そんなことを思っていたんだ

 ハルカちゃんとのデートは悪い意味で僕の倉敷生活を締めくくるに相応しいものになろうとしていた。居酒屋で思い出話に花を咲かせ、同じ職場から互いを失う喪失感で悲嘆に暮れながらも、同期としての一線を超える流れには至らなかった。無論その時間は幸福であったが、ここまでは倉敷在住中に何度も何度も経験したデートである。マミちゃんの時もアズサちゃんの時もここからのあと一歩が踏み出せなかったのである。ここが僕の限界なのかも知れない。諦念が芽生えかけた頃には居酒屋も閉店時間を迎えてしまった。予めハルカちゃんから今日はお姉ちゃんが来ているから、部屋には上げられないと言われていたので、あとは彼女を家に送るのみである。


「はぁ。ハルカともこれで暫くお別れか。」


車内で僕は自身の力不足を改めて実感しながらひとりごちた。


「えーいやや。ほんまにいやや。」


 僕はこのような流れで自然に異性をホテルに誘う術を知らない。いや、正確には空論として知ってはいるが、実行する気にはなれないのだ。居酒屋では相手の愚痴に耳を傾け、二件目はお洒落なバーで甘い言葉をかけ、どこかゆっくり出来る所へなどと言ってホテルへ連れ込む。そんな数多の先人達によって踏み固められた道を上手に歩めたことの報酬として体を許して欲しい訳では無いのだ。ネットに転がっているモテる要素を継ぎ接いだ代替可能な男として君を抱きたい訳では無いのだ。僕は実存を賭して君に挑んでいるのだ。学歴・資格・数値、そんな他者でも代替可能な要素で評価されるのは仕事だけで十分である。せめて君だけは僕がかけがえの無い人生で培ってきた美的感覚、笑いのセンス等僕の総体を評価して体を許して欲しい。そんな事を考えていたら、普段の悪癖から制限速度20キロオーバーで走るBMWは、僕の人間性が会話から滲み出るのを待たずしてハルカちゃんの家に到着してしまった。時計は十一時を指していた。


「いやや。バイバイしたく無い。」


ハルカちゃんが言った。その眼には大粒の涙が溢れていた。忘れることは出来ないであろう。僕は車内で流れていたオーディオの音量をゼロにした。僕も涙こそ流さないものの、断腸の思いで彼女との別れを噛みしめていた。ハルカちゃんとの別れは、かつての学友達との別れとは異なる寂しさと緊張感がある。数十人という候補の中から互いを見出して関係を構築した学友とは異なり、僕らは極限の状況に閉じ込められた四人のうちの二人なのである。信条も趣味も地元もましてや性別さえ異なる。そして転勤の多い会社に勤めている二人である。男女の仲にならなければ、これっきり会う事が無くなってしまうかも知れないのだ。今は互いを間違いなく想い合っているのに明日からは赤の他人になってしまうかもしれないという緊張感がハルカちゃんとの別れには込められていた。

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