第7話 中学生 図書委員とスパイク

 年が明けて4月。真矢と仁美はふたりとも地元の公立中学に入学した。分かってはいたことだけど校区が違うから、また別々の学校に通うことになった。

 二人は中学に入ったらすぐ憧れの陸上部に入部届けを出した。でも陸上教室にも今迄どうり通うことに決めていた。真矢も仁美も一緒にいる時間が欲しかった。そして一緒に陸上がしたかったのだ。


 真矢は小さいときから友だちを作るのが苦手だった。キリッとしてるといえば聞こえはいいが、女の子にしてはきつい顔をしていることは物心ついた頃から自覚していた。それに加えて愛想笑いができない子だったから、近づき難い子に見えるのだ。

 それでも喋るくらいに仲良くなった子がいたとしても、お愛想を言えない上、気が付いたことをズケズケ言ってしまうので、それが相手の痛いところに触ったりすると怒らせたリ、泣かせたりすることもしょっちゅうで、結局嫌われてしまうのだ。

 小さいときからそうだから、小学生の時もあまり友達がいなかったし、親友と呼べる子を持ったことはなかった。ただ、勉強も運動も出来たから『いじめ』はなかったと思う。仲間はずれはしょっちゅうだったけど。

 学校以外だったら、陸上教室で仁美という親友に出会ったが、それは例外中の例外で、奇跡のようなことだと思う。

 中学生になってもやっぱりまだ友だちができないでいる。最初はみんな小学校からの友達同士でグループを作るのが普通だが、真矢にはそういう友達もクラスにはいない。どこかのグループ入れてって言えば入れてくれるかもしれないが、ずっと一人だったし、断られるのが怖くてどうしてもそれが言えない。勇気がない自分を顧みて自己嫌悪になって、ますます縮こまってしまう。

 そんなふうだからお弁当も一人で食べている。

 仁美がいてくれたらってことは考えないようにしている。考えても仕方ないことだし、もし仁美がこんな私を見たら幻滅するだろう。それに仁美とは対等な友達でいたい。仁美に寄りかかって甘えたらそんな対等関係は崩れてしまう。

 最初にクラスで色んな委員を決める話し合いがあったとき、真矢は学級委員をやらされたら嫌だなあと思った。普段は口も聞かないくせに嫌な役目だけは強引に押し付けてくる。そういう経験があったから、真矢は自分から図書委員に立候補した。どうせなにか押し付けられるなら楽な方が良い。もっとも図書委員って何をすればいいのか知らなかったのだが。

 図書委員は各クラス2名で、もう一人、真矢の他にも立候補した子がいたから、あっさり真矢とその子に決定した。

 もう一人の図書委員になった子の名前は笹川さんといった。ちょっと痩せ型で、長めの髪を耳の後ろあたりで左右に分けて括っていて、眼鏡をかけていて、おとなしそうな女の子。

 同じ図書委員になったんだし、お弁当一緒に食べよって声かけてみようかな。そういえば笹川さんって誰かと一緒にお昼を食べているのを見た記憶がないような気がする。

 真矢は昼休みのチャイムが鳴ると、笹川さんに声を掛けるチャンスを窺った。笹川さんがお弁当を取り出した。真矢が声を掛けようと腰を上げかけたところで、笹川さんはさっと立ち上がってお弁当を抱えて教室から出て行ってしまった。他のクラスの子と一緒にお弁当食べてるんだ。道理で見ないわけだ。真矢はがっかりした。

 お昼を食べ終わったらやることもないので真矢は図書室に行くことにした。本を読むのは好きな方だから読書で時間を潰すのは苦にならない。図書委員も楽そうだからって理由だけで選んだわけでもないのだ。そう言えば仁美と初めて出会った時、仁美もグラウンドの隅っこで本を読んでたっけ。

 そんなある日、やっぱり一人でお弁当を食べていると、

「第一回の図書委員会を行いますので図書委員は食事後直ぐに第一集会室に集まってください」と言う放送があった。

 第一集会室ってどこだっけ。まだ学校の全体像を把握出来ていない。そんなときは職員室前に貼ってある学校の案内図を見るようにしている。そう言えば笹川さんも出席するはずだけど大丈夫かな。

 第一集会室に行くと笹川さんはもう来ていた。お弁当の鞄を持っているからお弁当を食べてそのまま来たらしい。

 隣に座ってもいいかな、どうしようと入口付近でもじもじしてたら笹川さんが私に気づいて小さく手を振ってくれた。真矢はほっとして彼女の隣に座って声を掛けた。

「早いね」

「うん、まあ」

 微笑んで答えてくれるけど、話題が続かない。

 その日は昼休みと放課後のカウンター当番についての話で、一か月の割り当て表が配られた。

「1年生の人は先輩がいっしょについてやり方を教えますから心配しなくても大丈夫です。それから昼休み当番の日はカウンターの奥の図書準備室でお昼を食べてもらって、そのまま当番に入ってください」

 その日はそれで解散。

「私、ちょっと寄るとこがあるから」

 そう言って笹川さんは離れて行ってしまった。私、やっぱ避けられてんのかな。


 このところ真矢はいつも昼休みを図書室で本を読んで過ごしている。その日、本を借りようとカウンターに行って見たが誰もいない。奥の図書準備室から話し声がするので声をかけてみた。

「すいませーん」

 誰か来たみたいやで、と言う声が聞こえて「ごめんなさい」と言いながら出てきた子を見て驚いた。笹川さん!今日はカウンター当番の日じゃないよね。

「あ、岡部さん」

 私のびっくりした顔を見て察したのだろう、

「私、文芸部に入ってて。ここ、文芸部の溜まり場みたいになってんね。司書の先生、文芸部の顧問やし」と貸出手続きをしながら説明してくれた。

「岡部さんも結構本の虫なんやね。昼休みは毎日図書室に来てるやろ。よく見かけるもん」

 私が借りようとしていたのは昭和の作家の本で、山を舞台にしたドキュメンタリー小説だったのだが、それが彼女の興味をそそったらしかった。

「岡部さん、山岳小説って読むんだ。しかもこの作家の本!いいよね~。私も大好きなんだ」

「どうしても先が気になってしょうがなくて。いつもは図書室でしか読まないんだけど」

「ふーん、どうして?」

「読んじゃったら昼休みの楽しみが無くなるから」

 笹川さんはよく分からないという風に小首をかしげるようにしてこちらを見る。私の話を聞き流すのではなく、きちんと聞いてくれていることが嬉しくて、それでつい言ってしまった。

「私、友達いなくて。一人だとお昼休みすることないから……」

 こんな暗いこと言われても困るよね。私は本を掴んで帰ろうとした。

「私もクラスに友達おらヘんねん」

 笹川さんがぽつんと言った。

「そやから昼休みはここでお昼ご飯食べてんね。ここやったら同じ本好きの子がいるから話し合うし、私の居場所があるから」

 だからいつもお弁当持って出て行ってたのか。

「岡部さん。もしよかったら明日から一緒にお昼食べへん?友達いたら私も教室でお弁当食べられるし。岡部さんとやったら話し合いそうやし」

 笹川さんも私と似たような思いをしてたんだ。

「もちろん、いいよ!」


 この頃、真矢の元気がない。陸上教室で会うたび、仁美はそう思う。真矢は自分の学校のことをあまり話したがらない。学校でなんかあったのかな。また友達できんで悩んでるんかな。でも学校のことで仁美が真矢にしてあげられることって何もないし。せめていっしょにいるこの時間だけは楽しく過ごして欲しいと願うだけだ。


 学校も陸上教室も休みのある日、いつものようにサブトラックで二人で自主トレをやっていた時のこと。お昼に持参したお弁当をグラウンドの隅の芝生で広げているときだった。

「仁美って、お昼はお弁当やろ。教室で友達といっしょに食べてんの?」

 真矢が学校の話題を振って来たのでちょっと驚いた。普通に答えていいのかな。

「うん、お菓子焼いて来てくれる子もいたりして……」

「私な、やっとお弁当一緒に食べる友達できてん!」

 真矢の顔にぱっと笑顔が広がった。真矢の笑顔って、普段きりっとした顔とのギャップが大きいせいか、目元や口元がほろりと緩んだところを見ると、私までほんわかうれしい気持ちになる。

 真矢ったら話したくてしょうがないんだろうな。いくらでも聞いてあげるよ。

「へえ、どんな子?」

「いっしょに図書委員やってる子なんやけどな、文芸部に入ってて。その子らとも仲良くなってん!」

「え?真矢って図書委員やったん?」

「そやけど。それはまあ、今はどうでもええねん」

「なんで図書委員なん?」

「いや、今聞いて欲しいのはそこやないんやけど……まあ、楽そうやったから立候補したんやけど」

「なんで図書委員なんかに立候補したん?うちは体育委員やで」

「あんたが体育委員かどうかなんて知らんやん!」

「陸上やってるんやから体育委員やろ!」

「はあ?」

「運動会の出場種目決める権利があるんは体育委員やで。出たい種目全部出たい放題やん!」

「はあ……」体育委員にそんな権利はないと思うけど。

 こいつはきっと友達を作るのに苦労したことないんだ。それってすごく羨ましいことなんだけどな。この件については仁美とは話が合いそうにない。


 中学生になったらいよいよ憧れのスパイクを履いてトラックを走ることができる。

 真矢も仁美の学校も陸上専用のトラックはなく、土のグラウンドをいろんなクラブが共用して使用している。テニス部は専用のコートを持っているがそれも土のコートである。私立の中学だと全天候型のグラウンドがあるのかも知れないけど、公立中学ではそんな予算はないんだろう。

 そう言う訳で中学校の陸上部と、小学校のときから通っている陸上教室の両方で履ける土・タータン兼用モデルのシューズが必要と言うことになる。

 スパイクを購入するにあたりやっぱり陸上教室のコーチに真っ先に相談した。

「まだ競技種目はあまり絞らないほうがいいから、最初はオールラウンドモデルがいいだろう。まずは練習用として使いやすさ重視で。スパイクに慣れたら本番重視の専用モデルを考えていこう」

 と言うアドバイスを受け、今日は二人で競技場近くのスポーツ店に来ている。陸上用のスパイクって用途別にこんなに一杯バリエーションがあるんだということにまずは驚く。

 短距離種目用、中・長距離種目用、走り高跳びや幅跳びなどの跳躍種目用、砲丸投などの投擲種目用。それに加えて、初級者用、中・上級者用に別れる。さらに中・上級者用だと個々の筋力に合わせたプレートや踵形状と言った選択も必要になる。

 いつか短距離専用の上級者用モデルのシューズを履いて走ってみたい。でも、短距離専用の上級者用モデルってどれもびっくりするくらい値段が高い。いつかこんなシューズを履くにふさわしいランナーになりたいと思う。

 今日購入するのは陸上教室のコーチから教えてもらった、土・タータン兼用でオールラウンドモデル。真矢と仁美はおそろいの赤色のシューズを買った。

 陸上教室で初めてスパイクを履いて全天候型のトラックを走ったときは感動した。コーチが早速100mでのタイムを計測してくれたところ、真矢も仁美も自己ベストを1秒近く更新した。

 踏み切りのグリップ力と、地面からの反発力でぐんぐん前に進めちゃう感じ。めっちゃ気持ちいい!今までと同じトラックを走っているとは思えない。走りながら顔が嬉しくて笑ってしまう。

「うおー、すげー」

「めっちゃ気持ちいいんですけど!」

 走り終わって私達は有頂天にはしゃぎまくった。

「今日からハードルの高さを上げるぞー」

 コーチがそう言って横に並べるように指示したハードルは、女子一般で使用される高さにセットしたハードルだ。これまでより8cm近く高い。

「間隔も違うからなー」

 1台目は同じ位置。2台目からは間隔がこれまでより50cm長くなるように置いていく。ハードルの台数は同じだから、最後のハードルを越えてからゴールラインまでの距離がこれまでよりだいぶ短くなる。

「見た目、ずいぶん違うやろ。けどハードル間のインターバルが50cm伸びただけや。高さはあんまり気にせんでええ。着地後のストライドだけ意識したら多分すぐ飛べるやろ。第1レーンが中学生の大会で使われるハードル。いまま飛んできたハードルやな。そして第2レーンが高校以上、一般の大会で使用されるハードルや。これからは両方で練習していくけど、第2レーンを飛ぶことが最終目標や」

「私はハードルは無理やと思ってます。100と200に絞りたいんですけど」

「岡部はスピードあるから幅跳びでもいいとこ行けるやろ。篠田は身長あるからハードルと高跳びが向いとるなあ。最終的には1種目に絞ることになるやろけど、高校くらいまでは複数の得意種目がある方が有利なことが多い。まだ中学生なんやから欲張り目で行ったほうがええ」

 現在、仁美の方が真矢より5cmくらい背が高い。真矢は160cmちょっと、仁美は165cmちょっと。でもまだまだ伸びるだろう。

 短距離専用の上級者用モデルのシューズを履いて走ってみたい、という願いは意外と早く実現することになる。全中で全国大会への出場が決まったとき、お値段のこともあり二人は散々悩んだ挙げ句、短距離専用の上級者用モデルのシューズを購入したのだった。まだこんなシューズにふさわしいかどうか正直分からない。でも、そのシューズでモチベーションがめちゃくちゃ上がったことは間違いない!それがいい結果に繋がると信じよう。

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