やっぱマミちゃん

「計算してみたことも無いですが、出来ないでしょうね。」


僕は薄給でも無かったが、決して高給取りでも無かった。こういう質問は余程の高給取りしか達成出来ないような額を提示してきているに決まっている。誘導尋問だ。


「だよね。それなのに何もアクション起こさないのってヤバくない?本当に老後に生活保護受けることになるかもしれないんだよ。で、こういう話するとみんな金の亡者だとか言って話を打ち切ろうとするんだけど、それ自体が国家に思考を操られてるんだよね。江戸時代の身分制度で士農工商ってあるじゃん。あれってお金のことをちゃんと考えられる商人が国家にとって一番扱いづらかったから、商人を一番下の身分にすることで、民衆の意識をお金から逸らそうとしたんだよね。それに戦後は3S政策まで入って来てさ、日本人はもう節税とかそういったことに目が向かなくなってしまってるの。多分マコトくんもその一人。マコトくんがさっきしてくれた話はとても興味深かったけどそれって結局は趣味の話じゃん。どうやって金を稼ぐか、仕事の話こそが一番大事なのよね。お金を稼がないと趣味も楽しめないし、何より生きていけないわけだから。お金を稼ぐって言うとハードルが高く感じるかもしれないけど、まずはお金を守るところからなの。税金、浪費、いろんな原因でマコトくんの貴重なお金は無くなっていってる。それを食い止めないと。私の知り合いにお金を守ることを専門にしてる人がいるから、紹介してあげよっか?」


そんな筈は無い。近代日本では富と道徳はむしろ相関があるものと見なされていた筈だ。Φは安丸良夫の代わりに都市伝説系youtuberからでも民衆思想を学んだというのか。それに老後に生活保護を受けることの何がいけないと言うのだ。定年まで懸命に働いて税金を納めて来たのだ。いや、仮に納めていなかったとしても、そんな風に非難される筋合いは無い。資本主義の権化のようなΦの話を聞くのはもううんざりである。他にも同意しかねる部分は多々あったが、僕が金について考えられなくなっているのは事実である。金について考えなくても済むように日系の大企業に就職したのだが、それを危機感の欠如と糾弾されるのであれば、甘んじてその批判は受け入れよう。僕は投資や節税に全く興味の無いイマドキの若者なのである。無知を誇るつもりは毫も無いが、セックス・スポーツ・スクリーンをはじめ、僕にはお金のことよりも探求しなければならないことが山ほどあるのだ。お金の勉強に時間を取られている暇は無い。それより最後の誘い文句は何だ。Φはもしかしたら女社長などでは無く、ただのねずみ講セミナーの一員なのでは無いか。そんな疑念が僕の中によぎった。


「いや、他にもっと学びたいことがあるので結構です。」


僕は丁重に断りを入れた。その後もΦからお金に関する考えが甘いことに対する説教を延々と受けた。Φと過ごしたのは二時間だけであったが、永遠にも感じられる二時間であった。僕は疲労困憊しながらラウンジを出ようとすると、入り口付近にクリエーターのプロトタイプのようなナリをしたMac book男がまだ座っていた。二時間以上もかかる仕事であれば家で腰を据えてやればいいではないか。わざわざコーヒー一杯で席を長時間占拠してまで、働く姿を人に見せつけなければ気が済まないのか。ここにいるのはとんだインチキ野郎ばかりである。どんな高尚な仕事をしているのかとMac book男のMac book(イチモツを指しているのでは無い)をのぞき込んでみると、彼は競馬の中継を見ていた。これは申し訳無い。彼はインチキ野郎などでは無かった。彼に何故ラウンジで競馬中継を見ているのか尋ねたい気持ちは山々であったが、流石に奢ってもらうのに、他人に話しかけるのは礼節を欠いた行為である。僕はやむなく会計をするΦについていき、奢って貰った事への礼を言って別れた。本当に長い一日であった。価値観の折衝は恋愛において大切な要素だとは思うが、ここまで価値観の離れた相手と話し合うとは、高地トレーニングにも程がある。ヒマラヤでキャンプをするアスリートなどいない。嗚呼、またマミちゃんとデートがしたい。叶わぬ事は分かっていたので、僕はマミちゃんに漫談として今日の愚痴をメッセージで送り、自分の欲望のほんの一部分を満たすのであった。

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