第9話 全国中学生陸上競技大会(全中) 地区予選
6月。私の通う中学校を含む地区で、全中の選考会が始まった。
真矢の中学と私の中学は同じブロックになるから、予選会の会場で会うことになる。でも学校ごとに固まって行動するだろうし、あまりいっしょにいられないだろう。お昼はいつものサブトラックでいっしょに食べようねと電話で約束した。
当日は梅雨入り前の、まだ湿度が低くてカラッとした晴天。涼やかな風が吹いている。陸上競技としては風は気になるところだけど、あくまでそよ風で、向かい風であっても追い風であっても、競技に影響のあるようなことはなさそうだ。
参加者はサブトラックを使っていつでもウォーミングアップすることができるが、朝の競技開始前にはメイン競技場の所定の場所を使ってのウォーミングアップが認められている。
競技場に集合して点呼をとり、集合場所を確認して荷物を置き、受付で受け取ったゼッケンを付ける。競技時間や招集について再確認のあと、各自ウオーミングアップに向かう。
真矢が学校のユニフォームを着てホームストレートでウォーミングアップしているのを見つけた。真矢のユニフォーム姿を見たのは初めて。似合ってる。かっこいい。
私は真矢の後ろからそっと近づいていきなり抱きついた。
「きやっ!」
「うへへ、おはよう」
「仁美か、びっくりした。変な笑い方すんな!」
「うへへ、調子よさそうだね」
「うん……体調はばっちりなんやけど」
真矢がうつむき加減になる。またなんかあったのかな?
「なんかあった?」
「お昼のとき話す。今はウォーミングアップしなきゃだし」
「わかった」
「午前の予選、仁美が先やん。がんばれよ」
「真矢も。いっしょに午後の決勝出ようね」
私達はお互いの拳を軽く合わせて分かれた。
午前中、100mハードル予選、準決勝、100mの予選、準決勝が行われ、上位8位までが午後の決勝に進むことができる。4×100mリレーは100mハードル、100mの決勝のあと、予選、決勝ともに午後行われる。
他校の選手と走る経験は小学校の市大会以来だ。でも全中の選考会ともなると、参加人数も多いし、競技種目も多くて、なにより参加者のやる気度っていうか本気度が違う。みんな上位大会に進みたくて殺気立っている感じ。そんな中にいると緊張してしまうけど、なるべく今日を楽しもうって決めている。
私も真矢も予選、準決勝を一位で決勝へ進んだ。これでとりあえずベスト8。決勝の結果に関わらず、上位大会への参加の権利は獲得したことになる。
真矢の走りは相変わらずすごい。後半で加速して一気に抜き去ってしまう。私は真矢が負けたところをまだ見たことがない。真矢が負けるところが想像できない。この子は本当に日本一になってしまうかもしれない。
お昼休み、私達はいつも陸上教室で通い慣れているサブトラックの芝生でお弁当を広げていた。今日は色んな人がウォーミングアップで使っているから、ちょっといつもと違った雰囲気ではあるけど。
「うちの学校のリレーの代表、全部3年生って言うてたやん」
「うん、聞いた」
「それおかしいんと違いますかって一年生の子が言い出して。学年とか関係なく速い人が出るべきじゃないかって」
「へえ」
嫌な予感がする。私も進堂先輩がいなかったらリレーの選手にはたぶん選ばれていない。
「それってめちゃくちゃ正論やん。言われた3年生も反論できなくて、結局顧問の先生預かりになったんやけど。顧問の先生も慣例で3年生から選抜してたけど、そういう意見があるならこの際見直してみようかって言い出して」
「ふーん」
「そしたら私がリレーに入ることになっちゃって」
「その代わり3年生が一人はずれてしまったと」
「はずれた3年生だけじゃなくて、残った人たちともなんか気まずい感じになって。そやから私は別にリレーなんか出たくなかったのに。言い出しっぺの子は素知らぬ顔してるし、なんかその子にもむかついて」
「断ることは……まあ、できないか」
「しょうがないから出るしかないんだけど、バトンパスの練習とか、私初めてなのにうまく出来なかったらめっちゃ嫌な顔されるし」
「はあ」
普段あんまりしゃべらない真矢がこんなに口数が多くなることは珍しい。よっぽどたまってたんだな。
「それでバトンパスの少ない1走かアンカーってことになったんだけど、1走だと2走の人とのスピードが違いすぎてどうしても上手くいかへんかって。アンカーやったらバトンをもらう私が相手に合わせたらええからってことで結局アンカーになってん」
「まあ、バトンパスの練習ができていい経験になったやん。来年からはちゃんと選抜してくれるやろうし。今年だけは我慢、やな」
「うん」と言いつつ、真矢は大きなため息をついた。
それでも真矢のリレーチームは予選を通過して決勝に進んだ。アンカーまでは先行されていても真矢が全部ぶっちぎっちゃうのだ。
予選では真矢のチームとは出走する組が違うから、いっしょに走ることはなかったが、決勝では当然いっしょに走ることになる。ちなみに私の出走の順番は1走だから、真矢と直接対決することはない。
午後の100mハードル決勝では私が一番になった。真矢はスタンドから手を振って祝福してくれた。100m走では真矢が当然のごとくぶっちぎりで一番になった。今度は私がスタンドから手を振って祝福した。同じ学校だったらもっとちゃんと祝福してあげられるんだけどな。高校は絶対同じ学校に行きたい。あとはリレーの決勝だけ。
リレーのアンカーは、レーン番号を書いた腰ナンバー標識を付ける。私のチームは第7レーン、隣の第8レーンが真矢の学校だ。真矢は8と書いた腰ナンバー標識を着けて第4カーブ付近にいる。私は真矢の学校の1走の人をそっと見た。この人は絶対抜かないといけない。別に真矢のことで恨みがある訳では無い。アンカーが真矢なんだから、この学校にはアンカーまでにできるだけのリードを取っておかないと最後に絶対ひっくり返される。
1走の選手は第1カーブのところからスタートする。スタートラインは横一列ではない。走る距離は同じだけど内側ほどカーブがきついから一般的には不利だと言われている。そういう意味では私の学校はラッキーだったと言える。
ピストルの合図で一斉にスタート。フライングはなし。スタートした後は追われる立場だからひたすら逃げる。私の前方には第8レーンの子しかいない。
第2カーブを曲がったあたりで第8レーンの子を捕まえて抜いた。これでトップ。そのまま2走へとバトンを繋ぐ。
リレーの順位はテイクオーバーゾーンとカーブを走る関係で、ぱっと見た目では確認しずらい。先に次の走者にバトンパスをした方が順位が上なんだけど、カーブの関係で実際の順位と走者の前後関係が分かりづらい。バックストレートを走る2走と、ホームストレートを走るアンカーの区間でその差がはっきり分かる。
2走、3走でめまぐるしく順位の入れ替わりがあり、アンカーにバトンが渡されたとき、私の学校は2位、真矢の学校は4位だった。バトンを受けたランナーはテイクオーバーゾーンで加速しているからすぐにトップスピードに上げることができる。だからリレーのタイムは、出場者全員の100mのタイムの合計より速くなるのが普通だ。
第4カーブを抜ける前に3位の選手をかわした真矢が私の学校の選手に追いつく。ホームストレートへの出口付近でそのまま抜き去って2位に上がる。ホームストレートに入った真矢は先頭の選手をぐんぐん追い上げる。真矢の方が速いことは明らかだけど、ゴールまでの距離はどんどん短くなる。
ゴールしたタイミングはかなりきわどかった。しかし電光掲示板に表示されたトップは真矢の学校ではなかった。私の学校は3位。リレーの代表として上位大会に進めるのは優勝した1校だけだ。
真矢はゴールラインのところで俯いたまま立ちすくんでいた。ずっと俯いたまま動かない。真矢、もしかして泣いてるの?そういえば真矢が負けたのを見るのは初めてだ。でも真矢のせいじゃない。ハンデが大きすぎただけだ。
私は真矢に駆け寄ろうとしたが、彼女の周りに同じ学校の3年生と思われる人達が集まって来るのを見て思いとどまった。その人達は真矢の肩を抱いて慰めているように見える。嫌な3年生だと真矢は話していたのに。
私は真矢が同じ学校の人達とトラックから去っていくのを遠くから見送った。きっと彼女が思っているほど悪い先輩じゃなかったのだろう。真矢の頑張りで決勝まで進めたことで彼女への嫉妬や悪意が消えたのかもしれない。真矢の走りはそのくらい凄かった。見た人の心を変えてしまうほど。
予選会が終了したあと、学校の仲間たちとは現地で解散となった。
「それにしても負けん気強すぎやろ。あんだけリードされてたら勝てへんかってあたりまえやん。泣くことないんとちゃう?」
真矢と待ち合わせをして競技場近くのコンビニの前で飲み物を持って立ち話をしている。
「それに3年の人ら、結構いい人やったんとちゃう?」
「うん。思ってるほど嫌な人達やなかった。リレー走ってて分かってん。みんな真剣にやってるって。私にバトン渡すとき先輩がな『ごめん。頼む!』って言わはってん」
「そっか」
「リレーって楽しいって思った。みんなで力を合わせて戦うのって楽しい。そやからみんなのために絶対勝ちたいって思ってん。けどあかんかった。あと5mあったらって思ったら悔しくて、なんか涙出てきてしもた」
地区予選で勝てたことはもちろん嬉しいけど、それだけじゃない。競技を戦うのは一人だけど、いっしょに戦っている仲間がいるって嬉しい。だから部活って楽しいんだ。
進堂先輩もハイジャンプで上位に残って府大会に出場する。部長も勝ってたな、どうでもいいけど。うちの学校は100mハードルの私を含めた3人が府大会への出場を決めた。
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