高校に行けて喜んでたけど、なんぼスポーツ推薦でも油断してたら落第させられるかもしれん」

「真矢、いっしょにいてね」

「落第したら見放すで」

「さっき私のそばにいてくれるって言ったじゃん!」

「私が先に卒業したら無理やん」

「わー、真矢のヒトデナシ!」

 なんてあほな会話をずっと長﨑まで続ける二人だけど、二人だけで広い世界へ飛び出す高揚感とちょっとの不安と二人でいっしょにいられる幸福感で胸がいっぱいだった。


 JR長崎駅下車。長崎の市街は江戸時代の交易の歴史を感じさせる建築物がそこここにあって、駅に降り立ってすぐ、ああ長崎に来たって気持ちになる。

 そんなとこ、ちょっと京都と似てるかもしれない。京都も歩いていたらいたるところにお寺や神社、天皇陵などがある。JRの駅から見える東寺の塔は有名だし。

 中華街やオランダ坂、グラバー邸などの洋館はJR長崎駅より南方向にあるようだ。私達の学校は反対方向の北方向にあって、たったいまJRで来た方向にちょっと戻ることになる。途中、平和公園の他、私達がお世話になるであろう陸上競技場の横を通過する。

 寮は学校の後方の少し高くなった場所に建っていた。校舎から寮へ向かう道の両側は雑木林になっていて、その合間から陸上競技用のグランドが見える。全天候型トラックがある学校にずっと憧れていた。今は春休み中で生徒の姿は見えない。

 寮に到着。寮の管理をされているシスターに挨拶。その後、シスターに寮を一通り案内してもらった。

 寮を入ってすぐのところにある下駄箱には番号が付いていて、各部屋毎に1つ割り当てられている。ここに手紙なども入れてくれることになっているらしい。大きな荷物は管理人室で預かってくれて、その旨のメモを入れてくれたりするらしい。

 管理人室は入口を入って直ぐのところにあって、その奥に談話室。机と椅子、テレビやパソコン、新聞などが置かれている。卒業生が置いていったと思われる書籍や漫画も並んでいる。結構な量だ。その左奥が食堂。2、3年生もいるので、今日からでも食堂で食事をとることができるらしい。右側の奥には浴室。その手前にトレーニングルームがある。さすがスポーツ推薦の生徒を受け入れているだけあって設備も整っている。

 食堂手前から左にずーと廊下が続いていて、廊下の南側に寮生の部屋が並んで配置されている。北側は壁と窓で、窓から雑木林を通して街が見える。

 居住スペースは1階が1年生、2階が2年生、3階が3年生になっている。あと、廊下の一番奥、突き当りには洗濯場があって洗濯機や乾燥機がずらっと並んでいる。階段はその洗濯場横と、食堂横の2箇所にある。屋上は物干し場になっている。

 入浴時間は夕方からだけど、シャワーは24時間お湯が出るらしい。寮生はみんなスポーツ推薦で遠方から入学した子達ばかりのようだから、シャワーがいつでも使えるのはうれしい。

 そして管理人室に戻って部屋割り。くじ引きで部屋が決められる。私達よりも早く入寮している新入生もいるようで、いくつかの部屋は既に埋まっているようだ。

 真矢と隣り合わせがいいなとは思ったが、くじ引きなのでそううまくはいかない。食堂に近い方に真矢、そこからいくつか飛んで私の部屋が割り当てられた。全室南向きで部屋の内装は同じだから、どこでも大した変わりはない。しいて言えば食堂やお風呂場に多少近いかどうかくらいかな。

 さて、入寮して自分の部屋も決まった。持って来たものはそれぞれの有るべきところにしまった。

 制服の採寸は受験のとき合否に関わらず済ませている。その制服も受け取った。白いブラウスに濃紺のベストとスカートがつながったワンピース型の制服。腰にワンピースと同じ色の布地のベルトが付いている。スカート丈は膝下5cmと決まっている。ワンピースだからスカートを腰で巻き上げてミニにすることはできない。校章入りの白い靴下、黒い皮の正靴にこれも黒い革の正カバン。さすがカトリックの学校。頭に白い布を掛けたらシスターみたいだ。

 互いの部屋を行き来して、制服姿を見せあった。

「真矢の制服姿、清楚な感じがすごいええやん。聖女みたい」

「なに、聖女って?」

「よう分からんけど、清らかさの中にキリッとした強さを秘めているオンナ?みたいな」

「そうかな」

 真矢もまんざらでもなさそうに、自分の姿を確認するような仕草。

「真矢、抱きしめてもいい、かな」

「うん……」

 見つめ合ったまま、真矢の肩に手を掛けて引き寄せる。私の方が背が少し高いから寄り掛かった真矢のおでこが私の肩に当たる。そのまま真矢の背中に手を回してぎゅっと抱きしめた。真矢も私の背中に手を回して抱きついてくる。

「真矢……」

 真矢の唇に自分の唇を重ね、ようとしたところで、

「ちょっと待って!学校でそんなことしたらあかん気がする」

「ここ、学校ちゃう。寮やん」

「それでも、やっぱりキスはやめといた方がええ気がする」

「えー、なんで?」

「男女交際でもけじめって必要やん。女同士でも同んなじやろ。しかも学校の敷地内やし。この際、どこまでやったらしてええか決めとこ」

「えー、ほなキスは?」

「敷地内ではあかん」

「手を繋ぐんは?」

「誰も見てなかったらいい」

「抱きしめるのは?」

「お互いの部屋やったらいい」

「エッチは?」

「あほ。あかんに決まってるやろ」

「真矢ってやっぱ聖女やわ」


 真矢と仁美が京都を出発した時、桜はまだ5分咲き程度だった。長﨑は京都より暖かいせいか、桜は既に盛りを過ぎて、少しの風でも花弁から花びらが離れてまさに吹雪のように舞い散る。そんな晴天の春のある日、長﨑心愛女子高等学校の入学式が行われた。

 新入生は講堂の入口前に先生の指導に従って整列していた。集まった新入生を見ていると、スポーツ推薦の子ってだいたい分かる。特徴として、背が高い、筋肉質でがっしりしている、日焼けしてる、髪が短い。全部があてはまる子ばっかりではないが、おそらく9割以上の確率で言い当てられそうな気がする。

 在校生は既に講堂に整列しているなか、新1年生が講堂に入場する。講堂の壁際にずらりと先生方が並んでいる。シスターと思われる人もいるが、一般の先生の方が多い。大半は女性で、男性の先生は少数だ。挨拶された校長先生もやっぱりシスターだった。

 来賓の挨拶、在校生代表による歓迎の言葉、先生方の紹介、校長先生の挨拶と入学式はつつがなく進行し、在校の2、3年生によって校歌が斉唱される。一年生は配られた歌詞カードを見ながら小さな声で口ずさむ。

 

 長﨑心愛女子高等学校校歌

         作詞:なかまゆ

 一.

 光あふるる風頭(ふうとう)の

 沖に青き海原を

 のぞむ学びや、心愛の

 究めよ、我らが乙女

 真理の心、英知の里

 ああ神よ、我ら深く慕いまつる

 二.

 緑あふるる稲佐山の

 雲より映ゆる太陽を

 のぞむ学びや、心愛の

 育め、我らが乙女

 慈しみの心、やすらぎの里

 ああ神よ、我らがたどる道を照らし給え

 三.

 あゆの風そよぐ春の日の

 花咲き匂う大浦を

 のぞむ学びや、心愛の

 宿せ、我らが乙女

 マリアの心、愛の炎

 ああ神よ、我らとこしえに献じまつる


 入学式が終わって、講堂でクラス分けが発表された。なんと真矢と仁美は別々のクラスになってしまった。その場でクラス毎に分かれ、担任の先生に各教室へと引率されて行く。仁美は真矢がクラスで浮いてしまわないかが気掛かりだった。

 仁美達のような寮生はお弁当がないから、昼休みは食堂で食べることになる。仁美がお昼休みに食堂に行ったとき、真矢も食堂でクラスの友達といっしょにご飯を食べているところを見かけた。いっしょにいた子らはお弁当を広げていたから一般の生徒なのだろう。仁美は心配したことが杞憂であったことを知ってほっとした。

 真矢といっしょにお昼を食べられないのはちょっと残念な気もするが、これからは放課後の部活もいっしょだし、何より同じ寮で生活するのだから、いつでも会いたいときに会える。そう考えるとなんだかくすぐったいような幸福感で満たされるのを感じるのだった。

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