第11話 全国中学生陸上競技大会(全中) 全国大会

 7月末、京都府大会に参加。これまでの地区予選で既に全中参加のための標準記録は突破しているものの、ここで再度自己ベストを更新して全国大会への出場を決めた。真矢は当然のごとく標準記録を大幅に突破して、府大会優勝というおまけまで付けた。

 私の学校で全中へ出場できるのは、私と進堂先輩と、どうでもいいけど部長。公立の学校だと一つの学校から全国大会に3人も出場するなんて珍しいらしい。進堂先輩と部長は去年も全中に出場してるらしいけど。真矢の学校は真矢だけって言ってた。


 8月はじめ、近畿中学総体に参加。これは全中とは直接関係ない大会だけど、全中に出場する選手はたいていこの大会にも参加するから、全中の前哨戦とも位置づけられる大会だ。この大会で勝てなければ全中でも勝つことは難しい。

 ここでも真矢は優勝し、私は3位に入った。それにしてもこんなにいっぱい陸上の大会があるなんて知らなかった。色んな大会に出場しながら全中に向けて心と体を作り上げて行く、らしい。


 そして8月末、全日本中学選手権、いわゆる全中がいよいよ始まる。大会会場には全国各地の地区予選やブロック予選を勝ち抜き、都道府県大会で標準記録を突破した選手が集まってくる。今年の大会会場は京都ではないので、私達は大会の間、会場近くの宿泊所に泊まり込むことになる。小学校のときの陸上教室の合宿みたいで楽しみ。真矢も同じ宿泊所だったら最高なんだけど、どうかな。

 宿泊所までは顧問の先生の同伴のもと、出場選手全員いっしょでの移動になるから真矢といっしょに行くことは出来そうにない。

 競技日程によると100mの決勝は100mハードルの決勝より前にあるから、私の決勝前には真矢は帰ってしまうことになる。あーあ、真矢に私の決勝を見て欲しかった。出れたらだけど。

 進堂先輩の出場するフィールド競技は予選から決勝までまるっと最終日に行われるらしいので、私達も最終日まで残ることになる。

 真矢は競技の前日入りで2泊3日、私達は3泊4日、そのうち1日だけ宿泊日が重なる。真矢の決勝の日が私の予選の日と同じ日なのだ。

 宿泊所はまだ決まっていないが、第一希望がどっちも通れば同じところになる。

 大会会場までの移動の電車の中、私は進堂先輩と隣り合わせの二人席に座った。顧問の先生と部長は一つ前の席に座っている。

「今年は篠田ちゃんがいてくれてうれしい。去年は女は私一人だったし。相方はいたけどあの部長でしょ。つまんなくて」

「おーい、聞こえてるぞ」

「ああ、何となく分かります」

「おまえな!」

 確かに、移動もそうだけど、大会会場で誰も知った人がいないっていうのは心細いだろうな。たとえ種目が違っても、いっしょに戦っていると思える人がいるといないのじゃ全然違うだろう。そう気付いて考え込んでしまった。

 真矢は一人だけで移動して、競技場でも一人で戦わなくちゃいけないんだ。せめて決勝のときはそばで励ましてあげたい。そういえば宿泊所は同じとこになったって言ってたから、今夜は話くらい出来るかな。

 その夜は前泊で食事が終わったら特にやることはない。ホテルのフロントから真矢のスマホに電話してみた。しばらく呼び出し音が繰り返されたけど真矢は出なかった。私は諦めて部屋に戻った。

「篠田ちゃん、お風呂行こうよ。ここ地下に大浴場があるんだって」

 部屋割りはやっぱり進堂先輩と私の二人部屋。真矢に電話してから部屋に戻った私を進堂先輩がお風呂に誘ってくれた。やっぱ合宿って言ったらお風呂だよね。合宿じゃないけど。

 お風呂セットを持ってエレベーターで地下に降りる。

 進堂先輩、スリムそうに見えるけど服脱いだら結構出るとこでてるんだ。腰細い。背も高くて足も長くてスラリとしてて、まるでモデルみたい。いいなあ。

 私は例によって胸をタオルで隠しながら、お風呂場へ入った。お風呂場の中は湯気で煙って、照明もちょっと薄暗い。他人の体なんかよく見えないかも。

「おお、サウナがある」

「えー、いきなりサウナですか?」

 掛け湯をした進堂先輩はいそいそとサウナ部屋の中へ消えた。私はやっぱり最初は大きな湯船につかりたい派だ。湯気と薄暗い照明でよく分からないが、湯船は広い円形をしているようで、向こうの端の方にお湯が注ぎ込まれている所があるらしい。お湯が流れ落ちる音がする方へザブザブと歩いていった。お湯の流れ込みの近くに人がいるのが分かった。長い髪がお湯に浸かって濡れないようにアップにしている。

「仁美?」

 呼ばれてびっくり、真矢!

「わー真矢、偶然だね、ってこともないか。同じホテルだもんね。さっき電話したけど繋がらなかったから、もしかしたらって思ってはいたんだけどね」

「ごめん。お風呂入ってたから」

「あー、気持ちええなあ」

 しばし、お湯の中で和む。

「予選どうやった?」

「うん、勝ったよ。明日決勝」

「やったー、おめでとう。明日は応援するね」

「仁美の決勝は見れへんね。ごめん。でもがんばれ」

「出れたらだけどね」

「大丈夫。仁美がんばったやん」

「真矢さ、一人って心細くない?地元ならともかくアウェイだし」

「別に。私は平気。一人の方が好きやし。誰かといっしょやったら気を使って集中できなくなりそう」

「やっぱ真矢は強いなあ。私だったら心細くて集中できなくなりそうだよー」

「それは違うよ。本当に強い人の周りに人は集まるんだよ。仁美みたいに」

「いやいや、たまたまうちの学校は3人も出場できる人がいただけやし」


「おーい、篠田ちゃーん。どこですかー」

「あ、進堂先輩や」

「ほな私、もう出るわ」

「あとでロビーで会えるかな」

「分かった。後でね」


「知り合い?」

「はい。他の学校ですけど全中に出場してる友達で」

「ふうん。薄暗くてよく見えなかったけど、なんかきれいっぽい子だったね。ところで明日は競技開始前に入って、ウォーミングアップするから朝早いよ。今夜は早く寝ないとだね」

「先輩はもし一人で全中でに出ることになってたら心細くないですか?」

「うーん、どうかな。移動のときとか今みたいに競技以外の時間は一人だと退屈かなーって思うけど、競技中は一人だしね。仲間も先生も助けてくれないし、同んなじじゃないかな」

「そうですね」

 そうは答えたものの、やっぱり私は一人は心細いと思う。ゴールしたとき祝福してくれる仲間がいてくれた方が心強い。やっぱ私って寂しがりなんかな。それとも真矢や進堂先輩が強すぎるのか。


 私がお風呂から上がるのを真矢はロビーで待っていてくれた。

「何見てるん?」

「これ」

 真矢が見ていたのはロビーにあった陸上競技の雑誌だった。

「6月の日本選手権の記事が載ってる」

「高校生も出場してるんだよねえ。けど決勝はさすがに一般と大学生ばっかりだったけど」

「私らもいつか出ようね」

「うん。出よう。そんでダブルで金メダル取ろう!」

「記録も塗り替えちゃおう!」

 私達は笑って、そして軽く拳を合わせた。


 真矢はその年の全中大会の1年生の100mで優勝した。全学年で一番早かった3年生の優勝タイムとの差が0.1秒しかなかったことで話題になった。私は100mハードルで決勝に残れたことだけで上出来の8位入賞。100mハードルは全学年共通種目で、決勝に残った1年生は私だけだった。しかし2、3年生はやっぱり速い。まだまだ修行が足りないと痛感した大会だった。


 全中が終わって帰りの電車のなか。行くとき同様、進堂先輩と隣り合わせの二人席に座ってお喋りをしていた。

「篠田ちゃんって、朱雀中の岡部さんと知合いなん?」

「陸上教室でいっしょでした。っていうか今も一緒に陸上教室に通ってます」

「そうなんだ。岡部さんが優勝したとき抱き合って祝福してたもんね。篠田ちゃんも凄いけど、あの子も凄いね。それに結構美人じゃん。あ、篠田ちゃんが美人じゃないって言ってるわけじゃないよ。篠田ちゃんもかわいいよ」

「はあ、どうもです」

「ただ、あの子、結構目立つでしょ。走りも見た目も。それが悪目立ちしなきゃいいなと思って」

「どういうことですか?」

「ネットなんかでね、目立つ子の噂をあることないこと大げさに騒ぎ立てる奴っているじゃない。それが原因で競技に支障が出たり、最悪、競技をやめちゃったり」

「まさか、そこまで」

「昔さ、昔って言っても2年ほど前なんだけどね。陸上の半パンって足部分が広がってるやつあるでしょ。足動かしやすいようになってるから仕方ないんだけど。最近はあんまり履いてる子いないよね。で、足部分から下着が見えてる写真をネットにアップされた子がいて。顔も写ってたから知ってる人が見たら誰か分かっちゃって。今だったらだいぶ規制が強くはなってるんだろうけど、その時はそういう写真が横行したんだよ。そんなことのターゲットになる子ってやっぱりかわいい子なわけよ。その子は中学生だったんだけど陸上をやめちゃったんだよね。短距離で凄く速かったのに」

「もしかして先輩の知ってる人、ですか?」

「そうだよ。私のお姉ちゃん」

 仁美はどう言っていいのか分からず、言葉に詰まってしまった。

「だから、岡部さんも篠田ちゃんも気をつけなよって話。あんたたちこれからどんどん注目されるようになるからさ。まあ、何をどう気をつけたらええねんって話だけどね。ただ、そういうこともあるってことは頭に入れておいて欲しいんだ」

 進堂先輩は真剣な顔で黙り込んでしまった私を見て、

「ごめんね、脅かしすぎたかな。有名人が色々大変なのはスポーツの世界に限ったことじゃないからさ。どこでも同じだから」

「あほか。フォローになってへんぞ」前の席から皆戸先輩が突っ込んだ。

「あ、そか。ごめんごめん」

「いえ……」

「がーん!皆戸に注意されちゃったあ。進堂弓、一生の不覚」

「なにゆうてんねん。だいたいおまえは・・・」

 皆戸先輩と進堂先輩の掛け合い漫才が始まった。二人とも私に気を使ってくれているのが分かる。皆戸先輩って案外いい人だなと、ちょっと見直した仁美であった。


 真矢は10月はじめに開催された京都中学総体の100mで優勝。ちなみに私も100mハードルで優勝。真矢はさらに10月末のU16ジュニア陸上競技大会にも出場し、決勝まで残って『速すぎる中学1年生』として話題になった。

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