第12話 3年生 卒部の会

 主な大会が終了した10月末。3年生は引退し、新たに2年生から部長、副部長などの役員が選出され、新体制になる。

 そんなある10月の土曜日の午後、部室で3年生の卒部の会が開かれた。これで正式に3年生とはお分かれになる。もちろん学校には来られているから会おうと思えば会えないことはないんだけど。1年生にとっては半年足らずしか付き合うことができなかった先輩方だけど、いなくなるのはやっぱり寂しい。特に進堂先輩には色々お世話になった仁美としては、ひときわ寂しい思いが胸にせまる。

 ひととうり部長、副部長、会計など役員の引き継ぎの挨拶が行われたあと、3年生が一人ずつ1、2年生にお別れの挨拶をしてくれる。1年生はそうでもないが、2年生の女子部員はほぼ全員が泣いている。男子部員は泣きこそしないが真剣な顔で挨拶する先輩を見つめている。みんな今の3年生が好きっていうか尊敬していたんだなって改めて感じる。進堂先輩のときなんか女子部員全員が大泣き状態で、仁美も涙が止まらなくなって俯いてしまった。最後は元部長の挨拶で締めとなる。その時も大半の女子部員が泣いているのを見て、部長って意外と人気があったんだなあと仁美は感じるのだった。

 それからまたひとしきり別れを惜しんだあと、みんな三々五々帰っていくところで、元部長から声を掛けられた。

「篠田、ちょっと話があるねん。ええか?」

「はい?」

「最後に、あのときのこと謝っときたいと思って」

「あのときのこと?」

「お前が記録会で100mハードルにエントリーしたいって言ったときのこと」

「ああ、あのときのことですか」

「俺、先入観で頭ごなしで、お前の言う事全然聞かんかった。お前みたいな凄い奴が1年生の女子にいるなんて全然考えもせんかった。悪かったな」

「分かりました。もう気にしてませんから」

「ありがとう。それでなんやけど……」

「はい?」

「篠田は、誰か好きな奴とかおるんか?」

 好きな人って言われて当然のことながら真矢のことが頭に浮かんだ。

「好きな人ならいます」

「その人と付き合ってるとか?」

「はい。付き合ってます」嘘は言ってないよね。

「そうか」

「あの、それが何か?」

「うん、いや、ええんや。別に何でもない」

「そう言えばなんですけど、最後に私も聞いていいですか?」

「ああ、ええよ」

「進堂先輩と皆戸先輩って付き合ってるんですか?」

「はあ?そんな訳ないやろ。あんな毒舌オンナ。なんでそうなるねん」

「だって進堂先輩が皆戸先輩のことあんなにいじるのって……ああ、いや、いいです」

 こんなこと私から言っちゃったらまずいよね。

「なんや、変な奴やな」

「よ!二人で何話してんの?」

「進堂先輩!」

「篠田ちゃん、今度はインターハイで会おうね。待ってるよ」

「はい!絶対会いましょうね!」

「皆戸はこれでさよならだね」

「あほか。俺かてインターハイ行くで」

「あんたその前に高校入れんの?洛清高校難しいで」

「お前が入れるんやったら俺かて入れるに決まってるやろ」

 洛清高校って言ったら地元の私立で、陸上の名門だ。

「お二人とも同じ高校に行かれるんですか?」

「いやいや。皆戸はたぶん試験で落ちるから」

「受かるちゅーねん。縁起悪い事言うな」

「あんた、この前の模試で判定Bやったやろ。この時期でBってまじやばいで。私と同じ高校行きたかったら今からめっちゃ真剣に頑張らな。ちなみに私は余裕のA判定やし」

「く……」

「皆戸先輩、来年も遊びに来ていいですよ」

「なんやその上から目線。人が浪人するような言い方すんな!」

「篠田ちゃん?」

「こんなバカ話できるくらい仲良しな先輩いなかったです。ほんまに寂しいです。まじで遊びに来てくださいね」

「うん、しょっちゅう遊びに来るよ」

 これでお別れじゃない。会いたければいつでも会える。ずっと同じ陸上競技の世界で戦い続ける仲間なんだ。分かっているはずなのに涙が溢れて止まらない。真矢、会いたいよ。話がしたい。私って真矢の言う通り、ほんとに寂しがりやだね。


「それで寂しくなって私に電話してきたと」

「うん」

「明日、陸上教室で会えるやん。ほんと寂しがり屋さんやね」

「うん」

「それで元部長さんとはそれ以上何も話さなかったん?」

「うん、特には何も」

「仁美、にぶすぎ。元部長さん、あんたのことが好きやったんやろ」

「はあ?そんな訳ないやん。初対面のときから最悪で、私なんか絶対嫌われてたって」

「なんで仁美に好きな人がいるかって聞いたん?もし、仁美が付き合ってる人はいませんって答えてたらどういう展開になってたか考えてみ」

「考えてみって。私に付き合ってる人がいないって答えたら?俺と付き合ってくれとか?」

「なんや分かってるやん。もっとにぶいと思ってたわ」

「えええ!?」自分で言っといてどん引いた。

「まあ、仁美はそのにぶいとこがええんやけどな」

「真矢の言うことが本当なら、私、次会ったらどんな顔したらええの?」

「そんなん、私は知らん」

「わー、真矢がそんなこと言わなきゃよかったのにー」

「わはは、もてるオンナはつらいねえ」

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