溶けてしまいそう

 ハルカちゃんとの最後のデートへのゲン担ぎとして、性行為は断ったものの、出会い系の面々とのお別れデートは感慨深いものがあった。皆出雲等に行きたくないと愚痴を零す僕を励まし、新しい生活を応援してくれた。ミキさんは


「やっぱり雇われだと会社の都合で、勝手に住む所とか変えられるじゃん。マコト君も勉強して起業すべきだよ。」


と具体的なアドバイスまでしてくれた。この時ばかりは僕も大きく首を縦に振り、必ずや社長になって岡山に戻ってきますと勢いに任せて言ってしまった。


 何より僕を喜ばせたのはダメ元で連絡をしてみたアミちゃんから連絡が返って来たことである。僕が出雲に転勤する旨と、最後にもう一度会いたい旨を伝えると、すぐに返事が来た。


「村上さん今まで返事してなくてごめんなさい。私も最後に会いたいです。」


返事を見て嫌われていたのでは無い事に安心していたのも束の間、彼女の身を案じる気持ちがこみ上げる。やはり今まで連絡が無かったのは体調が悪かったからなのではないか、はたまた重大な性病への感染が発覚し、それを僕に告白することを恐れて逢瀬を避けていたのではないか。後者だった場合は非常に恐ろしい。社会人になって初めて出来た彼女から同時に二つの性病を貰った三沢の二の舞はご免だ。彼曰く、二週間に渡って激しい痛みと、激臭の膿がペニスを襲うらしい。変わり果ててしまった自分のペニスが毎晩夢に出て来る程怯えていた僕であったが、実際に会ってみた所、彼女が長く音信不通だった理由は僕に対する嫌悪でも体調不良でも性病でも無かった。


「私今まで男性に性的に扱われたことしか無かったんですよね。これは決して男性側が悪い訳じゃ無くて、私が出会う前からSMを要求してるから仕方ないことなんですけど。ただいじめから逃げて、誰かに必要とされる為に始めた出会い系でも、結局私は性的にしか必要とされなくて。自己肯定感が低いまま今まで生きて来たんです。でも村上さんはご飯に連れて行ってくれたり、一緒に映画見てくれたり、性的な部分以外でも私の事を必要としてくれて。もう普通の恋愛は出来ないと思ってた私に、自信をくれました。で、私も普通の恋愛をしてみようと思って。実は村上さんと会ってた最後の二か月くらいは他のセフレ達には会って無かったんですけど、もう一歩普通の恋愛に踏み出そうと思って村上さんにも会わない事に決めたんです。でも最後に会ってこのことだけは伝えたくて。何も連絡せずに無視してしまってごめんなさい。そして、本当にありがとうございます。今は村上さんのおかげで出会い系は辞めて、学校で彼氏作ろうと頑張れてます。今まで沢山セフレ作ってきましたけど、私の事を束縛もせず、雑にも扱わなかったのは村上さんだけでした。」


と涙を流してくれた。感謝しなければならないのはこちらの方である。SMの秘儀、医学部仕込みの性病の知識、文学作品に対する鋭い批評、アミちゃんから貰ったものは数え切れない。だがそんな彼女が涙ながらに僕に感謝の意を述べてくれている。交際という形を取らずとも、魅力的な異性の糧になることは悪くはないものだと、この時初めて思った。これまでゲン担ぎをして来たもののアミちゃんの涙には僕も耐えることが出来ず、彼女のことだけは抱き、蝋を垂らし、そして飲尿させてしまった。ごめんハルカちゃん。


 ホテルからの帰り道、車内で彼女が口ずさんでいた『メルト』のメロディーが今でも耳に残っている。数日後に彼女のLINEを確認すると、風景画像だったトプ画は遠巻きではあるものの彼女自身の写真に変更されており、僕をブロックしていた。僕も普通の恋愛へ漕ぎ出す彼女の背中を押すように静かに彼女をブロックする。これで晴れてアミちゃんも普通の恋愛を楽しめる筈だ。いい別れである。僕も彼女も互いの存在を忘れることは決して無いだろう。


 こうして楽しい日々は瞬く間に過ぎ去り、遂に一月三十日を迎えた。読者諸賢よ、明日が僕の倉敷最後のデートである。明日こそ必ず結果を残すと約束しよう。これまでの不甲斐無い戦績にめげることなく、グーナーに匹敵する辛抱強さで僕の恋路を見届けてくれた諸君らの期待に明日こそ答えてみせよう。僕のハルカちゃんを想う気持ちと、アメフト男に敗れてから百折不撓で鍛え上げて来た異性との戯れ方があれば不可能では無い筈である。しかし結果を残すと言っても、具体的に何をするのかと問われれば、困惑する所である。小手先の技術で彼女の肉体をモノにしたい訳では無いし、告白をしたい訳でも無い。仮に付き合えたとして、一般的な倫理観を持つハルカちゃんは遠距離恋愛に要求される貞淑に苦しめられるであろう。僕は決して彼女を束縛することを望まないのだ。とりあえずいざという時の為に、文明の一つ滅びる物語を復習してから眠りにつこう。備えあれば患いなしである。

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