第10話 宵宮デート
7月中頃、京都では祇園祭りというイベントがある。祇園祭りは前祭(さきまつり)と後祭(あとまつり)があって、前祭は山鉾が市内を巡る有名な『山鉾巡行』で終了する。その後7月末に後祭があるが、どうも前祭の方が有名で、後祭はあまり馴染が少ないようだ。かくゆう私も京都に住んでいながら後祭が存在することすら長年知らなかった。
なぜ前祭の方が馴染みがあるかというと、山鉾巡行前の3日間、宵宮が開催され、歩行者天国が設定されたり露天が出たりするからだと私は思っている。宵宮は3日前が宵々々宮、2日前が宵々宮、前夜が宵宮と呼ばれて、本番の山鉾巡行に向けて次第に盛り上がりを見せる。それぞれの宵宮では、夕方から市内のメインストリートで交通量も多い四条通りの一部の区間が車両全面通行止めになって歩行者天国となる。その区間に鉾や山が組み立てられ、『こんこんちきちん、こんちきちん』と笛や鈴でのお囃子が鳴り、露天が立ち並らぶ。地元の人々はもちろん、観光客もたくさん訪れ、夜遅くまで賑わう。
中学生にもなると子ども同士で夕方から出かけて夜まで遊んでも叱られない唯一の機会となる。大半の女の子は浴衣を着て、友人同士で出かけるが、男の子にとっては女の子を誘う絶好のチャンスでもあり、宵宮が近づくと校内がざわつく。
そんな宵宮のとある日曜日、私達はいつもと変わらず陸上教室に通っていた。予選会からずっと次の大会のことで頭がいっぱいで、私はその日が宵宮であることを知らなかった。私が住んでいる地区は市内から外れていて、宵宮が出るあたりを普段通ることはあまりない。
「仁美、この後なんか用事ある?」
「別に。帰るだけやけど」
「母親に、長刀鉾(なぎなたぼこ)の『ちまき』買うてきてって頼まれたんやけど、いっしょに行かへん?」
「ああ!今って宵宮やってんのかあ。すっかり忘れてたわ。しかし真矢の家って『ちまき』飾るんや」
「うん。昔からの恒例やねん。長刀鉾のちまきって人気あるから早よ行かんとなくなるさかい」
そうなんだ、全然しらんかった。じゃあついでに私の家にも買おうて帰ろうかな。
「真矢、もしかしてこれはデートのお誘いかな?」
「別にそんなんと違う。親にお使い頼まれたからいっしょに行かへんって言うてるだけやん」
真矢ったら照れてる。かわいいから、つい追い打ちをかけてしまう。
「うへへ、真矢からデートに誘われるなんて初めてやなあ」
「違う言うてるやん。その変な笑い方やめて!」
「照れない、照れない」
そう言うと、仁美は真矢の腕に自分の腕を絡めて引き寄せ、はりきって歩き出した。
私達はトレーニングウエアに運動靴、背中にスポーツバッグと言う出で立ちで、電車に乗って河原町駅へと向かった。真矢のスマホを借りて家には遅くなる旨の連絡を入れた。
宵宮の日は、浴衣を着た女の子、女性で電車がいっぱいになる。
「せっかくのデートやのに、私等も浴衣着て来たかったなあ。こんなん色気も何もないし」とお互いの出で立ちを見ながら仁美がつぶやいた。
「練習帰りなんやし、しゃーないやん。それにこの方が動きやすくてええやん」
「デートってとこは否定しないんや」
「ふん、せっかくやし、ちょっとだけ見て回ろか」
「わーい!デート、デート」
夕暮れて、提灯に明かりが点った四条通りを私達は手を繋いでぶらぶらと歩いた。目的の長刀鉾は河原町と烏丸の間にあって、真矢はそこで予定どうり『ちまき』を購入。仁美も自分ち用に一個買った。しかし『ちまき』って結構高いんだ。おこずかい無くなっちゃうよ。帰ったら返してもらお。
「ねえ。これって、中身何が入ってんの?」
「なんも入ってないよ。藁を笹で包んでイグサで巻いてあるだけ。茅の輪ってあるやん。あれをくぐって厄除けするのとおんなじご利益がある厄除けのお守りなんやって」
「お!ジェラート屋さんあるで。食べよ!」
「仁美、人の話聞いてる?」
呆れながらもジェラートに食いつく真矢。
「へー、色んな種類があるんやなあ」
「山椒ミルクって、ちょっとどんなんか食べてみたない?」
「うちは、かぼちゃのジェラートにしよ」
店先の椅子に座って、通りを歩いている人々を眺めながら、お互いのジェラートの食べ比べをした。
「全中、行けるかなあ」
「行ける。絶対。問題はどこまで勝てるかや」
「真矢は凄いなあ。真矢やったら優勝できるやろ。問題はうちや」
「まだ時間ある。がんばれ」
目の前の通りを何組ものカップルが楽しそうに笑いながら通っていく。それを見ながら仁美がつぶやく。
「いっしょに行けたらいいのに」
「うん」
「高校、絶対おんなじとこ行こうね」
「うん」
普段は京都随一の繁華街も今夜はビルの照明や街頭の灯りはほとんど消され、山鉾に飾られた提灯の灯りが暗闇の中で鮮やかに浮かび上がっている。照明が少なせいか普段だったら気づかないような細い月が、夜空に浮かんでいるのが見えた。
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