さいならミキさん
ΦからBMWを購入する日、二人で後楽園までドライブに行くことになった。Φから譲り受けたBMWは五年落ちであったが、傷一つなく、素人の僕から見ればショールームに置いてある車と比べても遜色無い高級感を放っているのであった。この日の為に面倒な書類の手続きや、Φとの頻繁なメッセージのやり取りを耐え抜いてきたのである。横にΦを乗せなければならないとはいえ、とても楽しみなドライブであった。
出発前にΦは助手席から車の操縦方法をあれこれと教えてくれた。
「ナビはタッチパネルじゃなくて、手元のダイヤルで操作するようになってるから。画面に指紋がついたら高級感が落ちちゃうからね。」
Φの言う通り、手元のダイヤルで目的地を設定すると、タッチパネルで設定する倍以上の時間がかかった。不便を楽しませるとは流石はBMWである。高価なもの程手がかかるのだ。
Φとのドライブはとても快適であった。やはり学生時代に乗っていたレンタカーとは物が違った。ロードノイズやエンジン音はほぼ車内まで届かず、車線変更の際も、加速の遅さを気にしてためらうことも無い。上質な革張りのシート、汚れ一つないナビ画面、助手席のΦ、いやミキさんの綺麗なEライン。僕を除いて車内は完全に洗練された空間であった。
「やっぱり高級車っていいなあ。」
思わず僕は呟いてしまった。
「でしょ。次は自分の力でいいものを買えるようになりなよ。マコトくんからは私が知らなかった事色々学んだし、私から教えてあげられることがあれば、なんでも教えてあげるからさ。」
ミキさんから学びたい事は無かったが、もう偉そうに反論する気にもなれなかった。結局ミキさんはマルチなどでは無く、二世ではあるが、歴とした女社長であったし、貧乏な僕に高級車を恵んでくれる女神でもあった訳だ。対する僕はそんな女神に難癖をつけた挙句、清貧も貫き通せなかった半端物なのだ。僕にミキさんとデートする資格はもう無かった。能舞台をバックに写真を取るカップルや、鯉にエサをやる子供達、後楽園の全てが僕をセンチメンタルにさせ、ミキさんの横を歩く事への劣等感を助長させた。そんな僕にミキさんは笑顔で、相も変わらず金と中田敦彦のyoutube大学の話をするのであった。
ミキさんとはこのデートの後、徐々に疎遠になっていった。一つには風に吹かれた蝋燭の火のように、僕のミキさんを抱いてやろうという情熱が刹那に消え去ってしまったのだ。そしていま一つには、ミキさんの僕への興味もどこかへ行ってしまったのだ。恐らく僕に劣等感が生まれたせいで、ミキさんにとって僕は、自分に着き従う有象無象の一人に成り下がってしまったのであろう。なんとも物悲しい別れである。もしかしたら、僕らは後楽園デート以後よりも、互いの信条を賭して熱く言い合っていた時の方が、互いを理解出来ていたのかもしれない。人間関係とは儚く脆いものである。何か一つの掛け違いでいとも容易く瓦解してしまうのだ。その掛け違いを引き起こしたのが、先日素晴らしさを実感した高級車だとは何とも皮肉なものである。良くも悪くも富の力とは強大なものである。恋愛における僕の一番の美点が、風流心からBMWにすげ替わり、僕の風の時代は幕を閉じたのであった。
I fought the wealth and the wealth won.
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